🛕夜叉の王宮1 (三話完結)

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 ペシャーワルの町は、ガンダーラ王国の交易路の要衝として栄えていた。クシャーナ朝の興隆以前、この地はインドと中央アジアの文化が交錯する場所であり、石造りの仏塔と市場が並ぶ喧騒の都だった。しかし、紀元前100年頃、町は奇妙な闇に覆われていた。王子チャンドラヴァルマンに夜叉が憑依し、夜ごと若い男女が王宮に連れ去られ、二度と戻らぬ噂が広がっていた。


 チャンドラヴァルマンは、ガンダーラ王ヴィクラマシーラの次男で、20歳の若者だった。長身で彫りの深い顔立ち、黒髪を金の飾りで束ねた彼は、かつては民に愛された王子だった。だが、ある夜、彼が山岳地帯の古い祠で財宝の神クベーラに祈りを捧げた後、様子が一変した。祠に潜む夜叉が彼に取り憑き、その日から彼の瞳は赤く輝き、昼は眠り、夜になると町を徘徊するようになった。



 ペシャーワルの夜は、もはや人間の支配を離れていた。ガンダーラ王国の王子チャンドラヴァルマンに憑依した夜叉は、時に男ヤクシャとして、時に女ヤクシニーとして現れ、町を恐怖と欲望の深淵へと引きずり込んだ。月光が石畳の路地を照らす中、彼の足音が響き、町民は息を潜めて扉を固く閉ざした。だが、夜叉の力は閉ざされた扉をも嘲笑った。


 ある夜、チャンドラヴァルマンはヤクシャの姿で市場の外れに現れた。彼の身体は筋骨隆々となり、肩から角が突き出し、赤く輝く瞳が闇を切り裂いた。鋭い爪を持つ手は、獲物をそっと掴むたびに血を滴らせた。彼が目をつけたのは、織工の娘マドゥリカだった。17歳の彼女は、細い腰と長い黒髪が自慢の美少女で、夜遅くまで母と布を織っていた。


 ヤクシャはマドゥリカの家の扉を叩き潰し、彼女をそっと掴んで王宮の地下へと引きずった。地下室は湿った石壁に囲まれ、苔と血の臭いが混じり合い、鎖が床に散らばっていた。マドゥリカは叫び声を上げたが、ヤクシャの力に抗えず、石台に投げ出された。


「お前は我がものだ」


 彼の声は低く獣じみており、口から涎が滴った。マドゥリカの麻布の衣が引き裂かれ、彼女の白い肌が露わになった。ヤクシャは彼女の両腕を押さえつけ、鋭い爪が肩に食い込んで血を流させた。彼女の悲鳴が響く中、彼は欲望のままに彼女を愛した。その筋肉質な身体が彼女を覆い、汗と血が混じり合って石台を濡らした。マドゥリカの瞳は恐怖で曇り、やがて快楽と苦痛が入り混じった呻きに変わった。


 愛された後、マドゥリカの身体に異変が起きた。彼女の瞳が赤く染まり、爪が伸び、喉から唸り声が漏れた。夜叉の呪いが彼女に侵入し、彼女はヤクシニーの眷属へと変貌した。彼女は立ち上がり、茫然と地下室を出ると、町へと戻り、次の獲物を求めた。


 別の夜、チャンドラヴァルマンはヤクシニーの姿で町に現れた。彼女は妖艶な美女となり、長い黒髪が風に揺れ、絹の衣が豊満な肢体を際立たせた。甘い声で歌いながら路地を歩く彼女に目を奪われたのは、鍛冶屋の息子ヴィシュヌパーラだった。19歳の彼は、逞しい体と純朴な顔立ちを持つ若者で、夜の仕事帰りに彼女と出くわした。


「こちらへおいで、若者。私の腕で癒してあげる」


 ヤクシニーの声は蜜のように甘く、ヴィシュヌパーラの足を絡めとった。彼は抵抗する間もなく彼女に引き寄せられ、王宮の地下へと連れ込まれた。石台に押し倒された彼の服が剥ぎ取られ、ヤクシニーは彼の首筋にそっと舌で触れた。彼女の長い髪が彼の胸をくすぐり、冷たい手が彼の太腿を撫で上げた。ヴィシュヌパーラは逃げようとしたが、彼女の瞳に見つめられ、身体が熱を帯びて動けなくなった。


「やめてくれ……頼む……」


 彼の懇願は途切れ、ヤクシニーが彼に跨ると、ヴィシュヌパーラは喘ぎ声を上げた。彼女の動きは執拗で、彼の抵抗を快楽に変えた。やがて彼もまた夜叉の呪いに侵され、瞳が赤く輝き、ヤクシャの眷属へと変貌した。



 マドゥリカとヴィシュヌパーラは、それぞれ町に戻り、新たな犠牲者を求めた。マドゥリカはヤクシニーとなり、友人の娘カーリカを誘惑した。カーリカは16歳で、市場で花を売る可憐な少女だった。マドゥリカは彼女の手を取り、甘い言葉で自宅の裏へと誘い込んだ。そこで彼女はカーリカの首に噛みつき、血と欲望を味わいながら愛した。カーリカの悲鳴は夜に溶け、彼女もまた眷属となった。


