第17話 突撃!Vチューバーのお部屋2

 憑き物が落ちたような爽やかな顔で、常坂麻玲衣は言った。


「さて、元気も出たことだし、ときわ坂舞香の復活配信やっちゃいますか」

「いいですね。応援してます。それじゃ、俺はこれで」

「待って。よかったら私が配信するところ、見ていかない?」

「えっ」


 帰ろうとする手首をがっしりと掴まれた。

 さらに彼女はもう片方の手で、素早くパソコンのキーを叩いた。


「よし、SNSでの告知完了っと。言っとくけど、配信中に男の声とか入ったらヤバいからね」

「だったら俺いない方がいいんじゃないですか」

「でも陽くん、さっきどうやって配信してるか興味あるって言ったじゃん」

「言いましたけど」

「というか私自身、私が舞香をやってるとこ、見てほしいんだ。もちろん無理にとは言わないけど、今から予定とかある?」

「……今日は特に、ないですけど」

 

 今の彼女であれば、断ればすんなり解放してくれそうではある。

 配信が始まれば二、三時間の拘束は間違いない。

 とは言えこの機を逃してしまえば、他に同様の機会は二度と訪れはしないだろう。


「よし、んじゃ始めるよん。万が一でも彼氏バレみたいな展開にならないよう注意してね」

「ちょっ、まだ心の準備が」

『こんばんぴょろ。みんなお待たせ! ときわ坂舞香は地獄の底から舞い戻って来たぴょろー!』


 冗談でも振りでもなく、「ときわ坂舞香」は第一声を発した。

 音を立てぬよう慎重に距離を取り、声を押し殺す。


『ごめーん、ちょっと色々あって。みんな舞香のこと心配してくれてたぴょろか? ありがとみんな愛してるぴょろ』


 不思議な感覚だ。

 スマホの配信画面の中にいる「ときわ坂舞香」の口の動きと、「常坂麻玲衣」から発せられた肉声が見事に同調している。

 画面の中にいるバーチャルユーチューバーと、目の前にある中の人の生身の姿。

 それらを同時に拝める場面など、日本中探してもそうないだろう。


『うーん、やっぱりしばらくぶりの配信はいいぴょろねえ。みんな優しいし、こんなことならもっと早く復帰してればよかったぴょろ』


 配信のときの彼女は、自然体のようでいてやはり少しキャラを作っているようにも思える。

 それでもその口元を見ていると、楽しんでいるようにしか見えなかった。


『ところでみんなに問題ですぴょろ! 舞香が消えたくなるほど凹んでた原因はなんでしょーか?』


 敢えて率先して触れにくい箇所をネタにする。おそらく、空気を重くしないための高度な振りだろう。

 無論その背後には、リスナーに対する厚い信頼が伺える。


『はァ、うんこが肛門に詰まって出なかった!? アホかぁー! それも普通に辛いけど、そんなんじゃないぴょろ。てか乙女にうんことか言うなぴょろー!』


 紛れもなく、この遠慮の無さこそがこの配信のノリである。 

 大喜利のようなコメントで溢れるなか、俺がこっそり書き込んだコメントも一緒に流れる。

 もちろん拾われはしなかったが、本人の真後ろでコメントを打つというのはなんとも言い難い背徳感があった。


『うんこが臭すぎて気絶してた!? おい、だからうんこから離れろぴょろ! 小学生しかいないのかここは! そうじゃなくて、心の旅に出てたぴょろ。ハイここでまた問題ですぴょろ! 舞香はどこを旅してたでしょうか』


 ここの連中のセンスに対抗するには生半可な捻りでは通用しない。

 次はどんなことを書いてやろうか、そんなことを考えていた矢先だった。

 視界の端で、ふとなにかが動いた気がした。

 よく見ると先ほどまでなにもなかったはずの壁に、なにやら褐色の塊が張り付いている。

 そしてそれには菱形の形をした頭と手足、長い尻尾が備わっていた。


『でも嬉しいぴょろ。みんな舞香のこと心配してくれてたぴょろね。みんな大好きぴょろ。ずっーと一緒ぴょろ』

 

 あのシルエットはどう見てもトカゲ、しかも大きさからしてオオトカゲだ。

 こんなマンションの高層階に野生の個体がいるはずないのは明白だが、ペットがいるという話も耳にしていない。

 

