四階の窓が楽園へと誘う
まさたす
四階の窓が楽園へと誘う
僕は四階にある教室に、父親に引きずられてやってきた。足と手にはガムテープが巻かれていて、跳ねながらついていくしかなかった。
担任が顔を出し、僕たちをみて一瞬ぎょっとした表情を見せた。
父親は声を荒らげて担任に「こいつを逃がすな」と詰め寄っている。
担任は顔を引きつらせながらも、僕の方に視線をちらちら移している。
父親はついさっき職員室でも同じようなことをしていた。
何人かの教諭がなだめようとしていたが、父親は怒り狂うばかりだった。
誰も僕の拘束をほどこうとはしなかった。
僕は気が付いていた。無理やり移動させられて、足のテープが緩んできていることを。
父親が担任に掴みかかろうと詰め寄っているとき、僕は必死に靴を脱ぐような動作でテープをこすり合わせていた。
やがて片足がそこから抜け出し、ようやく下半身は自由を得た。
僕は廊下の窓に上半身を突っ込み、前転するようにして重力に身を任せた。
校門にはパトカーが止まっているような気がした。
僕は小学生のころ、算数が得意だった。ほかの教科はまるでダメだった。
ある日のこと、テストで算数だけ良い点を取った。
他の教科は悪かったが、これ一つあればどうにか許されるだろうとホッとしていた。
僕は夕食時にそのテストを恐る恐る見せた。
何枚かを見比べて、父親の顔は険しくなっていた。
僕は「算数は点数いいんだよ!」となんとかその恐怖から逃げようとした。
父親は遺伝だからそれぐらい普通だ、むしろ満点でもおかしくない。なぜほかの科目ができない。もっと勉強しろ。とだけ声を荒らげて言った。
母親は黙ってご飯を食べていた。
味がしない夕食を無理やり飲み込み、自室にこもった。
僕はスマホを持つのは禁止だった。ゲーム機も禁止だった。ただこれから必要だからと、中学卒業時にPC購入の許可を得た。
PCでもSNSはできる。父親は知らない。
僕は夢中でいろいろなアカウントを作り、やがて勝手に流れてくる動画にのめり込んでいった。
いつかは僕もこんな動画を撮れるようになりたいなと思うようになっていた。
ある日突然自室のドアが父によって乱暴に開けられた。
SNSを見る僕に、勉強しろと激しく怒鳴りつけた。お前は国公立の大学しか許さない。浪人も許さないと。
それから毎晩のように、父は僕の部屋のドアを脅すように乱暴に開けた。
僕の部屋は二階なのに、階段を登ってくる音は一切しなかった。
父は僕にごまかす時間を与えぬよう、足音を一切立てなかった。
僕は僅かな空気の揺れさえ、心臓が跳ね上がるようになっていった。
僕はある日、数学の参考書片手にここがわからないと父親に質問した。父親はわからなかった。
それより英語の成績悪いのはなぜかと問い詰められた。
勉強の仕方がわからないと聞き返した。
授業聞いていればわかるだろ? としか答えてくれなかった。
ある日僕は自室の部屋に鍵をかけた。いつものようにドアを開けようとした父は、怒り狂った。
勝手なことをするな。親に逆らうな。と何度も怒鳴り散らしていた。
母は何もしなかった。
僕はそこを開けたら、高校は退学すると震える声で言った。
今僕は窓が一つだけある部屋にいる。窓には格子が付いていて、出入り口には鍵がかかっている。
少し前までは集中治療室にいた。
ギプスで固定されている場所もあれば、ボルトを埋め込んだ場所もあるらしい。
いずれにせよ、自力でこの部屋からは出ることはできない。
それどころか排便すら自分でままならない。
尿道には管が通され、その上おむつを穿かされている。
交換には綺麗な看護師さんが担当してくれることもあった。僕は恥ずかしいとも何とも思わなかった。
僕の部屋に近づく人は、その足音で誰だがわかる。
担当の先生が鍵を開けて入ってきた。
ドアが開く音は恐ろしい。
先生は父が自ら命を絶ったと僕に静かに告げた。
僕はここから出る気はない。
面会謝絶は母でさえ拒絶した。
――僕は楽園を手に入れた。
四階の窓が楽園へと誘う まさたす @masatus
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