第3話:魔導書作りとシルヴィア
「生きるために頑張るぞ」
その日から俺は「魔導書」作りに没頭し始めた。
今までの文献は手元にはないが、一度修復した内容はすべて暗記していた。
幼い頃から記憶力がよく、文字に関しては一言一句思い出すことができる。
一番参考にできそうなのは、ドルチェにデタラメと言われた
自身の魔力を操るのではなく、空気中に漂っている魔力を操作する手順が書かれていた。
ただの火を炎に、水を氷にしたりなど、変化させる性質まで。
しかし、魔力がなければ操作することはできない。
いったい、どうするべきか。
考え方を変えてみることが大事だな。
……実際に火をつける為には酸素が必要だ。
同じように、魔法にも順番があったはず。
確か、火の魔法を発動させるには、
まずはその術式を本に書き込む。
普通なら脳内でイメージを行うものを、上から順番に書いていけばいい。
俺は、五年前に修復した
次に、この種を発芽させるには魔力が必要だ。
しかし俺は魔力を持っていない。
なので、空気中の魔力を取り込む必要がある。
三日ほど悩んで、アデヌ民族と呼ばれる彼らの狩猟魔法を思い出した。
彼らの戦い方は独特で、対象の魔力を吸い取って弱体化させてから仕留める。
もちろんほかにも多くの術式が必要だ。
しかしこれは、俺にとって存外楽しいものだった。
「……なるほど、ここと組み合わせればいいのか」
初めての感覚だった。
予め書かれていた書物を復元するのではなく、術式を組み合わせ、時には新しい言葉を生み出して書き記すことが。
一日、また一日と日が過ぎていった。
幸い、金貨のおかげで一か月分の宿泊費は担保されていた。
食事は味気のないパンとミルクだったが、今の俺にとっては贅沢だった。
二週間後、四つの魔法使いの原理と、三つの民族魔法を掛け合わせた試作品の本出来上がった。
といっても、羊皮紙にびっしりと文字が埋め尽くされているだけだ。
俺以外が見てもこれが何なのかわからないだろう。
しかし、ある呪文を唱えれば、この羊皮紙は周辺の魔力を取り込む。
それから火の種が発芽し、やがて疑似酸素を作り出すと大きな炎になるはずだ。
結論から言えば、この実験は失敗に終わった。
火を起こすどころか、魔法を発動させる前に羊皮紙が焼失してしまったのだ。
しかしこれは、とんでもなく嬉しかった。
「燃えた。ちゃんと燃えたぞ!!!!」
俺の言葉だけで、火が生まれたのは事実なのだ。
それは、俺の考えた原理が正しいことの証明でもある。
足りなかったのは強度だ。
羊皮紙だけでは、魔法に耐え切れなかった。
あと、一歩だ。
普通ならこんな作業途方もないだろう。
しかし俺にとっては人生で最良とも言える時間だった。
「……完成だ」
それから一か月後。
俺は、火の魔法と書かれた羊皮紙を作り上げた。
ただこれだと壊れてしまう。
強化を施した表紙と背表紙もつける。
どうせなら魔法の名前も欲しいな。
火の魔法だし、 『ラルファイアー』とでも名付けるか。
ちょっと安直だが、まあいいだろう。
瓦解した羊皮紙は100ページにも及び、替えの魔力インクはもうほとんどなかった。
これが最後の実験だ。
本を片手で持ち、ページを開いた状態で文字を読み上げる。
「……
静かに、それでいて願うように短くした呪文を唱えた。
何も……起こらない。
やっぱりだめだったのか。
そう思っていたとき、俺の心臓がチクリと痛んだ。
「これは……」
上部に、小さな火が宿り、やがて大きな炎の渦になっていく。
……え、デカすぎん?
