銀華の残り火

@orangeore2025

 



第一章 祭りの死骸を歩く


 空から舞い降りる結晶は、すべてを拒絶するような冷たさを孕んでいた。

 この「銀の王国」において、一月という月は死と再生の季節だ。人々は一月一日から三日にかけて、来るべき一年の安泰を祈る「聖樹祭」を執り行う。そして今日、一月四日は、喧騒が去り、世界が真の静寂に包まれる「残り火の日」と呼ばれていた。


 青年、カイルは厚手の外套を深く合わせ、街外れの広場に立っていた。

 祭りの飾り付けが雪に埋もれ、色褪せたリボンが寒風に震えている。昨日までの熱狂が嘘のように、通りには人影がない。ただ、深々と降り積もる雪の音だけが、耳の奥に響いていた。


「……今年も、何も変わらなかったな」


 カイルの口から漏れた溜息は、白く濃い霧となって宙に消えた。

 彼はこの国に伝わる「星の欠片」を探していた。一月四日の朝、最も冷え込む瞬間にだけ、聖樹の根元に現れるという伝説の鉱石だ。それがあれば、病床に伏せる妹を救う奇跡が手に入ると信じて、彼は五年間、この場所へ通い続けていた。


 雪を漕ぐ足取りは重く、指先の感覚はとうに消えている。

 それでもカイルは歩みを止めなかった。広場の中央にそびえ立つ、葉を落とした巨大な聖樹――その黒々とした幹が、まるで墓標のように彼を見下ろしている。


第二章 凍土に沈む鼓動


 聖樹の根元に辿り着いたカイルは、膝をつき、素手で雪を掻き出し始めた。

 冷たさが刃物のように皮膚を切り裂く。だが、痛みよりも焦燥の方が勝っていた。太陽が昇りきり、祭りの余韻が完全に消え去る正午までに、その欠片を見つけなければ、今年のチャンスは失われてしまう。


「ない……どこにも、ないじゃないか」


 掘り進めても、出てくるのは凍土と枯れ草の残骸ばかりだった。

 絶望が背筋を伝い落ちる。カイルは天を仰いだ。灰色の雲が低く垂れ込め、太陽の光さえも遮断している。一月四日という日付は、カイルにとって希望の日であると同時に、残酷な現実を突きつけられる日でもあった。


 その時、雪の中から微かな振動が伝わってきた。

 地鳴りとは違う。それは、まるで誰かがハープの弦を一本だけ弾いたような、澄んだ音色だった。カイルは息を止め、感覚を研ぎ澄ませた。


「誰……? そこにいるのか?」


 問いかけに答える声はなかった。

 代わりに、彼が掘り返した穴の底から、淡い青色の光が漏れ出した。それは焚き火の残り火のように弱々しく、しかし確かな熱を持って雪を溶かし始めていた。


第三章 氷灰の精、あるいは慈悲


 光の中から現れたのは、小さな手のひらサイズの少女だった。

 透明な翼を持ち、肌は万年雪のように白い。彼女は一年のうちで最も静かな瞬間にだけ目覚める存在だった。精霊は眠たげな瞳をこすり、カイルを見つめた。


「まだ、私の眠りを妨げる者がいるなんて。お祭りは昨日で終わったはずよ」


 精霊の声は、氷が触れ合うような涼やかな響きを帯びていた。

 カイルは圧倒され、言葉を失った。伝説の欠片とは、石ではなくこの精霊のことだったのか。


「お願いだ、精霊。俺の妹を助けてほしい。どんな代償でも払う」


 必死に訴えるカイルに対し、精霊は無機質な視線を向けたまま、静かに首を横に振った。

 精霊の力は万能ではない。特に、冬の絶頂にあるこの時期の精霊は、世界を凍らせる力は持っていても、生命を育む力は弱まっているのだという。


「私はただ、冬を管理する者。癒やしの奇跡なんて、持ち合わせていないわ」


 精霊の言葉は冷酷だった。

 しかし、彼女はカイルの震える指先を見て、少しだけ表情を和らげた。


第四章 停滞する時間の熱量


「でも、面白いわね。ここまで深く雪を掘った人間は、あなたが初めてよ」


 精霊はカイルの胸元に飛び込み、彼の心臓の鼓動を確かめるように羽ばたいた。

 彼女が触れた場所から、不思議な暖かさが広がっていく。それは肉体的な熱ではなく、魂が呼び起こされるような感覚だった。


「冬は死の季節じゃない。春を迎えるための、長い休息なのよ。あなたの妹さんも、今はただ、魂が深い冬を過ごしているだけ」


 精霊はそう言うと、自らの翼から一枚の羽をむしり取った。

 それは瞬く間に結晶化し、一粒の美しい宝石へと姿を変えた。これが、カイルがずっと追い求めていた「星の欠片」の正体だった。


「これは奇跡の薬ではないわ。けれど、凍りついた生命の時計を、再び動かすための『呼び水』にはなる」


 カイルは震える手で、その欠片を受け取った。

 温かい。雪の中で見つけたそれは、まるで誰かの体温を閉じめたかのように、優しく手のひらで脈打っていた。


「さあ、行きなさい。世界が動き出す前に」


第五章 雪解けの産声


 家路を急ぐカイルの背後で、聖樹が大きく揺れた。

 積もった雪がドサリと音を立てて落ち、空からはわずかに日が差し込み始めている。精霊の姿はもうどこにもなかったが、懐にある欠片の熱が、彼に確信を与えていた。


 家の扉を開けると、そこには冷たい空気の中に横たわる妹の姿があった。

 カイルは一歩ずつ近づき、彼女の青白い胸元に、手に入れた欠片をそっと置いた。


「帰ったよ。もう大丈夫だ」


 時計の針が刻む音が、以前よりも力強く部屋に響き渡った。

 宝石の光が妹の肌に溶け込んでいく。やがて、彼女のまつ毛が微かに震え、閉ざされていた瞳がゆっくりと開かれた。


「お兄ちゃん……。外は、まだ雪?」


 その声を聞いた瞬間、カイルの頬を涙が伝った。

 窓の外では、依然として激しい雪が降り続いている。しかし、それはもはや拒絶の白ではなかった。新しい命を育み、明日という春へ繋ぐための、祝福の白だった。


 一月四日。

 祭りの後の静寂の中で、カイルたちは確かな一歩を踏み出した。

 冬はまだ続く。けれど、二人の心には、決して消えることのない春の残り火が灯っていた。

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