第5話:偉大な魔法使い
魔物と戦うなんて初めてだ。俺の心臓は、いまだかつてないほど爆音を奏でている。
文献の修復をしていると様々な魔物の名前を見ることがある。
とても強く、恐ろしい特徴を持ち、人間よりも遥かに強靭な体だ。
生い茂った森の中、開けた場所から現れたのは、3メートル以上もあるクマの魔物だった。
正式な個体名は【ランドンベア】。
それは、弱肉強食の頂点だった魔法使いがほとんどいなくなったからだ。
進化に進化を遂げ、今や魔物はさらに恐ろしいものになっている。
ランドンベアの巨大な体躯から繰り出される攻撃力は凄まじく、人間の体なんて一撃で破壊してしまう。
さらに移動速度も速い。足の爪が異様に硬く、地面を掴むように走るのだ。
「グオオオ!」
「そっちへ行ったぞ! 煙玉で目をくらまし、距離を取れ!」
「無茶するな! 少しずつ体力を奪え!」
ランドンベアが右の軸足を蹴りつけ、その場で高く跳躍する。
それを見て――屈強な冒険者たちは見事な連携で回避した。
煙玉を投げた瞬間、白いモクモクの粉塵で視界を遮ると、デカい斧で足を狙った。
「すげえ……まるで文献を見ているみたいだ」
そんな光景を、元? 文献修復士、俺ことラルフは木の影から眺めていた。
弱い魔物とかいないかなと思っていたら、さっきの冒険者が戦っている現場に遭遇した。
ちなみに冒険者たちも2メートルくらいはあるので、172cm(平均くらい)の俺からすれば巨人たちの争いだ。
しかも全員がムキマッチョ。
戦いは15分ほど続いた。冒険者の一人が大きく吹き飛ばされ、防具がなければ即死していたところが一番の見所で、一番怖かった。
ランドンベアは出血多量により動きが鈍くなったのか、最後は腹部に一撃を食らい、地面に倒れた。
止めは凄惨極まりなかった。全員が剣を突き立て、何度も何度も同じことを繰り返す。
魔物はしぶとく、個体によっては死んだふりもするという。
これが、本当の戦いだ。
よし、俺も――。
「帰ろう。炎を扱えるだけで魔物なんて勝てるわけがないしな」
ちょうど、諦める決心がついたところだ。
あのマッチョマンたちがようやく勝てる魔物を相手に、ラルファイアーだけで倒す? ムリムリ。
よしんば魔法が当たったとしても一撃で倒せるわけがないだろう。
そうなると次は相手のターン。相手の攻撃が俺の頬にぶち当たり、気づいたときにはあの世だ。
宿で住むところがなくなる? 仕方ない。死ぬよりはマシだ。
ありがとうマッチョマン、俺に冷静さを取り戻してくれ。
ひ弱で貧弱で、なんの戦闘経験もない俺が夢を見てはいけない。
最初で最後の熱い戦いが見れたなと思い、その場を後にする。
足音を立てず、静かにボルド国へ戻っていると、目の前に魔物がいた。
「ピピピ?」
ちょっと大きめの猫くらいのリスの魔物だ。
なぜ動物でないとわかったのかというと、魔力敏感症の
肌に突き刺さるような感じのおかげで、相手が魔力のない動物か、魔物かがわかる。
こんな魔物は知らないな。
しかし、こいつなら勝てるんじゃないか……?
