伝説級の魔剣を拾ったが、喧しすぎて使い物にならない
棚か
第1話
「……ヒヒヒ、ついに見つけたぞ。これさえあれば、俺の人生は大逆転だ!」
王都のはずれにある、ジメジメとした古代遺跡の奥深く。
俺、盗賊のジンは、祭壇の上に鎮座する一振りの剣を前にして笑みを浮かべていた。
俺の人生は、一言で言えば「詰んでいた」。大量の借金を背負っており、手が回らない状態だ。借金取りには「次、金が払えないなら臓器をいただく」と爽やかに宣告され、今朝の朝食は道端に生えていた正体不明のキノコだ。
だが、目の前にあるのは、最高峰といっても過言ではない魔剣だ。
銀色に輝く鞘、柄に埋め込まれた巨大な魔石。鑑定スキルがなくてもわかる、これは数億ゴールド、いや国家予算レベルのお宝だ。
今までの不幸が帳消し。
それどころか、お釣りが出るくらいだ。
「よしっ、これを質屋にぶち込んで、今夜は高級酒場でチャンネーと豪遊だ!」
俺は手垢にまみれた右手を伸ばし、ガシッとその柄を掴んだ。
その瞬間。
『ちょっとォ! やめてちょうだい! 汚い手で触らないでよ!』
脳内に響き渡ったのは、野太い男性、あるいは場末の酒場の女将のような、圧の強いオネエ声だった。
「……は?」
俺は思わず手を離した。
周囲を見渡すが、人影はない。
『ここよ、ここ! この美しき銀の肌を持つ魔剣、グラム様のことよ! ちょっとアナタ、さっきから見てれば、手が脂っぽいのよ! 酸化した皮脂がワタシの銀装飾を曇らせたら、どう責任取ってくれるの!? ちゃんとシルクの手袋か、せめて薬用石鹸で三回は洗ってから触りなさいよ!』
「け、剣が喋った……?」
俺は呆然とした。
喋る魔剣。つまり、意思が宿っているという事だ。こういう武器は更に希少価値は跳ね上がるが、手放しに喜べない。
なぜなら、中身がとんでもなく面倒くさそうだからだ。
「おい……グラムって言うのか? お前、魔剣なんだろ? 世界を救うとか、魔王をぶった切るとか、そういう使命はないのか?」
『ハァ? 野蛮ねえ。ワタシがそんな、血なまぐさいことに興味あるわけないじゃない。ワタシの使命は「世界の美しさを優雅に見守ること」。平和が一番。暴力反対。そんなことより、アナタの爪の間にあるゴミが気になるわ。早く掃除してちょうだい。発狂しそうよ』
希望という名の光明は、開始五分で特大の暗雲が立ち込めた。
※
「いいかグラム。お前は黙っていろ。お前は『黙っていれば』国宝級なんだ。俺が商人と交渉する間、絶対に口を開くなよ」
俺は翌日、王都で一番デカい武器商人の店を訪れた。
戦闘に使えなくてもいい。
この外見だけで、貴族に数千万で売れるはずだ。
「ほう、これは見事な……。魔剣ですか。確かに本物の魔力を感じますな。ううむ。見れば見るほど欲しくなってきますな。一体、幾ら支払えばこれを譲って頂……」
恰幅の良い商人が手を伸ばし、グラムを手に取ろうとしたその時だ。
『イヤァアアア! 寄らないで! このおじさん、加齢臭がキツイわよ! この香水、安物ね! しかも、手が脂ぎってるし! ワタシ、この人の手に触られるなんて死んでも嫌よ! 生理的に無理!』
「ぐ、グラム! バカ、やめろ!」
俺の制止も虚しく、グラムの魔力が暴走する。
店主の顔面に霧のようなものを噴射した。
一瞬、毒か!? と思ったが、フローラルな匂い。
どうやら、グラムは香水を生成する能力も持っているらしい。いや、それは魔剣に必要な能力なのか!?
