空の扉

桐原悠真

第1話 一次面接・通過

今日は女子会。

いざ、出陣。


カフェに入った瞬間、

奈央はもう顔を見ていた。


「で、最近婚活どうなの?」


「まあまあってところね。」

由香はメニューも見ずに言った。

「なかなか運命的な出会いがないのよね。これっていう人がいなくてさ。」


「いや、婚活だし。」

即座に麻美が突っ込む。


「いやいやいや、婚活も奥が深いのよ。」


「それ、何年言ってる?」

奈央が静かに返す。


……そこは言わない。


「いい男がいないだけよ。」

由香は何事もなかった顔で続けた。

「でも、スペック命だから。」


「ああ、そうでしたね。」

奈央がコーヒーをひと口飲む。


「でも運命的じゃないと嫌なんでしょ?」

麻美が笑う。


「そう。」


由香はスマホを取り出して、画面を二人に見せた。


「今度、この人狙ってるの。」


「……ああ、いい感じじゃない?」

麻美が言う。


「年収も、見た目も、学歴も。

 マッチングしてくれーって感じ。」


でも、奈央は少し首を傾げた。


「ねえ、なんとなくだけどさ。

 こういう人って、何か隠してない?」


「こんなに条件良くて残ってる?」

麻美も画面を覗き込む。


由香は一瞬だけ黙ってから言った。


「いや、実は残ってるに違いないのよ。」


「どういう理屈?」


「だってさ。」

由香は肩をすくめる。

「私だって残ってるんだから。」


……。


二人は一瞬、言葉を失った。


「……それ、自分で言う?」

麻美が吹き出す。


「事実でしょ。」


由香はそう言って、ふっと笑った。


そのとき、

窓の外で雲がゆっくり流れていくのが、

なぜか目に入った。


——運命的じゃないと、嫌なんだから。


由香は、まだ知らない。

この日の女子会が、

いちばん現実的なドアで、

いちばん空に近い入口だったことを。


きた。


マッチングキターーーー。


YES。

心の中でガッツポーズ。

静かに、でも確実に。


即、麻美たちに報告。


「マッチング、YESだった。」


「マジか。」


「すげー。」


「良かったねー!」


「落とせ!」


カフェのテーブルの上で、

女たちのテンションが一段上がる。


「で? 写真どおり?」

「年収は?」

「変な一文なかった?」


「今のところ、完璧。」

由香は胸を張る。

「ちゃんとしてる。無駄がない」


「それ一番信用できないやつじゃん。」

奈央が冷静に言う。


「うるさい。

 これはいけるやつだから。」


そう言い切った瞬間、

少しだけ胸の奥がざわついたけど、

気づかないふりをした。


——勝負はここから。


そして、直樹との初デート。


当日の朝、

クローゼットの前で立ち止まる。


盛らないと。


いや、

盛りすぎてもダメ。


・頑張ってる感は出さない

・でも手抜きにも見せない

・可愛すぎない

・でも女として外さない


一番めんどくさいライン。


婚活歴が長いから、心得てるのよ。

ふふふ。


41歳。

派遣。

婚活5年以上。


だからこそ、

焦らないし、

慌てない。


鏡の前で、

少しだけ顎を上げる。


「大丈夫。」

「私は条件、揃ってる。」


運命的じゃなくてもいい。

今日はまず、落とす日。


そう思いながら、

由香はリップを引いた。


このとき彼女は、

まだ知らない。


このデートが、

“落とすための時間”じゃなくて、

何も起きないことを確認する時間になるなんて。


そして同じ空の下で、

まったく別の静けさが、

すでに動き始めていることを。


——空の扉は、

まだ、開いていない。


直樹との初回デートは、

当たり前のカフェ。


当たり前すぎるほど、当たり前。


でも、ここを抜けないと、

次はない。


お付き合いは、

この一杯のコーヒーの先にしか存在しない。


まずはこの難関を抜ける。

そして、落とす。


ただし、

変な人だったら即却下。


よし、いくぞ。


私は、

婚活市場・最初の難関

――カフェ面接を受けに行く。


席に着いて、

まずは相手に話させる。


自分は出しすぎない。

聞く。

引き出す。

相槌は打つけど、共感しすぎない。


仕事の話。

生活の話。

休日の過ごし方。


よし。

大きな地雷は、今のところなし。


条件、クリア。


この人、

あり中のあり。


イケメン。

清潔感あり。

服も無難で、靴もちゃんとしてる。

店員さんへの態度も問題なし。


紳士。

最高。


……ここで舞い上がったら、終わる。


由香、落ち着け。


これはまだ一次面接だ。


「婚活歴、長いからね。」

心の中でそう呟く。


余裕を見せるのよ。


笑いすぎない。

褒めすぎない。

期待しすぎない。


私はコーヒーを一口飲んで、

少しだけ間を置いた。


――大丈夫。

私はもう、心得てる。


この人は、

「いい人」かもしれない。

でもまだ、

運命かどうかは、分からない。


ここは冷静に。

婚活歴の余裕、

見せてやる。


空の向こうで、

まだ何も動いていないことを、

由香は知らないまま。


カフェの時計だけが、

静かに秒を刻んでいた。


この女、

絶対に婚活歴、長いな。


話の運び方で分かる。

質問の仕方。

相槌の打ち方。

妙に感情を乗せない距離感。


慣れてる。


まあ、顔は悪くない。

清潔感もある。

年齢のわりには、ちゃんとしてる。


……けど。


好みのタイプではない。


正直、