攻撃するのは何だか申し訳ないが、これも生きる為だ。
「ピピー!」
するとリスは俺の攻撃か、もしくは悪意を感じ取ったのか口を開けて威嚇し始めた。
小さい体躯からの高音、恐ろしくなったものの、すぐに本を開いて魔法を詠唱する。
火の魔法が発動し、空気中の魔力を吸い込み――。
「……は?」
宿屋で見たときと比べ物にならない炎が出現した。
あのときは徐々に大きくなっていったが、今は詠唱した瞬間に凄まじい大きさになった。
「シュ、
急いで詠唱すると、炎は凄まじい速度でリスに放たれる。
あまりにも早すぎたからか、リスは逃げることもできずに直撃する。
ジュッと肉の焼け焦げた音がし、炎が分散して空気中の魔力と混合したのか散っていく。
「ひ、ひぇえ……」
恐ろしくなったものの、リスはどうだったと思い覗き込む。
……まるで長時間熱されたかのように黒焦げになっていた。
さっきまで「ピピピ?」と可愛げに鳴いていた姿はもうない。
いや、威嚇はされたけど……。
「すまんな、これも生きる為だ」
無益な殺生ではない。
そう思いながら素材をと思ったが、持ち上げた瞬間に炭となり砕け散っていく。
……やりすぎだろ。
これじゃただの
――コトン。
「……まさか、これ”魔石”じゃないか?」
ガラス玉サイズの黒石がゴトンと落ちる。
これは魔力が結晶化しでできるもので、主に武器や防具の加工に使うものだ。
俺の仕事道具である、魔法廼や魔法テープも加工できる。
真っ黒こげなのは申し訳ないが、売ればいくらかお金になるはずだ。
「でも、なんで炎があんな巨大に……」
俺に天才の魔法使いの素質が? いや、そんなわけない。
そうか、宿屋のような密閉された空間ではなく、ここは外だ。
さらに魔物がいる場所ということもあって、魔力濃度が濃いのだろう。
考えれば当たり前のことか。周囲の魔力を吸い込むのだから、その分、炎は大きくなる。
するとまた、同じリスが現れた。
木を見ると、ちょうど巣穴のようなものが開いている。
ランドンベアに勝てるわけないが、こいつらならやれそうだ。
よし、頑張って今日の生活費を稼ぐぞ。
「ラル・ファイアー!」
◇ ◇ ◇ ◇
夕日がすっかり落ちていく森の中、ボルド国でも腕の立つ冒険者パーティーが周囲を警戒しながら帰路についていた。
狩りを行うのは週に数回、それ以外のほとんどを訓練に充てている。
魔法使いが激減した今、頼れるのは己の力だけとなり、冒険者はさらに過酷な職業となっていた。
そんな中、十年以上も生き抜いてきた
「ランドベアの解体で遅くなっちまったな……」
「けど、久しぶりの大物だ。これで当分の生活費は確保できるぜ」
「おいちょっと待てお前ら……この巣穴……【シンギング・スクワレル】じゃ……!?」
そんな彼らを戦慄させたのは、木の側面から見える巣穴だった。
疲れ果てた身体でもすぐに周囲を警戒し、剣と斧、弓を構える。
「……死にたくねえ」
「バカ、黙ってろ」
「……聞こえてこないな」
手練れの冒険者なら誰もが知っている。ピピピ、という鳴き声の恐ろしさ。
一見無害に見えるリスだが、その正体はどんな魔物よりも恐ろしい。
魔物は動物と習性が似ているため、特定の場所や好んだ地域に住み続ける。
しかし、【シンギング・スクワレル】は好奇心旺盛な種族で、深い洞窟や巣穴、果ては深海にまで生息する、弱肉強食の頂点に近い存在だった。
その恐ろしさは異常な耐久力にある。鋭い魔力を持った牙で人間の頸動脈を狙い、さらに一度噛みつかれてしまえば振り払うこともできない。
「待て、……これ、【シンギング・スクワレル】の骨だぜ。誰かが燃やしたんだ」
「嘘だろ。おい、これもだ……一体、誰が――まさか」
男たちは顔を見合わせると、一つの答えに直結する。
「魔族だ……こんなことできるのは、魔族しかいない」
冒険者ならまず戦うわけがない魔物。そんな相手を消し屑にできるのはボルド国に存在していない。
「急いで帰るぞ」
「クソ、とんでもねえ……この国も、俺の故郷みたいになっちまうのかよ」
「……急いで帰るぞ。とにかく報告だ。何……急ぐぞ!」
そうして冒険者たちは力の限り走った。
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