「ぐわぁっ!? 目が、目がぁ! なんだこの無礼な剣は! 叩き出せ! 二度と来るな!」
俺は商人の護衛達の手によって、店の外につまみ出されてしまうのだった。
その後、三軒の店を回ったが結果は同じだった。
「この店主はハゲてるから嫌」「この客は服がダサいから下品」などとグラムが暴言を吐き散らし、俺は王都の商人達から要注意人物として扱われることになった。
「……もういい。売れないなら、自分で使うしかない」
俺は絶望に打ちひしがれる。
が、立ち止まり続けるわけにはいかない。
生活費を稼ぐためにギルドの依頼を受ける。
難はあるが。というか、難しかないがグラムは魔剣だ。きっと、依頼達成に大きく貢献してくれる筈だ。多分。
俺はスライム討伐の為、ダンジョンへ向かうのだった。
※
ダンジョンの入り口で、プルプルと震える黒スライムが三体。
「よし、グラム。鞘を抜け。一瞬で終わらせるから」
俺は柄を掴み、一気に引き抜こうとした。
だが。
『イヤァアア! 絶対に出ないわよ! アナタ、見てよあのスライム! ネチョネチョしてるじゃない! あんなの斬ったら、ワタシの刀身がヌルヌルでベタベタのギトギトになっちゃう! 絶対に不潔よ! 変な病気に感染したらどうすんの!』
「武器の分際で病気とか言うな! 良いから、抜け! 早く抜け!」
鞘と柄が全く離れない。
グラムが魔法で自分をロックしているのだ。
「……っ、この野郎。わかったよ。抜かずに戦えばいいんだろ!」
キレた俺は鞘に収まったままのグラムを、棍棒のように振り回した。
それが見事にクリーンヒット。
ボコォッ! ドスッ! ベチャッ!
「キ、キュゥ……」
魔石が埋め込まれた鞘は、それ自体がアホみたいに頑丈だった。
スライムを一撃で倒せた。
『痛い! ちょっとジン! 衝撃がワタシの美肌に響くじゃない! それに鞘が泥で汚れたわよ! もう最悪! アナタ、今夜は一晩中ワタシを手入れしなさいよ!』
「黙れ! そもそも、お前が素直に鞘を抜けばこんな事はしなかったんだよ!」
伝説の魔剣を「ただの硬い棒」として使う盗賊。
周囲の冒険者たちが「あいつ、剣を大事にしないクズだな……」とヒソヒソ話していたが、俺の耳には届かなかった。
運の悪さは加速する。
換金用のスライム核を拾って帰ろうとした矢先、ダンジョンの奥からドシン、ドシンという地響きが聞こえてきた。
現れたのは、中級魔物『オーガ』。
身長三メートル、筋肉の塊のような人食い鬼だ。
間違っても、ダンジョンの入り口付近に現れる魔物ではない。
「嘘だろ!?」
オーガは俺を見つけるなり、手荷物巨大な棍棒を振り上げて突っ込んできた。
俺は慌ててグラム――尚、鞘のまま。――で応戦したが、スライムと違ってオーガの皮膚は鋼のように硬い。
辛うじて棍棒を防ぐ事はできるが、ダメージを与える事は難しい。
キンッ! カンッ!
『痛い! 痛い! 痛いわよ、ジン! 脳震盪起こしそう!』
「うるせえ! お前が抜けないからだろ! 脳震盪起こしたくないなら、さっさと鞘を抜けや!」
オーガの猛攻に押され、俺は壁際に追い詰められた。
死の恐怖が脳裏をよぎる。
こうなれば、もう手段は選んでいられない。
「俺の命のためだ! 嫌がっても無理やり脱がしてやる!」
俺は地面に両足を踏ん張り、グラムを股に挟んで固定した。そして両手で柄を掴み、全身の筋肉を爆発させて、強引に引き抜こうとした。
『イヤァアアアアア! やめて! 何すんのよ! 恥ずかしい! あられもない姿にされちゃう!』
「いいから鞘を抜け! こちとら、命の危機なんだよ!」
『やだ、この男、無理やり服を脱がそうとしてるわ! 誰か! 騎士を呼んで! 辱められる! まさか、ここで脱がす気!? 公衆の面前よ!?』
ダンジョン内にグラムの悲鳴が轟く。その絶叫の内容は、どう聞いても「暴漢に襲われる淑女」のそれだった。
もっとも、その声は野太い男性なのだが。
オーガが動きを止める。
棍棒を下ろし、困惑した顔で俺を見ている。
「……ガア?」
さらに、騒ぎを聞きつけた他の冒険者パーティが通りかかり、現場を目撃した。
彼らの目に映ったのは、必死の形相で股に挟んだ剣をまさぐり、無理やり引き抜こうとする男と、「脱がさないで!」「エッチ!」「最低!」と叫ぶ魔剣の姿。
控えめにいってもカオスだ。
「おい、あいつ……剣にあんなことを……」 「なんて卑猥な……。魔剣ハラスメントだわ」 「通報したほうがいいんじゃないか?」
「は!? 正気かお前ら!? これ、俺が悪いのか!? 絶対に違うだろ!」
俺は叫んだが、場を支配したのは、オーガさえも後ずさりさせるほどの圧倒的な「ドン引き」の空気だった。
全く意味が分からない。
頭が痛くなった。
そうこうしている間に、グラムの絶叫は更に大きくなる。
思わず、耳を抑えてしまう程に。
音量は上がり続ける。
グラムの絶叫は超高周波の音波攻撃へと変貌した。
『イヤァァァァァァァァァァァァァッ!! 平和が一番でしょうがァァァァァッ!!』
キィィィィィィィィィィィィィィィィン!!
