Vtuberしていると嫁にバレないように今日もスーツを着て出社する。

mono-zo

Vtuberしていると嫁にバレないように今日もスーツを着て出社する。


配信をしている。それは現代ではそこまで珍しいものではないだろう。


ヴァーチャルの身体で配信するのはメリットが多い。


顔を出せば個人の特定がされる可能性はある。手元や配信環境が映れば何処に住んでいるかまでわかってしまうことがある。よく聞くのが……モラルのない人に嫌がらせされるそうな。


だからこそ2Dや3Dの身体を作ってその身体を第二の自分として配信する。


それでも特定されることもあるが……何かしらの危険にあう可能性はグッと減るはずだ。



配信は人によってそれぞれのスタンスがある。



「誰かを楽しませたいから」「配信してみたいから」「配信してる人ってかっこいいから」「投げ銭で生活したいから」「有名になりたいから」「友だちが欲しいから」「趣味にしてみたいから」……理由は様々だ。


何かしらの技能を持て余して配信する人もいる。


社会に出て仕事をして、その仕事が自分の思っていたものではないことだってあるだろう。部活や趣味でどれだけ優秀であろうとも、会社でその技能が使われないなんてよくある。


だから配信だ。


絵が趣味の人は絵を描き、歌が好きな人がいれば歌い……なんでも自由に活動している。もちろん良識と配信プラットフォームの規約の範囲内でだが。


配信には危険なこともある。


「結婚している」とか「彼氏彼女がいる」などを明言している配信者もいるだろうが……配信者を芸能人やアイドルとしてみる人にとってはよろしく無い場合がある。


応援しているうちに、その人が大切に思えて、いつしか「好意」から「執着」になってしまう。


そうして誰かと付き合う、誰かと結婚すると暴走したリスナーによって問題になることもある。……配信者も人だというのに。


特にリスナーと結婚するのはよくないものとされている。


それは、見る人によれば「ファンを性的な対象としている」とも取れる。一人でもそういう対象が発覚すれば……「もっと被害者がいるのでは?」と疑惑が深まる。そうなれば炎上だ。本人たちが純愛だったとしてもだ。


だからリスナーは「配信者とお付き合いするのは配信活動に差し支えがあるからファン失格」として考えるし、配信者は「これまで応援してくれたファンのためにも注意しないといけない」となるだろう。もっと他の考えもあるかもしれないが。



嫁とは合コンで出会った。



自分も嫁もいつの間にか両想いになっていて、ふとした時に彼女のことを考えてしまう。


自分のことをよく見せたくて、結婚してもまだ自分を晒せずに……自分を偽っている部分はある。


それまでは仕事から帰るとパンツとシャツだけで家で過ごしていたのだけど、彼女の前ではそれはみっともないしなにか着るようにしている。


アニメやマンガ、そして自身の配信活動も隠している。


人によっては偏見で見られるものだ。近年、公言しても恥ずかしくはないと思えるようになってきたが……それでも彼女に嫌われるなど、絶対にあってはならない。



「行ってきます」


「気をつけてね。愛してる」


「俺も」



軽くキスして、出社する。


自分はフリーランスの仕事をしている。自分はシステムエンジニアで彼女は経理の在宅ワーク。


なので本来出社する必要はないのだけど……配信もしていることを隠すためにもスーツを着て出社のふりをしている。


行き先はアパートだ。部屋を探していると……以前の住人が防音室を手作りしたような部屋と出会うことが出来た。


分厚い吸音材で部屋が一段と狭く見える変わった部屋だ。不動産屋いわく、前の住民は大工さんで、行動的なタイプだったらしい。


撤去しようにも床もビス止めでガチガチに作ってあった。無許可なのに。


修繕費や元に戻す費用を請求しようとしたらしいがオーナーが元々ボロいアパートだし、これで人が入る可能性もあるからとそのまま出したらしい。


内見のためにこのアパートに来たときには工事の規模に……前の住民はどんな怖いもん知らずかと愕然としたものだ。



まぁ、おかげで安い家賃でこうやって仕事も配信もできている。


間取りから考えれば少し狭くも感じるが、通常の防音室よりも広々していて熱もこもらない。


システムエンジニアとしての仕事は家でもできるけど、やはり設備が整っている方が便利だ。


スーツでここまで来る意味は無いような気もするけど、マンションから職場に行くまでの服装がだらけているよりもスーツの方がそれっぽいし、何より彼女に「スーツかっこいいね」って言ってもらえたしな!!