俺は若い子のほうが好きだ。


素直で、

反応が分かりやすくて、

こっちの一言で表情が変わるような。


だから、

この人とどうなるかなんて、

正直どうでもいい。


ただ――


これくらいなら、

転がせる。


余裕があるふりをしてるけど、

中身はちゃんと焦ってる。

長くやってる人ほど、

その匂いは消せない。


女と、

まだだいぶ遊びたい。


落ち着く気なんて、

今はまったくない。


でも、

こういうタイプは扱いやすい。


線を越えないふりをして、

越えさせる。


期待させすぎず、

切るときも揉めない。


だから――


あり。


少なくとも、

今じゃない誰かが現れるまでは。


直樹はカップを持ち上げ、

いつも通りの笑顔を作った。


「由香さんって、落ち着いてますよね。」


その言葉が、

どこにも本音を含んでいないことを、

彼女はまだ知らない。


そして空は、

この男には、

一切反応していなかった。


——空の扉は、

彼の前では、

閉じたままだった。


そして、

婚活一次面接は終わった。


頭の中はもう、


イケメン。

年収。

紳士。

背、高い。

未婚。


――フルコンボ、キターーー。


これはもう、

舞い上がらないほうが失礼でしょ。


これが、

運命の出会いってやつよ。


ふふふ。


迷わない。

間を置かない。

私は、OKボタンを押す。


ポチ。


早く来い。

OK!

来い来い来い!


即、奈央と麻美に報告。


「運命的だったわ。」


「……どこが?」

奈央が即座に聞く。


「全部よ。」


「え?」


「まずね、カフェでの席の取り方。」

由香は力説する。

「完璧だったわ。入口から遠すぎず、近すぎず。

 ちゃんと落ち着ける位置。」


「そこ?」

麻美が笑う。


「大事よ。

 それに紳士だったし。」


「具体的には?」


「椅子引くタイミング。

 メニューの渡し方。

 店員さんへの声のトーン。」


「……」


「あれは、あり。」

由香は断言する。


奈央は一拍置いて言った。


「……それ、全部“外面”じゃない?」


「うるさいわね。」

由香はスマホを握りしめる。

「外面が整ってない男は論外でしょ。」


麻美が頷く。


「まあ、フルコンボならテンション上がるのは分かる。」


「でしょ?」

由香は胸を張る。


画面は、

まだ沈黙したまま。


でも大丈夫。


私はもう知ってる。


運命的な出会いは、

ちゃんと“手応え”がある。


ふふふ。


空の向こうで、

まだ誰も何も言っていないことに、

由香は気づかないまま。


OKボタンの余韻だけが、

指先に残っていた。


OKボタンを押してから、

返事が来るまでの時間は、

やけに長く感じた。


でも――


来た。


YES。


「……っ!」


思わず声が出そうになるのを、

慌てて抑える。


やっぱり。

やっぱりね。


条件、全部揃ってるんだから。


メッセージのやり取りも、

スムーズだった。


変に距離を詰めてこない。

かといって、冷たくもない。


返事のタイミングも、

早すぎず、遅すぎず。


質問も、ちゃんとしてる。


……ほら。


「ちゃんとした人」じゃない。


私はスマホを置いて、

小さく息を吐いた。


これは、いける。


次の約束も、

驚くほど自然に決まった。


「来週、時間あります?」


ある。

もちろん、ある。


場所も、

無難で、落ち着いていて、

ちゃんと“デート用”。


センス、悪くない。


奈央と麻美に、

再び報告。


「次、決まった。」


「早っ。」


「いいじゃん。」


「でしょ?」


由香は得意げに言う。


「流れがいいのよ。

 無理してないし、

 変な駆け引きもない。」


「それ、普通じゃない?」

奈央が言う。


「普通が一番なの。」

由香は即答する。

「普通で条件フルコンボは、

 もう奇跡よ。」


麻美が笑う。


「由香、楽しそう。」


「当然でしょ。」

私は頷いた。

「久しぶりに、

 ちゃんと“婚活してる”感じするもの。」


夜、ベッドに入ってからも、

スマホを手放せない。


メッセージが来るたび、

胸が少しだけ浮く。


これが、運命の前触れ。


そう信じて疑わない。


ふふふ。


空は、

まだ静かだった。


でも、

この静けさは、

嵐の前じゃない。


少なくとも、

今の由香には、

そうとしか思えなかった。


これ、

私、勝ちに行くか?


そんな考えが、

ふっと頭をよぎった。


でもすぐに打ち消す。


勝ちに行く、じゃない。

もう、勝ちの流れに乗ってるだけ。


次は、

二次面接。


初回は突破。

条件クリア。

印象良し。

手応えあり。


――いけるわ、私。


スマホを置いて、

天井を見上げる。


婚活歴は長い。

失敗も、空振りも、

数えきれないほどあった。


でも今回は、違う。


ちゃんと選ばれて、

ちゃんと進んでる。


これが、

運命の出会いじゃなかったら、

何なのよ。


ふふふ。


由香は、

目を閉じた。


空はまだ、

何も語らない。


けれど――


扉は、

確実に近づいている。

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空の扉 桐原悠真 @yumastory

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