許されると思っている人々

小狸

掌編

「まあ、あいつだって悪気があったわけじゃないんだからさ」


「これ以上奴の悪口を広めないでくれないか」


「君がそういう攻撃的な言い方をすると、こちらとしても味方でいることは難しくなる」


「皆を敵と思うのはやめてほしい」


「味方でありたいと思っている、何でも話してほしい」


 本当に。


 本当に本当に本当に本当に本当に本当に。


 私の人生というものは、どうしてこうも上手くいかないのだろうと思う。


 いつもこうなるのだ。

 

 周りは私の一歩先の思考を行っていて、私はいつも置いて行かれる。


 きっと私は、何らかの精神に異常があるのだろうと思う。


 大学時代の知人から、性加害を受けた時が、まさにその極みであった。


 誰も助けてくれなかった。


 誰も味方になってくれなかった。


 寧ろ相手を許せと言ってくる者すらいた。


 私は性加害のせいで、男性に対する恐怖心を抱くようになり、職場に行けなくなった。電車にもバスにも、乗ることができなくなったのである。外出すらままならなくなり、やがて家に引きこもるようになった。


 その一件を受けて、私の人生はほぼ確実に修復不可能なまでにどうしようもなく破壊され、普通の人のように過ごすことすらままならなくなった。


 そんな私に、周囲の人々は、こう言うのである。


「正気を保て」


 と。


 あまつさえ、せっかくこの一件を忘れようと忘れようと努めて毎日無理して生きているのに、散々掻き乱すような行動を起こしておいて、「平常心でいろ」「攻撃的になるな」「味方が減っても良いのか」「正気を保て」挙句「こちらだって色々と考えて大変だった」などと言ってくる始末である。


 いや、冗談だろうと思うかもしれないけれど、これは事実なのだ。


 狂気の沙汰である。


 こちらは人生を潰されているのである。メンタルクリニックへの通院代や薬代は、じゃあお前らが代わりに払ってくれるのか? 私が仕事をする上で本来得られるはずだった収入は、立場は、お前らが補完してくれるのか? と問うと、途端にそっぽを向くのである。そしてこう言うのだ。


「そういう話は、我々の裁量ではどうしようもないので、法的な機関に頼るしかない」


 何が法的な機関だ。


 頼った、頼ったさ。


 色々な場所に行って、言いたくもない思い出したくもない話をして、料金だけ提示された。それは金持ちのお前らができる解決策であり、お金のない私にはできない選択肢なのだ。結局、世の中お金なのだ。当たり前である。弁護士だって警察だって、究極的には金を稼ぐために仕事をしているに過ぎない。


 その上で、誰も助けてくれなかった、と言っている。


 いつでも頼って良いからね、と言う。君のことを考えているからね、と言う。


 しかしそれが嘘であることを、私は誰よりも知っている。


 私みたいなどうでも良い人間は、きっと皆から一番に忘れられるのだ。何でもない、ただの被害者のことなんて、誰も思い出したくないだろう。皆私のことなんて忘れて、目の前の楽しいことに飛びついて、徐々に成長して、普通の人間として当たり前の人生を歩んでいくのだろう。だって皆、合奏するように言っているじゃないか。世の中は辛い。人生は苦しい。現実は厳しい。辛いんだろう? 苦しいんだろう? 厳しいんだろう? そんな中で、他人のことを慮る余裕のある人間が存在するとはどうしても思えないのである。縦しんばいたとしても、きっと私は、その「他人」の枠には、入ることはできないだろう。そしてやがて私が生きていたことすら忘れて、勝手に死んだことにしてもらっても構わない。その方が色々と都合良いんだろう? 私がさっさと自殺していれば、こんなことは起こらなかったのだろう? 


 だが私には死ぬ気はない。


 それが最良の解決策だと分かっていても、申し訳ないが、あんな捕まっていないだけの性犯罪者のために死んでやるつもりなんて毛頭ない。


 傍観者の第三者から、こんなことを言われたことがある。


「君の気持ちも分かるけど――」


 あまりに信じられない物言いに、思わず絶句してしまった。


 恵まれたお前らに、私の何が分かるんだ。


 恵まれたお前らに、何ができるんだ。


 分かられてたまるか、と思う。


 全員が平等に、信頼していた人物から性被害を受けたことがあるとでも言うのか? その後一年間誰にも口外せず抑圧し続けて、仕事を辞めたことも、生活保護を受けていることも誰にも言えないままに、ずっと一人で生き続けなければならない苦しみの、一体何を理解できるというのか? 具体的に教えてほしいくらいである。


 もう論理とか冷静とか、そういう風に語ることが出来る次元の話ではないのだ。


 故に。


 一生被害を訴え続けるし、一生許すつもりはない。


 そういう道を、私は選んだ。




(「許されると思っている人々」――了)

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