六道輪廻

@YUKKOCHAN8

第1話 瀬山(せやま)


瀬山(せやま)


また、浜に女が上がった。あそこは少し湾になっていて潮が流れつくから、身投げした人が岩場に引っかかる。漁師たちも騒ぎ立てやしない。珍しくもない。身投げに丁度いい恋咲岬があるからいけない。後始末が大変だ。水を吸って膨れ上がった体は焼けないから桶に入れて土に埋める。女郎じゃこもくるんで穴ん中。


ごおおおぉぉぉん


明け六つの鐘が波の音に交じる。男と一緒にいたはずだが、誰だったか。なんで浜に来たんだか、思い出せない。おまけに余計なもんを見ちまった。あの着物は女郎に違いない。人の体があんなに膨れるもんかね。いけない、いけない、帰らないと叱られる。


懐に入れた草履を履くが、いくら叩いたって足の裏の砂が取れないから、歩くと気持ちが悪い。朝日が絆島から上がってくる。海に写ってそりゃあ綺麗だ。朝日と夕日ならどっちが綺麗なもんだろう。お天道様を愛でていられるんだから、まだ大丈夫だ。


海岸沿いに墓が建てられている。誰が始めたのか、今じゃ五十はあるだろう。遊女の墓もある。さっき浜に上がった女郎は、寺男の掘った墓穴に放り込まれるんだ。真っ暗な穴に。回向も供養もない萩屋の墓穴には何人の遊女が投げ捨てられただろう。妓楼ぎろうの墓なんぞには入りたくない。死んだら野っぱらに捨てて犬に食わせてやれば、少しは役に立つってもんだ。


上ノ関から質流れで女子供が大勢連れてこられたと聞いたが、あの大きな沖の船かねぇ。何人残るか。苦しくて耐えかねて逃げようったって、海に囲まれた島から出るのは容易いことじゃない。容易なら、とっくの昔にやってるさ。


黒崎島の豊乃江の町は一本町だ。海沿いに長く続く。広島藩が港を作ってから、能登あたりの米を運んでくる千石船や九州から参勤交代で江戸へ行く御座船が泊まるようになった。風待ち潮待ちの港だ。東印度ひがしいんど会社かいしゃとかいう阿蘭陀おらんだ商館しょうかんの帆船も、江戸参府の途中で寄港する。松原屋には薩摩藩に武器を密貿易している紅毛人の阿蘭陀商館員がいるらしい。


豊乃江港の東西は陸が出っ張っている。東の端と西の端の鼻先におちょろ舟の検番がある。陸の端に見える望楼から赤い旗が振られると、波止場にずらりと並んだ幅五尺丈三間のおちょろ舟が、一斉に停泊する船目掛けて漕ぎ出す。町に降りられない下級の船乗りが沖芸者を買う。

おちょろ舟に乗るのは無器量の女郎だ。煮炊きから洗濯まで、よく尽くすらしい。身請けされるために尽くすのか。日没から日の出まで努めればいいから、もう陸に上がる頃だろう。港が騒がしくなる前に萩屋に帰るとしよう。急ぎ足を砂が噛む。


一本町には建屋に船具屋、船宿、遊女の着物屋、履き物屋、髪飾り屋、白粉屋、宿屋、茶屋が連なる。二階建ての扇屋、萩屋、松原屋もある。中でも萩屋が一番豪奢な茶屋だ。練塀には桜島の溶岩が練り込まれ、裏座敷の天井や障子の腰板には屋久杉が使われている。まいには京絵師の花鳥風月が描かれ、欄間らんまも有名な宮大工が細工したらしい。中庭にはははその大木が植えられている。


明け六つの鐘で、間抜け面の客たちが茶屋から出て行く。後朝きぬぎぬの歌でも詠んだろうか。歌もろくに詠めやしないのに、金があれば偉いと思っていやがる。その金でおまんま食ってる女郎は下の下ってことか。売られた先が地獄なら、下も上もあるまい。一皮むけば、人はみな同じ骸骨さ。


見世の前にいるのは・・あれは妓夫ぎゅう太郎か?下がり取りの岩松だ。面倒な奴に見つかった。

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