まぁ部屋に入ったらパンツとシャツなんだが。


今日は作業雑談だ。仕事しながら配信して、



-今日も働いてる?-

-おはようございます-

-こんりーまん-

-おはりーまん-



「平日の朝からおはようございます。今日も働いていまーす。毎回言ってますがフリーランスでーす」



喋る内容はいつも通りだけど、仕事モードの声で話す。


昔はだらけて好き放題話していたけど、フリーランスになってから少し気を遣うようになった。


仕事先の人にもだらけた部分を出したことがあって……配信や仕事している時はちゃんとしようと自分を改めた。



-おは社畜-

-\500今日の昼飯代-

-今日もよう頑張っとる-

-じゃあおはランス-



「お、ゴンザレス左衛門さん投げ銭ありがとうございます!ただ今日は愛妻弁当があるんで……なにか追加で食べることにします」



-誰よ!その愛妻!!?-

-ナイス投げ銭-

-律儀に毎回なんか買ってくるの草-

-置いてくのか……独身の俺達を……(血涙)-



「HAHAHA!まぁ暗い独身時代を皆さん知ってるでしょうに……みなさんも作業、死なない程度にがんばです」



-うーす-

-タイムカード終わったしやるかぁ-

-今日も死なない程度に自宅警備!-

-ワイは寝るー(夜勤明け)-




いつもの配信、手は休めず、コードを打ち込み続け、コメントを読む。


作業配信だし、いつものように始まった推しの配信を別の画面で開く。



推しの今日の晩御飯は愛する旦那のために肉じゃがらしい。グギギと心の中のファン魂が歯ぎしりをあげているが、彼女の幸せを応援したい気持ちは嘘じゃないし抑えることが出来る。



会社勤めしていた頃に比べるとフリーランスは人間関係に困ることはないけど手続きはややこしいし誰にも庇ってもらえることもなく責任もガッツリ自分に来るからどっちがいいとははっきり言えないが……自分にできる仕事をとっている。


楽しく配信を続けて、いつの間にか登録者も増えていた。ありがたいことに投げ銭ももらえるようになっていた。


仕事はちゃんとする。副業禁止ということもないし、配信も問題ない。投げ銭も結構もらえているが……やはり生活のためにも配信のためにも仕事は大事である。……今頃、嫁は自分がスーツで働いていると考えているだろうか。



配信が終わって窮屈なスーツを着て、家に帰る。



電車で周りのサラリーマンを見て……かつての自分を思い出す。


彼らは自分のように、他人や家族に嘘をついていないだろうか。


自分はリスナーには嘘をつかず、真摯にしているが……どうしても嫁には言えないんだよなぁ。



「おかえりなさーい」


「ただいまぁ」



背広を脱ごうとすると後ろから手伝ってもらえる。脱ぐぐらい一人で出来るけどこの時間がとても嬉しくて甘えてしまう。


自室に戻ってスウェットに着替えてシャツと靴下を洗濯機に入れる。



「今日はどうだった?」


「ちゃんと働いてきた」


「それは何より」



いつもの会話。いつもの食卓。今日は肉じゃがか。


伝え方が悪かったのか企業に行って働きに行くタイプのフリーランス契約と思われている。出会った当時はそういう契約をしていたからそう思われるのは仕方ない。


画面の向こうのリスナーには嘘はつけずにいるけど、目の前の嫁には伝えられない。


不誠実ともわかっているが、言えばきっと受け入れてもらえるとも思えるが……知られて嫌われる可能性を考えるとどうしても伝えられない。


いつか伝える日が来るのかもしれないが、



「ど、どうかした?」


「いや、なんでもないよ。幸せだなぁって」


「もう!……私も幸せよ」


「いつもありがとう。愛してるよ」


「私も愛してるわ」



いつか配信のことを伝えられる日は来るのだろうか?


ただ、できればバレたくはない。


今の生活は幸せで、これがバレたら幸せが崩れそうな気がするから――――明日もきっとスーツで出社する。

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