第2話 滅龍騎士オースムン・ヤマトの秘密
「チヨメ、あの城に我らの居を構えようと思うんだが、どうだろうか」
「は、はあ……どうと言われてても……」
目の前には、おとぎ話に出てくる勇者様がいる。
ずっと前に生贄として死んでしまったお母さんが話してくれていたお話の勇者様。
「そんな事できませんって!」
勇者様が薄く笑う。
「⋯⋯いや、そうでもないさ。今からやってみよう。チヨメ、また私が大声を出すから、両耳に手を当ていてくれるか。よし、良い子だ⋯⋯聞こえるか神官共よ!私の顔を忘れた訳ではあるまいな!」
「私は玉座に挑戦する。王国騎士団長に決闘を申し込ませてもらおう!」
神官共は出てこないか。
性根まで腐ったか、王座の簒奪者が。
龍を討ち倒した私に与えられる筈だったものを全て奪われた。
「貴様らが、龍を討ち倒した私へ行った仕打ちを忘れたことはなかったぞ⋯⋯」
「チヨメにも聞いてほしい。私に起こったことを」
龍滅騎士は、命をかけて戦い、そして死んだ。
おとぎ話ではそう言われている。
しかしそれは作られたものであり真実ではない。
国に凱旋した後に、力を恐れた国から命を狙われ、騎士は謀殺されたのである。
姫が命を懸けてエジンドの為に贄となり、力を与えた騎士を、伝承の勇者に仕立て上げて利用したのだ。
無念の死に囚われ、最後には彫像の中に封じ込められてしまった。
これが、おとぎ話の全てだ。
「酷い……お姫様が可愛そうだとは思わないんですか!」
巫女にされてしまったチヨメが吠えた。
涙を流し、体を震わせ、憤っていた。
騎士にとって、それがどれほどの慰めになっただろうか。
救世の英雄であったとして、非業の死を遂げた、忠を尽くした姫君を、守れず喪ったことは心に傷を付けるのに十分な出来事であった。巫女の言の葉が、騎士を癒やしたのだ。
「チヨメ、ありがとう。姫の為に心を痛めてくれて」
「いえ、泣くしかできない無力な自分が嫌になりますよ……」
寝る前に、枕元のお母さんから聞いていたお話。
お母さんも、信じ込まされていたお話。
騙されていた悔しさで涙が出てきて仕方がなかった。
「良いだろう、その挑戦を受けてやろうじゃないか」
王宮から細々しい声が響く。
出てきたのは、肌の白いヘビのような男だった。
不愉快な妖気を感じる者だった。
纏う魔力には龍の力が感じられた。
「いやあ、どうも。おまたせした。王国騎士団長だった者も巫女として捧げてしまってな、私が宮廷魔術師であり、王国騎士団長の代理だ」
「大方、お前が騎士団長を騙し、龍に食わせて力を得たのだろう。痴れ者が……」
「……礼節を弁えぬとは、勇者オースムンとは思えませぬな」
「すまん。神官共に殺されるまで龍狩りしかしてこなかったのでな」
「それは勇者様が望んだことでしょう。仕組みを巫女を食わせた後に今更知ったところで、貴女が我らを非難する資格はありませんよ。言いがかりだ」
「お前では話にならん。他の者を連れてこい」
代理の顔が、どんどんと歪んでいく。
「それはできませんねぇ。勇者などというカビの生えたような存在を頼る訳にはいかんのです」
「そうか、なら決闘は私の勝利ということでいいか?」
怒りにまかせて地面を杖で叩いた。
「黙れ黙れ黙れ!宮廷魔術師のワタシを邪魔したあの者が悪いのだ!そもそも貴様が勇者オースムンだと信じられる訳が無いだろうが、その剣も盗んだのだろう?分かるぞ?」
「その王宮に、勇者のレリーフがあるだろう。おとぎ話を、魔術師殿は知らんらしい」
ゆっくりと剣を鞘から抜き去った。
「龍を討ち倒すためだけに打たれた剣だ。貴様らは分かっている筈だ」
「私は、龍を滅する為に、復讐を成し遂げる為に舞い戻ってきた。気丈に振る舞っていた姫が、龍の顎に噛み砕かれながら最後に何を思ったか知っているか?」
「姫の最期の思念が、分け与えられた龍の力を通じて届いたのだ。耐え難い痛み、恐怖、絶望、理不尽に対する怒り、そして、心に満ちていたのは恨みだった」
拳が震えていた。煮えたぎる怒りがそうさせた。
「これ以上言葉は不要だ、剣を取れ宮廷魔術師。自信があるから前に出てきたのだろう?」
「私に命令するんじゃないッ!」
黒く歪な波動が杖から発された。
だが、騎士の軽い一振りでかき消された。
「成る程、宮廷魔術師、生贄に捧げたのは一人ではないな?」
「えぇ、女は男よりひ弱ですからね。しかも、同性結婚論などと……」
騎士は一歩だけ距離を詰め切り剣を振り下ろした。
