Flowerwall

堂園みこと

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 月は薄い硝子のように街を遠く照らしていた。古い石畳の道を歩くたびに、靴底から小さな音が零れていく。そこに立つのは花で編まれた壁。遠目には美しく、近くで見ると花の輪がところどころ途切れていて、隙間から夜風がやさしく入り込んでくる。壁は何かを守っているのだろうか、それとも何かを隠そうとしているのだろうか、答えは分からないままだった。


 私はその前で立ち止まる。胸の奥にぽっかり空いた場所を思うと、空洞の反響で自分の声だけが遠くに聞こえる。誰かを待っているわけでもないのに、なぜか隣に人の気配がして振り返ると、同じように少し欠けを抱えた人が立っていた。彼の瞳も、夜の光を小さく飲み込んでいる。


 言葉は最初、いらなかった。互いの欠けているところを説明する必要がなかったからだ。彼の手が私の指先に触れた瞬間、世界が一瞬静まり返り、冷たい光の粒が指から零れ落ちた。その粒は真珠のように丸く、私の隙間にそっと収まる。埋めるわけではない。埋めるのではなく、そこに居場所をつくってくれた──そんな気がした。


 私たちは欠片を分け合ったわけではない。

 無理に当てはめて補い合ったわけでもない。ただ、欠けたところを見せ合うというやわらかな勇気が、いつのまにか二人を近づけていた。笑いも涙もなく、ただ並んで同じ月を見ているだけで、心のざわめきが少しずつ静まっていった。


 花の壁は相変わらず完全には戻らない。欠けが残っているからこそ、壁はより唯一無二の姿になった。私たちも同じだ。欠けがあるから弱いわけではなく、欠けがあるから一緒に歩けるのかもしれない。欠けを抱えたまま歩くことを、誰かと分かち合えた夜、世界はほんの少しだけ優しくなった。


 やがて朝は近づき、月の光は薄れていく。私たちはそれぞれの家路につくけれど、指に残った温度や、夜に落ちた小さな真珠の重さは消えない。完璧ではないまま生きていくことが、こんなにも静かで確かな希望になるなんて、思ってもみなかった。


 月と花と、欠けたところが寄り添う夜。そこに立ち止まった私は、自分の不完全さを抱えたままでいいと、初めて思えたのだった。

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Flowerwall 堂園みこと @hakuu_ka

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