魔王軍の四天王ですが、今日も胃薬を飲んでいます

荒川 蒼

第1話

 胃薬を飲むのが毎朝のルーティンになってから、もう何年経つだろう。

 魔王軍四天王ともあろう者が、目覚めて最初に探すのが胃薬だとは、若い頃の自分は想像もしなかっただろう。


――魔王軍四天王――

 その肩書きを聞けば、多くの者は血と炎にまみれた冷酷無比な魔族を想像するだろう。


 だが現実は違う。


「……胃が痛い」


 俺アルベルは、玉座の間の隅で小さく呻きながら、今日三度目の胃薬を口に含んでいた。


「アルベル様! 本日の予定ですが!」


 秘書のインプが、分厚い書類を抱えて飛んでくる。


「午前中は魔王様との定例会議、昼に第七混成部隊からの待遇改善要望ヒアリング、午後は第三魔獣大隊の装備破損トラブル対応、その後に――」


「待て。昼休みは?」


「ありません!」


「……そうか」


 俺は静かに目を閉じた。


 魔王様からは「勇者を討て」「王国を滅ぼせ」「覇道を示せ」と、威勢のいい言葉が飛んでくる。


 一方で、俺の直属の部下たちはと言えば。


「残業代が出ない」

「有給が取れない」

「前線は危険すぎる」

「魔王様、現場を知らなすぎる」


 愚痴、クレーム、要望、要望、要望。


 俺は魔王軍四天王でありながら、実質的には――


「中間管理職、だな……」


 その時だった。


 インプが顔色を変えて叫ぶ。


「緊急連絡です! 第六侵攻部隊から!」


「今度は何だ……」


「現在交戦中の王国で、戦闘が停止しています!」


「……は?」




俺は即座に転移魔法で現地へ向かった。


 そこは確かに戦場だった。

 焼け落ちた城壁、転がる武器、逃げ惑う人間たち。


 ――だが。


「……なんだ、これは」


 魔物たちが、地面に座り込んでいる。


 ある者は焚き火を囲み、ある者は地図を広げ、ある者は腕を組んで不満げな顔。


「隊長! これはどういう状況だ!」


 俺が叫ぶと、部隊長のオーガが重い足取りで近づいてきた。


「アルベル殿……」


「戦闘はどうした!」


「……一部の者が、戦闘を拒否しています」


「拒否?」


 オーガは言いづらそうに続けた。


「給与と休日に不満があるそうで……」


 俺の胃が、きゅっと縮む。


「……詳しく話せ」




戦場の一角に、急ごしらえの円陣が組まれた。


「我々は命がけで戦っています!」


「なのに危険手当は据え置き!」


「連戦続きで休みなし!」


「勇者は週一で休んでるって聞きました!」


「聞いたな、余計な情報を……」


 俺は額を押さえながら、必死に話を聞いた。


「気持ちは分かる。だが今は作戦中だぞ?」


「だからこそです!」


 若いゴブリンが声を荒げる。


「いつ改善されるんですか! “検討します”ばっかりで!」


 胸が痛んだ。


 ――それ、俺が一番言われてきた言葉だ。


「……分かった」


 俺は一歩前に出た。


「今ここで、約束しよう」


 魔物たちがざわつく。


「最低限の休日ローテーションを組む。危険度に応じた手当も、魔王様に直談判する」


「本当ですか?」


「ああ。ただし」


 俺はゆっくり言葉を区切った。


「今この場を放棄すれば、魔王様の逆鱗に触れる。それは俺も守れない」


 沈黙。


 しばらくして、オーガが口を開いた。


「……アルベル殿は、いつ休んでいるのですか?」


 俺は笑った。


「覚えていない」


 魔物たちが、少しだけ笑った。



魔王城。


 玉座に座る魔王は、不機嫌そうに腕を組んでいた。


「部隊が戦闘を止めただと?」


「はい」


「処罰せよ」


「それは――できません」


 魔王の目が細くなる。


「貴様、命令に逆らうか」


 俺は膝をついた。


「現場は限界です。彼らは忠誠を失ったのではない。ただ、疲れているだけです」


 沈黙。


 長い沈黙の後、魔王はため息をついた。


「……貴様は昔から、甘い」


「承知しています」


「だが」


 魔王は立ち上がる。


「部隊が崩壊すれば、覇道も何もない」


 俺は顔を上げた。


「条件付きで改善を認める」


「魔王様……!」


「代わりに、貴様の仕事は増えるがな」


 ――ですよね。




戦闘は再開された。


 以前ほどの無茶はしない。

 ローテーションも始まった。


 完璧ではない。

 それでも、少しずつ前に進んでいる。


「アルベル殿!」


 ゴブリンが駆け寄ってくる。


「アルベル殿は次の休み、いつですか?」


「……来月、取れるといいな」


「ははっ!」


 俺は空を見上げた。


 魔王軍四天王。

 魔族。

 ただの悪役。

 

 それでも。


「部下が明日も生きているなら、それでいい」


 俺は今日も、胃薬を飲みながら働く。


 ――中間管理職として。




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魔王軍の四天王ですが、今日も胃薬を飲んでいます 荒川 蒼 @arakawa_ao

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