◇ ◇ ◇ ◇
「わざわざご苦労であった。まさか
ボルド国の王城でシルヴィアを出迎えたのは、王のセルシオだった。
腰を低く声をかけ、側近たちも深々と頭を下げる。
「シルヴィアで結構です。ご存じかと思いますが、不滅の魔族が近くに潜伏している可能性があります。単独での調査許可と、有事の際の交戦許可を頂けますでしょうか」
「それはもちろんだが……我が国は魔族との交戦はまだ議論していてな。特に不滅の魔族とやらは不死身だと言われているのだろう? どれだけ怪我を負っても、次に現れるときには元に戻っておると……。さらに三つの国がそやつの手によって壊滅したときくが……」
王の表情が曇っていくも、シルヴィアは表情を一切変えなかった。
「さようでございます。ですが、仰る通り無敵というわけではございません。私は十年以上も追いかけております。必ずや撃退致します」
「ふむ……まあ良い。だが、兵士を動かせるかどうかは約束できぬぞ」
「賢明なご判断かと思われます。ボルド兵士は、国民の為にお力を温存していただければ」
不安そうなセルシオだったが、その顔が一転して笑顔となる。
側近たちもホッと胸をなでおろす。その見慣れた光景にシルヴィアは眉一つ動かさない。
「できるだけ早く議論を終わらせよう。――シルヴィア、良ければ食事をご一緒にどうだ? 腕利きのシェフがいてな。何でも好きな物を作らせるよ」
「お気遣い感謝します。ですが、食事は結構です。先にお会いしたい人物がいます」
シルヴィアの言葉に、側近たちが騒ぐ。
「……なんと、王のお誘いを断ってか――」
「よせ、別に構わぬ。――その人物というのは誰だ? この国にいるのか?」
「”ラルフ・イーター”という文献の修復士です。こちらにいらっしゃると聞きましたが」
「修復……士?」
「おそらく、第三建物で文献を取り計らっていた部署でございます。貴族ではございませんので、お名前をお聞きしたことはないかと」
「そうか。ならラルフを連れてこい」
「ハッ、ただちに」
それからシルヴィアは、王に用意された部屋で待機していた。
「……まったく、どこの国も同じか。魔族との交戦に議論だと? 人類があとどれほど生存できるかもわからないというのに」
シルヴィアは、不満を漏らしながら吐き捨てるようにつぶやく。
魔族は執拗な種族のため、報復が恐ろしい。
魔法文明とともに人類はやがて滅亡する。それは、事なかれ主義の人間の心理が拍車をかけていた。
「……しかし、久しぶりの感情だ。心臓が、強く鼓動している」
シルヴィアは、どんな魔物を相手にしても、王を相手にしても平常心を保つことができる。
それは幾千の経験から得るものであったが、これから対面する相手を想うと気が気でなかった。
歴史上初の文献を復元させた修復士。必ずや、この手に欲しい。
椅子から立ち上がったかと思えばふたたび腰を下ろし、窓から街を眺める。
「……ラルフは、魔族を根絶やしにする鍵となるはずだ」
金はいくらでも払う。
これから先、あの力が必ず必要となる。
どの国にも、いや、ほかの
――コンコンコン。
扉が叩かれると、シルヴィアは深呼吸した。
平然を装うとするも、心臓が高鳴る。
しかし、それでも真顔を作る。
「入っていい」
そこに入ってきたのは、背の高い金髪の男、ドルチェだった。
「お待たせいたしました。まさか
「……こちらこそ、突然すまないな」
シルヴィアの想像では、四十か五十くらいの職人気質な男性だと思っていた。
しかし、現れたのは、身なりがよく、どこか軽薄そうな男だ。
ニヒルな笑みを浮かべて、鼻を膨らませている。
だが外見で人は判断できない。専属契約を必ず結ぶと、心の中で強く願う。
ラルフという話だったが、仕事上のミドルネームだったのか? と
「とんでもございません。シルヴィア様の為なら、たとえ水の中、火の中――なんて。それにしても、ここまで目見麗しい方だとは思ってもみませんでした。どうですか、今夜お食事でも」
「……まあ、そうだな」
シルヴィアは男性が苦手だった。
幼い頃から容姿について褒められることが多く、発育が良かったこともあり、好奇な目で見られることが多かったからだ。
単純な賛辞ならありがたく思えるが、男のその目は最も毛嫌いするものだった。
食事に誘われて了承するなど世界が真っ二つに割れてもありえない。
前線の兵士がこの光景を目撃すれば、ドルチェが次にどうなるのかは誰もが予想できた。
しかしシルヴィアは了承した。
それほど今回は真剣だった。
「嬉しい限りです。王城での食事も素敵だとは思いますが、私のイキツケの個室があるんですよ。そこで、ワインでも」
「そうか、それは良さそうだな」
「アルコールはお好きですか?」
「苦手ではない。ただ、あまり飲まないが」
ふっふー、と鼻をさらに膨らませる。
シルヴィアは感情を抑えながら、本題に入ろうとした。
「火の――」
「火の文献のことを、お聞きになりたかったんですよね?」
そうだ、とシルヴィアは前のめりになった。
あの素晴らしい復元、世界で類を見ない技術。
そのことについてた尋ねたいことがいくつもある。
「その通りだ」
「見てくださいよ。この怪我」
すると男は、腕を見せつけてきた。
そこには、小さな、目でようやく確認できるほどの火傷がある。
シルヴィアは眉を顰めた。
「……これは?」
「火の文献に書いていた魔法を発動しようとし、こうなってしまったんです。いやはや、金欲しさに書き換えた、底辺修復士のせいですよ」
「……書き換えた? どういう意味だ?」
「シルヴィア様も同じことを思ったんでしょう? 安心してください。あのバカ、ラルフでしたかね? あいつは文献の復元したと嘘をついておりました。ちゃんと私が、責任もって追放しておきましたから。今頃のたれ死んでるかもしれませんね」
「追放……したのか? つまり、この国にはいないということか?」
「どうなんでしょうか? 平民の考えることはわかりませんね」
「……お前は、ラルフじゃないんだな」
「当たり前ですよ? 私はシルヴィア様と同じ魔法使いですから。そういえばお噂を耳ににしたことがあるのですが、魔族を根絶やしにするのは、妹の――」
シルヴィアの体に凄まじい魔力が漲り、ピリリと稲妻が走る。
次の瞬間、ドルチェの胸ぐらをつかみ、持ち上げていた。
「お前は、自分が何をしたのかわかっていないようだな」
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