「グガァッ!? ギ、ギギギ……!」
至近距離でグラムの絶叫を浴びたオーガは、耳から血を流し、白目を剥いてその場に卒倒した。三半規管を完全に破壊されたのだ。
恐ろしい。
「……え、倒した?」
俺は呆然とした。
目の前には、ぴくぴくと痙攣するオーガ。
ついでに、通りがかりの冒険者パーティーも巻き添えを食らい、気絶していた。
『……もう最悪……。ワタシの喉ガラガラなんだけど……。鞘も汚れちゃってるし。ジン、後でワタシを徹底的にケアしなさい』
「お、おう……。よくやった、グラム。これでトドメだ!」
俺は倒れたオーガの頭を、鞘に入ったままのグラムで思い切り叩く。
ボコォォォォォン!!
「勝った……」
俺は地面に座り込んだ。
手に持った魔剣は、相変わらず「鞘が乱れた」だの「泥が飛んだ」だのと文句を垂れている。
今日は運良く勝利できた。
だが、次、同じような事が起こるとは限らない。
だが、俺はひらめいた。
こいつは、剣として使おうとするからダメなんだ。
「鞘を抜こうとすると絶叫する」という、あまりにも迷惑な特性。
そして、その悲鳴が魔物を無力化するほどの威力。
「……これ、最高級の『防犯アラーム』として売れるんじゃねえか?」
『えっ? 防犯アラーム? ワタシ、そんな安っぽい扱いは嫌なんだけど!』
「違うぞ、グラム。王都の超高級住宅街の、金持ち貴族に貸し出すんだ。お前は美しく飾られて、誰かが触ろうとしたら「痴漢!」って叫ぶだけでいい。お前は戦わなくていいし、掃除の行き届いた部屋で優雅に暮らせる。どうだ?」
グラムの魔石が、キラリと輝いた。
『……あら。悪くないわね。ワタシ、シルクのクッションの上で寝るのが夢だったの。毎日、執事に磨いてもらえるのかしら?』
「ああ、もちろんだ。その代わり、俺にはレンタル料が入る」
『いいわよ、ジン。その提案、乗ったわ!』
こうして、魔剣グラムは、戦場を引退した。
つーか、まともに戦っていなかったが。
今では王都の公爵邸で「世界一うるさい、かつ絶対的なセキュリティ」として君臨している。
俺はというと、グラムが叩き出す莫大なレンタル料を手に、今日も酒場で博打に興じている。
たまにグラムから『ちょっと! 今日の執事の手つきが雑よ! 今すぐクレーム入れに来なさいよ!』と念話で呼び出されるのが玉に瑕だが。
「……まあ、楽して稼げるんだ。多少の愚痴は、我慢してやるか」
俺はニヤリと笑い、金貨を弾いた。
最強だが使えない魔剣と、クズ盗賊の奇妙なビジネスは、今日も絶好調である。
伝説級の魔剣を拾ったが、喧しすぎて使い物にならない 棚か @tatananakaka
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