魔王は週休二日制
リスキー・シルバーロ
プロローグ
第1話 労働基準法を導入しました by魔王城
「行くぞみんな! 今日こそ魔王を倒して、平和を手に入れるんだ!」
魔界大陸の深淵。禍々しい魔王城の城門前で、セントは仲間たちを鼓舞した。赤い前髪が瘴気を含んだ風に揺れる。
「りょー! ガンも配信準備できたー? ムームちゃんの活躍ちゃんと撮ってよー? 」
治癒術士・ムームの間延びした声。金髪ボブの彼女に腕を絡め取られる。
「は、離せ、ムーム! 胸当たってる!」
「当ててるんだよー?」
青いチュニックの下、黒い全身タイツで強調された胸に左腕が挟まれる。
デカい。良い匂い。十七歳美少女の悪魔の誘惑。だけど効かない。
「いいから離せー! 俺はリーリたん一筋なんだよ!」
「ちっ。良い年して推し活とか恥ずかしくないの?」
「うっせ。早く魔王を倒す。リーリたんのゲーム実況まで時間がない」
誘惑を振り切る。ムームがムスッとして離れた。もう一人の仲間に振り返る。
「ガン。こっちの配信の準備はいいか?」
「当たり前だ、セント」
カウボーイハットにゴープロを付けた魔砲士・ガンが冷静に返す。時代錯誤のカウボーイスタイル。腰に下げた二丁の魔砲銃が鈍色に光る。
「頼りにしてるぜ。これもリーリたんへのスパチャのためだ」
「眉間撃ち抜くぞカス勇者。毎月の勇者手当投げるだけじゃ足りねーのかボケナス」
チャキッと魔砲銃を向けられる。この距離でヘッドショットは普通に死ねる。
「ごめんって。魔王倒したら一生遊んで暮らせるから許して」
「……けっ。今回だけだ。報酬ゲットしたら平日バイトと株で優雅に暮らしてやる」
銃が下ろされる。呆れ顔のガンに歯茎を見せる。
「へへっ。……んじゃ、そろそろ行くぞ。勇者パーティ、最後の休日出勤だー!」
ピンポーン。
気合いを入れ、城門のインターフォンをポチる。デーモンの銅像の額のボタンが赤く点滅。このボタンを押すのもこれで最後だろう。
「…………出ねえな」
静寂。もう一度押す。いつもならすぐに守衛魔族がゾロゾロ出てくるはずだが、その気配はない。
デーモンの口がパカリと開いた。
『本日は休業となります。御用のある方は、月曜日にまたお越しください』
「「「……は?」」」
目が点になる一行。銅像の口から丸められた紙が吐き出され、ポトリと地面に落ちる。拾い上げ、紙を広げる。
「なになに? ……えー、魔族労働協会が定めた労働基準法により……魔王業務は平日のみに……変更……しました。詳細はホームページをご覧ください……」
読み上げてみた。内容を吟味し、頭を捻る。三人ともスマホを取り出し、紙に添付されたQRを読み込む。
そこには人間の国と同じ、労働は一日八時間。月残業四十五時間まで。残業は事前申請。ホワイト企業・魔王城の文字が並んでいる。
(なん……だと……こんなの甘えだ。仕事はやる気が全て。休みなんて返上が常識のはずだろ……)
食い入るようにスマホを眺める仲間たち。だがセントは負けない。これは魔王の罠。そうに決まってる。
「……ねえ、セント」「……なあ、セント」
ほら見ろ。二人ともスマホをポケットにしまった。魔王の罠だと気付いたんだろう。
「「今日は帰るか」」
「バッキャロー! 突撃だ! 勇者に休みなんて必要ねえ!」
「「えー……」」
不満を顔にする二人。
「落ち着きなよ、セントっちー。今日休みらしいし出直そー?」
「そうだぞ。一昔前のブラック企業じゃあるまいし……って、セントはその時代のオッさんだったか」
「まだ三十二! ガンと五つしか違わねえ! それに体は十七歳で止まってる!」
勇者の力に目覚めた日から不老。中身は三十路だが体はピチピチ。脂っこいものも全然イケる。
「中身オッさんじゃーん。けど、うちは全然気にしないよー? 魔王倒したら玉の輿らせてよー」
「三次元は却下! それより良い加減行くぞ。俺が先陣を切る!」
勇者の剣を抜き放つ。黄金の魔力を滾らせ、剣に伝える。キィィィンと硬質な音が暗い空に響く。
「出て来い、魔王リリィ! 門と城を両断されたくなかったらな!」
――シン。やはり静寂。セントの声が虚しくこだまする。
「うわ、恥ずかしー」「常識なさすぎだろ、この勇者」
キレた。最近のオッさんはキレやすいのを知らないらしい。腕に力を込め、黄金の剣をジャキっと鳴らす。
「……う、うおおおおお! 【聖光斬】だあああああ!」
そして極限の剣戟を放とうとした刹那――。
「ふぁぁ……うるさいぞ、お前たち。私は今日休み。ゲームやるから帰れ」
門の奥に見える城の入り口。眠そうな顔の銀髪の美少女が顔を出した。
「……え?」
ポカンと口が開く。水玉が散りばめられたピンクのパジャマ。腰まで伸びた髪は寝癖で跳ね、頭の二本の黒い角はピョコンと愛らしい。
「あれ? 勇者じゃん。そんな変な顔してどうした? 私の顔に何か付いてるか?」
「えぇ……お前、その声……あの魔王リリィ……か?」
「……あ、やべ」
華奢で可憐な少女が呟く。黄金の瞳が揺れ、すぐに黒い霧が少女の姿を隠した。いつもの見慣れた魔王の登場。
「今見たものは忘れよ。私は忙しい。日を改めて出直せ、勇者一行よ」
それだけ告げ、バタンと閉じる扉。三人は顔を見合わせ、ゆっくり頷いた。
「……今日は帰るか」
「「……うん」」
踵を返す。初めて見た魔王の素顔。セントの動悸が異常に昂る。
(……あれが、魔王リリィの正体? ……リーリたんのアバターにソックリじゃん……)
最寄りの街に戻るまで、セントはボーッと惚けていた。
この日、初めてリーリの配信を見逃した。
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