異世界帰りのVRMMORPG

剣の舞姫

プロローグ

 夜だというのに街の明かりに照らされて輝く白亜の城、そのバルコニーからは祭りが開かれている街の様子が一望できる。

 平民も貴族も関係なく無礼講で騒ぐ城下町は実に楽しそうで、見ているだけで心が和む光景だった。

 そんな光景を眺めながらバルコニーで向かい合う二人の男女がいた。片方は腰に剣を凪いだライトアーマーと呼ばれる鎧と青と白のコートを来た黒髪の少年、もう片方は美しい薄桃色のドレスと宝石が散りばめられたティアラを頭に乗せたブロンドの髪をストレートに伸ばした少女だ。


「明日、とうとう魔王との決戦に向かわれるのですね……勇者様」

「ええ、姫様……2年の旅がようやく終わりを迎える。必ず魔王を討って、この世界に真の平和をもたらして見せます」


 今、目の前にある城下町のような光景が、大陸中で見られるように、勇者と呼ばれた少年は月明かりに照らされて美しく輝く少女の髪をひと掬いして唇を落としながら答えた。


「必ず、帰って来て下さいね、勇者様……いえ、ソーマ様」

「勿論、必ず貴女の下へ帰ります……そして、その時こそ貴女への気持ちの答えを、聞かせてください、リーンフェリア様……いや、リア」



――そして翌日。

 魔王城最深部。 黒い瘴気が渦巻く玉座の間で、勇者パーティーは最後の戦いに挑んでいた。

「ソーマ! 今です、行ってください!」


 杖を構えた魔法使いの少女が、雷撃で魔王の動きを止める。


「聖なる光よ、勇者を護り給え!」


 更に、聖女の光属性防御魔法によって、ソーマの身体を淡い金色の光が包んだ。

 仲間たちの声が背中を押してくれる、目の前の魔王を倒して世界を平和にしてくれと。 だから、ソーマは深く息を吸い込み、両手に握る愛剣、聖剣ヴァルムンクを構えた。


「これで終わりだ……!」


 蒼い魔力が聖剣ヴァルムンクに宿り、刃が光を放つ。獣形態となって理性を失っている魔王が咆哮を上げるが、もう遅い。


「――《蒼天・鏡月》!」


 魔王の胴体を貫いたヴァルムンクの刀身から蒼い閃光が放たれ、魔王の体内を焼きつくすと黒い巨体が崩れ落ちた。

 同時に空を覆っていた瘴気が晴れ、長かった戦いが終わる。


「やった……本当に、終わったんだな」

「ソーマ様、お疲れ様です……!」

「これで、世界は救われましたね!」


 仲間たちが駆け寄り、歓喜の声を上げる。ソーマはヴァルムンクを腰の鞘に収め、仲間たちの顔を一人ひとり見渡した。

 この後、リアのもとへ帰る。そしてやっと、嘗て告げた気持ちの答えを聞ける。その想いが胸に満ちた瞬間だった。

 世界が、音もなく“止まった”のだ。


「……え?」


 仲間たちの声が途切れ、動きが止まる。 魔王城の瓦礫が空中で静止し、時間そのものが凍りついたようだった。そして、突如眩く、それでいて神々しい白い光が降りてくる。


『勇者ソーマよ。役目は終わった』


 男のものとも女のものとも聞こえるそれは、間違いなく神の声だった。

 これまで幾度も聞いて、その度に危機を脱することが出来た救いの声であり、同時にソーマをこの世界に召喚した真の存在――だが、その声からは今までのような親しみの感情は微塵も感じられない。


「神……? どういうことですか。俺はまだ――」

『魔王は倒れた。もはや勇者は不要。 異世界の人間などという“異物”を、いつまでも我が世界に置いておく理由はない』


 冷たく、淡々とした声。今まで聞いてきた声と同一だと思えぬほど、感情が籠っていない無機質な声による一方的な宣言だった。


「……待ってくれ。俺はまだ、この世界で――」

『帰れ。元の世界へ。 貴様の存在は、この世界の理を乱すだけだ』


 その言葉に胸が締め付けられる。脳裏に浮かぶのはリーンフェリア王女の顔と、これまで苦楽を共にした仲間たちや、2年の旅の中で後の平和を託して散って行った仲間達の笑顔が浮かぶ。


「ふざけるな……! 俺は、まだリアに……仲間に……!」

『無駄だ。これは決定事項だ』


白い光がソーマの身体を包み込んだ。抗おうとしても、指一本動かせないため、せめてもの抵抗とばかりに神へ静止を呼びかけるも、一切を無視された。


『万が一にも、二度とこの時代には戻れぬようにしておく。 世界間の時間の流れを乱し、貴様が再び干渉できぬように』

「やめろ……! お願いだ……! リアに……せめて、最後に……!」


 叫びは虚空に吸い込まれ、神は何も答えない。やがて視界が白に染まり、世界が遠ざかっていく。最後に見えたのは―― 動きを止めた仲間たちの姿だった。


「くそっ! みんな……っ! リア……っ!」


 その言葉を最後に、ソーマの意識は闇に落ちた。



「……おい、君、大丈夫か? 聞こえるか?」

「意識がないぞ、救急車呼んだ方がいいんじゃ……」

「制服……高校生? なんでこんなところで……」


 ざわざわとした声が耳に届く。 肩を揺さぶられる感覚が、ぼんやりしていた意識を段々と呼び覚ましてくれた。


「……ん、……あ……?」


 ソーマはゆっくりと目を開けた。視界に飛び込んできたのは、見知らぬ大人たち―― いや、よく見れば見覚えのある制服……警察官だった。


「気がついたか。大丈夫か? 君、名前は言える?」

「……え?」


 状況が理解できない。 身体を起こすと、周囲にはパトカーが止まり、警察官が数人と先ほどまで居た魔王城の最奥とはまるで違う懐かしい住宅街が目に入る。

 更に周りを見れば、警察だけでなく通勤や通学途中らしい人々が心配そうにこちらを見ている姿も確認出来た。

 そして、今度は自分の身体を見下ろすと驚愕した。着ていたのは己が2年前に入学した高校の制服と、通学に使っていた鞄。

 先ほどまで着ていたライトアーマーとコートではなく、それどころか聖剣ヴァルムンクすら無い。身長こそ異なるが、2年前に異世界へと召喚された“あの日”のままの姿。


「……なんで……?」


 声が震える。 頭が混乱し、呼吸がうまくできない。


「落ち着いて。君、ここで倒れてたんだよ。 身分証も持ってないみたいだし、まずは保護するからね」


 警察官が優しい声で言う。 だが、ソーマにはその言葉が遠く聞こえた。

 ここは――日本だ。 実家の近くの公園だ。 幼い頃から何度も遊んだ場所だから間違えるはずがない。


「……帰って……きた……?」


 呟いた声は震えていた。


「君、歩けるか? 交番まで一緒に行こう」


 警察官に肩を支えられ、ソーマは立ち上がる。 足がふらつき、制服の裾が風に揺れた。

 ソーマは……否、岸 壮馬は警察官に保護され、 静まり返った早朝の街を歩きながら、やっと実感が湧いてくる。二度と、大切な仲間にも、愛する人にも、会うことは出来ないのだと。

 力無く歩くその背中は、異世界で勇者と呼ばれた少年のものとは思えないほど、 小さく、弱々しかった。


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