 一方、ヴィシュヌパーラはヤクシャとなり、酒場の若者ラージャンを襲った。ラージャンは21歳で、屈強な体を持つ衛兵だったが、ヴィシュヌパーラの怪力に敵わず、路地裏で押し倒された。鋭い爪が彼の胸を裂き、血が地面に広がる中、ヴィシュヌパーラは彼を愛した。ラージャンは苦痛に叫びながらも、やがて呻き声に変わり、夜叉の呪いが彼を支配した。


 こうして、夜叉の眷属は増殖した。彼らは町の男女を次々と襲い、王宮の地下に連れ帰っては欲望に溺れた。地下室は血と汗、淫靡な叫びで満たされ、石壁に赤黒い染みが広がった。眷属となった者たちは、かつての家族や友を襲い、ペシャーワルの夜は終わりなき恐怖と快楽の連鎖に囚われた。市場は荒れ果て、家々は空になり、町は鬼神の支配下に沈んだ。


 チャンドラヴァルマンは地下室の中央に立ち、眷属たちを見下ろした。ヤクシャの姿で哄笑し、ヤクシニーの姿で誘惑しながら、彼は町全体を自らの欲望の王国と化した。マドゥリカは新たな娘を連れ込み、ヴィシュヌパーラは若者を鎖で繋いだ。夜叉の呪いに侵された者たちは、もはや人間の理性を失い、ただ快楽と暴力に身を委ねた。ペシャーワルの夜は、血と涙、喘ぎと咆哮が響き合い、陰惨な狂宴の舞台と化した。


 町民の中で生き残った者は、仏塔に逃げ込み、祈りを捧げた。だが、夜叉の力は留まることを知らず、救いを求める声さえも闇に飲み込まれていった。


 王ヴィクラマシーラは息子の異変に気付きながらも、夜叉の力を恐れ、手を下せなかった。宮廷の僧侶たちは護符を手に祈ったが、効果はなく、町民は家に閉じこもり、夜の外出を避けた。だが、夜叉の力は増すばかりだった。



◯チャンドラヴァルマン (Chandravarman)

 ガンダーラ王国の王子、ヴィクラマシーラの次男。

 年齢: 20歳。

 特徴: 長身で彫りの深い顔立ち、黒髪を金の飾りで束ねた美男子。かつては民に愛されたが、夜叉に憑依されて変貌。

 役割: 夜叉(ヤクシャおよびヤクシニー)として町の若い男女を王宮地下に連れ込み犯し、眷属を増やす。最終的に菩薩との戦いで浄化され、正気を取り戻す。

◯ヴィクラマシーラ (Vikramashila)

 ガンダーラ王国の王、チャンドラヴァルマンの父。

 特徴: 息子の異変に気付くも、夜叉の力を恐れて手を下せない優柔不断な支配者。

 役割: 物語の背景として王国の統治者であり、息子の救済後、アシュヴァカとダクシナに感謝を示す。


◯マドゥリカ (Madhurika)

 織工の娘。

 年齢: 17歳。

 特徴: 細い腰と長い黒髪が自慢の美少女。

 役割: ヤクシャに変じたチャンドラヴァルマンに犯され、ヤクシニーの眷属となる。その後、町でカーリカを誘惑し犯し、夜叉の呪いを広げる。菩薩の光で浄化され人間に戻る。

◯ヴィシュヌパーラ (Vishnupala)

 鍛冶屋の息子。

 年齢: 19歳。

 特徴: 逞しい体と純朴な顔立ちを持つ若者。

 役割: ヤクシニーに変じたチャンドラヴァルマンに犯され、ヤクシャの眷属となる。その後、ラージャンを襲い、アシュヴァカとダクシナを犯す。菩薩の光で浄化され人間に戻る。


◯カーリカ (Kalika)

 マドゥリカの友人の娘、花売り。

 年齢: 16歳。

 特徴: 市場で花を売る可憐な少女。

 役割: ヤクシニーとなったマドゥリカに誘惑され犯され、夜叉の眷属となる。物語終盤で浄化される(詳細描写なし)。

◯ラージャン (Rajan)

 酒場の若者、衛兵。

 年齢: 21歳。

 特徴: 屈強な体を持つ若者。

 役割: ヤクシャとなったヴィシュヌパーラに襲われ犯され、夜叉の眷属となる。物語終盤で浄化される(詳細描写なし)。


◯アシュヴァカ (Ashvaka)

 ブッダガヤからの若い比丘(僧)。

 年齢: 25歳。

 特徴: 痩せた体に鋭い目を持つ、瞑想に長けた修行者。

 役割: ダクシナと共にペシャーワルに逗留し、夜叉に連れ去られる。マドゥリカとヴィシュヌパーラに犯され、仏陀への誓いを破るが、菩薩の光で救われる。

◯ダクシナ (Dakshina)

 ブッダガヤからの若い比丘尼(尼僧)。

 年齢: 22歳。

 特徴: 穏やかな顔立ち、長い髪を剃った頭に麻の袈裟を纏う心優しい尼僧。

 役割: アシュヴァカと共にペシャーワルに逗留し、夜叉に連れ去られる。ヴィシュヌパーラに犯され貞操を穢されるが、観音菩薩が憑依し夜叉と戦う。最終的に町を救う。

◯スダルシャン (Sudarshan)

 ペシャーワルの旅籠の主人。

 特徴: 町の異変を知る小心者。

 役割: アシュヴァカとダクシナに夜叉の危険を警告する脇役。

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