「おっと、危ない危ない」
「魔術で誤魔化しても貧弱さが分かるぞ」
剣同士がぶつかり合う音が響き渡る。
砂を蹴り上げた魔術師が、転移魔法で騎士の真後ろに移動した。
「剣術ではなく魔術ならば私が上だ!騎士ごときには負けん!」
魔術を乗せた斬撃で、一瞬で人力ではありえない広い範囲を、隙間なく斬撃で薙ぎ払ってみせた。
「龍の力を使ってこの程度とはな……」
宮廷魔術師は驚愕していた。
振るわれた剣の刀身に、両足で着地していた。
「ひっ……待て待て待て!私はただ言われるがまま龍の力を得ていただけでだな……」
「食わせてきた巫女達に、同じ言い草で詫びるがいい。地の底へ堕ちろ」
一切の躊躇なく、切っ先を宮廷魔術師の首に突き立てた。
龍のような地から響く唸り声を上げながら、黒い炎を巻き上げて燃え尽きた。
振り返ることなく巫女のもとへ向かった。
「疲れたろう。一度、王宮の中へ来ないか?」
「ゆっ、勇者様、この王宮の地下に、何かの力を感じるんです。まだ何かあります!」
王宮に入ると神官たちも消えていた。
衛兵も、王であっても。
龍の力の恩恵に預かっていた者達の末路だ。
チヨメの後をついていきながら扉を開けていく。
「勇者様!お待ち下さい!地下に向かうのは宮廷魔術師様が禁じているのです!」
そして、地下への階段を見つけ、駆け下りた。
「何だ……これはッ……!」
アーチ状の柱が立つ空間の中央、そこに夥しい数の石碑が立っており、巫女に選ばれた女性らの体を象った意匠が施された状態で並べられていた。
「これでは、まるで観賞するための慰み者ではないかッッッ!」
騎士オースムンの声が虚しく響いた。
死さえ利用される。
この世界はやはり狂っているのだ。
女の悲劇も、苦悶でさえも、男共に使われる。
「お、お母さん……お母さんがなんでここに……?」
こうして、使い潰されていく。
あらゆる神話、物語、言い伝えには、女性の犠牲が描かれる。
国生みのイザナギとは対の龍に、黄泉を守るイザナミという女性性の龍がいた。
イザナミを連れ戻したくば振り向くなという言葉があったにも関わらず、イザナギはイザナミを信じられず振り向いた。彼女は泥人形になり朽ちた。
女はいつも犠牲として切り捨てられてきたのだ。
「落ち着いて聞いてくれ。君は、竜の力を感じられるね?」
「……そうだ、騎士様と触れ合った時から、より強く感じられるようになったんです!」
「最も強く、龍の力が集まっている石碑を探してくれ、頼む」
「分かりました……ええと、あっちです!あっち!」
騎士が巫女の前に近づいていく。
「どうかしましたか……?」
「いや、なんでもない。私が支えて持ち上げる。腕の中に来てもらえるか」
左の肩に巫女を乗せて、薄暗い墓所を疾走する。
巫女と騎士は常に側におり、二人で一人だと表現される。
二人の間には、理屈を超えた特別な繋がりが生まれると言われている。
龍滅騎士が勇者だった頃、姫と勇者は主従として忠義の絆で結ばれていた。
騎士の前では、姫は良く離をするおしゃべりな本来の顔を覗かせていた。彼女は、エジンドに向かうまでの旅路の中でよく理想を語っていた。
より良い王国を作りたいと話していた。
巫女として死なせてしまったことを後悔しない日はなかった。
「あそこです!あの石碑です!」
「分かった。用心しながら付いて来てくれ」
空間の中央に巨大な柱があった。
そこには、姫がいた。
鎖で縛り付けられ苦しみの表情を浮かべていた。
「やりましょう、騎士様。その剣ならなんとかなる筈です」
「チヨメ……私の巫女になってくれるというのか」
「はい。オースムン様。巫女の方々が、滅龍剣ならできると、そう言ってます」
「……そう、だな。私も、この柱から強い竜の力を感じ取ることができる。この意匠には、魔法陣も組み込まれているらしい。中心はここだろう」
剣を構え、息を整える。
「辛い、ですよね。なら、私も背負います。一緒に戦います」
姫との日々が蘇ってくる。
ただの荒くれを騎士としてくれたのも彼女だった。
「ありがとう、チヨメ。私一人だったら何もできなかった。見ていてくれ、魔術を断ち切るのを……」
契を結んだ巫女と滅龍騎士が、新たな一歩を踏み出す。鋭き一閃とともに。
救世の滅龍騎士は、同性結婚論を信じる女達を食い潰す世界を赦さない 鬱崎ヱメル @emeru442
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