勇者を召喚するということ
@ahita_no_kino
第1話
「では勇者召喚の儀を執り行うということで、異論はありませんか」
その場にいた全員に反論の余地はなかった。
「反対なしということで勇者召喚の儀を明日の西の刻に行います」
議長は解散の旨を告げた。皆が慌ただしく席を立ち、一斉に扉の方へと流れ込み始めた。
他の皆とは反対にゆっくりと立ち上がって後ろにいた側近に声をかける。
「リグヘイムよ、余の選択は間違いではなかっただろうか」
目をつむって俯いていた側近はこちらを向きながら力強い口調で答えた。
「はい、間違いなどではございません。恐れながら先代の王もそうなさっていたと確信しております」
「その言葉、しかと受け取った」
その日はいつもより慌ただしかった。先程まで報告をしていた食糧調達担当によれば、ちょうど収穫も終わりが見え、民へ分配するだけの穀物を確保できる見通しが立ったからだ。
「これで当分は大丈夫だろう」椅子の軋む音を聞きながら背もたれに体を預けた。
「しかし、兵力にはまだまだ不安が残るな」
我が国はまさに戦争の真っ最中、とまではいかないが国境付近では依然として敵国軍との睨み合いが続いている。しばしば戦闘に発展することも当然ある。
「稲は植えればいずれ収穫することもできよう、しかし兵はそうもいくまい」
このつぶやきを聞いていたのかお言葉ですがと何か言いたげな表情がこちらを向いていた。
「よいリグヘイム、話してみろ」
リグヘイムは側近として王を先の代より長年支え続けてきた。進言することはあまり多くない忠実な臣下だ。
「国境付近での睨み合いが始まりすでに3度目の収穫を迎えております」
件の国とは元々先代の頃より関係が良好ではなかった。それでもどうにかこうにか戦争だけは避けつつ上手くやってきたつもりだった。
しかし、ついに国境に軍を置き始め、気づけば今の状態になっていた。幼い赤子であればとうに走り回れるようになるくらいの時間が経っている。
「このままでは我が国の国力は削がれ続けているも同然故、勇者の召喚を畏れながら進言いたします」
リグヘイムはまっすぐこちらに曇りの一切ない目を向けていた。
『勇者の召喚』
それは我がノルトライン王国に代々伝わる秘術である。秘術ではあるがその存在そのものについては秘匿されずに伝承として広く知れ渡っている。もっともノルトライン王国の歴史の中で実際に勇者が召喚されたことはない。というよりする必要がないほど幸運にも争いに縁がない王国だったからだ。
しかし国境での戦闘のたびに国民より幾度となく勇者の召喚をするべきという意見が上がっている。
ただ、勇者の召喚という秘術において唯一秘匿されていることがある。
「お主その言葉の意味を分かって尚、余に進言すると心得ているか」
リグへイムはその場で片膝をつき、何か突っかかりを飲み込むように答えた。
「真に心得てございます。しかしながらこのままでは我が忠を捧げる国そのものが」
「余に民を捨てろと言うのか」リグへイムの言葉を遮って声を荒げる。
「そうではありません。しかしたとえ結果としてそうなろうとも、王国は残ります」
その言い分も当然一理ある。このまま何もせず、ただ耐えるだけの日々を過ごせばじきに王国は陥落するだろう。そうなってしまっては元も子もない。だが勇者を召喚すれば王国としての形は残り続ける可能性はある。
「其方の言いたいことは余も理解しているつもりだ」
だが、と続けようとした時、今度はリグへイムが言葉を遮る。
「近く敵勢力が我が国中心部へ向けて侵攻するとの情報が入っております。その数およそ200万はくだらないとの報告です」
依然として片膝をつき俯いたまま淡々とした口調で続けた。
「もう我々にはひと時の猶予もございません。まさに今こそが決断の時と考えます。どうか、どうかご英断を」
玉座の間に皆が集まったことを確認してから静かに、しかししっかりと全員に聞こえるような芯の通った声で指示を出す。
「これより勇者召喚の儀を執り行う、魔術師は配置に付け」
短く返事をした魔術師一行は玉座の間を惜しげもなく使用して描かれた召喚陣の周りを取り囲むように配置についた。
右手を高く掲げて宣誓する。
「我がノルトライン王国はこれより勇者の召喚を持って人の
玉座の間にいた全員が頷き、一様に忠誠を誓っていた。
掲げた右手を振り下ろすと同時に召喚陣が光り輝き始め、光の柱となり、玉座の間は全て光に包まれた。
やがて光の柱は徐々に細くなっていき中から何者かの影が見えてきた。
成功だ、勇者の召喚はここに達成されたと玉座の間にいた誰もが信じて疑わない。
「勇者殿、召喚に応じていただき感謝する。余は魔王ノルトラインである」
勇者を召喚するということ @ahita_no_kino
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