『えー、とりあえずお前らの顔が見たくなったから勢いで枠立てたぴょろけど、なにやるか全然考えてなかったぴょろ。なので今から舞香がお前らの悩みに答えるコーナーをやるぴょろ。ネタがなくなったら人任せ、これは古くからの言い伝えぴょろ。なのでましまろの方にじゃんじゃんメッセージを送って欲しいぴょろ』


 トカゲはチロチロと長い舌を出し、様子を伺っている。

 知らせるべきだろうか。

 しかし折角リスナーとのやりとりが盛り上がっている最中、横やりを入れるのも気が引ける。

 とは言え、さすがにあの大きさは洒落になっていない。

 知らずのうちに屋内にヤモリが侵入することはよくあるが、あれはもはや小型の恐竜の域に片足を突っ込んでいる。

  

『体調? 大丈夫、ピンピンしてるぴょろよ。まー下着のまま泥酔してそのまま寝ちゃって風邪ひいたりはしたけど、そんなのはいつものことぴょろ』


 突如、トカゲが天井をつたって走り出した。

 しかもあろうことか、一直線に彼女の方へと向かっている。

 疾い。これでは捕まえようにも到底間に合いそうもない。


 カサカサカサカサッ!


 …………ボトッ。


『へ……?』 


 トカゲは身を翻しながら落下し、ピンポイントに彼女の頭上へダイブした。


『きぃいぃやぁああああーーーーー!!!!!』

 

 ホラーゲームの配信でも聞いたことのないような絶叫が響いた。

 

「よ、よよよ、陽……」


 彼女と目が合う。明らかに俺の名前を呼びそうになっていたので、急いでパソコンの方を指差し、配信中であることをアピールする。

 彼女の目尻にはうっすらと涙が浮かび、全身を震わせていた。 

 とてもじゃないが自力で頭上のトカゲをどうにかするのは無理そうだ。

 刺激しないよう注意を払いつつトカゲを掴み持ち上げると、彼女はその場でぺたんと膝をついた。


『……と、取り乱して申し訳ないぴょろ……。あ、ありのまま、今起こったことを話すぴょろ……』


 困惑のコメントが洪水のように押し寄せるなか、ときわ坂舞香はすぐに言葉を発した。

 数十秒前はあれだけ狼狽えていたにも関わらず切り替えれるプロ根性は流石としか言いようがない。


『ボトっていきなりだよ。いきなり重くてざらざらしたものが頭の上に落ちてきたと思ったらそれが急に動いたんだぴょろ。もうびっくりしちゃって、あー!!! 思い出すだけでもぞわぞわするぴょろ~!』


 のちにその回は切り抜きなどが大バズりし、一躍伝説の回となった。

 トカゲの正体は隣人の爬虫類マニアの飼育個体が脱走したものだったらしく、配信終了後、二人で返しに行った。



「いやあ、あのときは助けてくれてありがとね。正直泡吹いて失神するとこだったよ」

「俺もぶっちゃけ怖かったですけどね。ただあのままだと麻玲衣さん、俺の名前叫びそうな気がしたんで。とにかく、暴れなくて良かったです」

「やっぱり陽くんは頼りになるね。私の見る目に狂いはなかったよ。私が過去知り合ってきた男たちはああいう場で私置き去りにして逃げるようなやつばっかだったからさ」

「どんだけ駄目な男と付き合ってきたんですか」


 窓から見える景色はすっかり暗く染まっていた。

 さすがにこれ以上の長居は無用だろう。


「それでどうだった? ときわ坂舞香をやってるとこ生で見て」

「なんていうか不思議な感覚でした。やっぱり楽しそうでしたよ。麻玲衣さん」

「そう……」


 彼女は満足そうに笑って言った。


「私も今日は陽くんに見られてるって思いながら新鮮な気持ちで配信できたよ。それについても礼を言うね」

「いえ。こちらこそ貴重な体験ができました。それじゃあ、今日はこれで」

「ちょっと待って。もう帰るの」

「いやさすがにもう時間が」

「最後に助けてもらったお礼にご飯奢らせてよ。最高級のステーキ屋とかどう?」

「最高級ステーキ……」


 キャラメルサンドとトカゲの件の分を差し引いても、それでは借りを作ってしまいそうな気がする。

 しかし、空腹を知らせる腹の音は、あらゆる打算に勝って高らかに鳴り響いた。

 

「是非お願いします、麻玲衣さん」


 いつの間にか、俺は彼女のことを麻玲衣さんと呼んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レスバしてた相手がメンヘラ地雷系Vチューバーだった話 こうちん @8334yk01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画