禁断の恋とか、ロマンチックですけど。

烏有もみじ

禁断の恋とか、ロマンチックですけど。

「アリス!」


 溌剌とした、果実がはじけたような甘酸っぱい声が窓の外から聞こえる。

 アリス、と呼ばれた少女であるアリスティアは、困ったような顔で窓の下を覗き込んだ。


「フリーズ……もう来ないでって言ったのに」


「そんなこと言われたって、ボクは何度だって来るよ!」


 ムッと、頬を膨らませたアリスティアを見て地上から彼女を見上げる白髪の少年、フリーズはキャッキャと笑った。

 寒い雪の中、彼を放置するわけにもいかずにアリスティアはいつも通り、三階に位置する自室の窓を大きく開けた。

 すると、窓の下にいたはずの少年は冬の冷たい風と共に、その窓枠へと移っていた。


「何度見ても不思議。本当に、そんなのが奇術だっていうの?」


「そうさ! ボクは、とってもすごいマジシャンだからね。これぐらいは息を吸うよりも簡単さ」


「また揶揄って……」


 嫌そうな顔をするアリスティアを見たあと、フリーズは豪華に着飾った彼女の姿に気づいて表情を固める。

 いや、この国じゃ有名な侯爵家の一人娘である彼女が着飾っているのはいつものことなのだが。それでも、今日の彼女の服装はいつも以上に気合が入って見えた。


「お出かけ?」


「まさか」


 欲しい返事が返ってこないもどかしさに、今度はフリーズが不貞腐れた。やり返しに成功したアリスティアは初めて子供っぽく笑った。

そんな彼女の笑顔に、フリーズの鼓動が少し早まる。


「お見合いよ。婚約者になる方が来るの」


「婚約? まさか! 君、ボクと同い年だって言ってたくせに」


「ええ、同い年よ」


 アリスティアは機械のような動かない表情でフリーズに言った。それでも、全く理解できないというような表情のままのフリーズの額を小突いた。


「貴族じゃ、一歳とか二歳。早ければ生まれる前から許嫁がいたっておかしくないの。私は、お父様がお優しかったからこんな年までいなかっただけ」


「まだ幼い実の娘を結婚させようとする親なんて、優しいわけないよ!」


「お父様を悪く言わないで」


 ピシャリと、冷たく言い放ったアリスティアに、フリーズは寂しそうな顔をした。

 親子仲がいいのはいいことだが、貴族じゃないフリーズにとって彼女の言う”普通”はあまりに異常だった。何より、苦しそうに普通を謳うアリスティアが見ていられなかった。


「ぼ、ボクが! 君の婚約をめちゃくちゃにしてあげるんだから」


「あら、貴方が?」


 フリーズの、とんでもない提案にアリスティアは楽しそうな声を上げた。まるで、彼がそういうことが分かっていたかのように。

 どんな理由や、思惑があったとしても汗を流しながら宣言するフリーズを見るアリスティアの表情はとても嬉しそうだった。


「馬鹿にしないでよ! ボクはすごいマジシャンなんだから」


「マジックねえ……まあ、なんでもいいわ」


 ビシッと指をさして顔を引き攣らせるフリーズを無視して、アリスティアは懐中時計を取り出して時間を確認すると、ゆっくりと扉へ向かった。

 彼女の何倍もある大きさの扉を開けると、彼女はフリーズを振り返って悪戯っ子のように笑った。


「貴方のマジック、とっても楽しみ」


 バタンと、閉められた扉の先へと消えたアリスティアの最後の言葉は、彼女に恋する少年を奮い立たせるには十分すぎるものだった。

 フリーズは決意を固めたように拳を上下に振り下ろすと、窓から外へと飛び出していった。


 ***


「とても美しいですね。噂に聞いていた通りだ」


 いかにも人当たりのいい笑顔を張り付けて言う皇太子を尻目に、アリスティアは深紅の薔薇を片手で撫でながら冷たい視線を少年に向けた。

 絵にかいたようなブロンドの長髪に、透き通ったエメラルドグリーンの瞳が困惑したように揺れる。


「私の噂、ですか。それは少しだけ気になりますね」


 鞭を握って、鬼のように作法を教えてきたあの家庭教師の授業を思い出し、アリスティアの手で覆い隠された口元は緩やかに弧を描く。


「偏屈で、面倒な名ばかり令嬢とか、悪魔に取りつかれた女とかそんな噂ですか?」


「まっまさか! そんなわけないじゃないか! それは、それは美しくて聡明な女性だと聞いていたよ!」


 アリスティアは、心底つまらなそうな顔をしながらブロンドの髪が風で柔らかく流れていくのを見ていた。

 皇太子はとても誠実で、常識のある人間だが、そんな作られた彼の性格はアリスティアにとっては退屈でならなかった。

 もしもあの白髪の少年なら、なんの配慮もなく自分の悪い噂を話し始めるだろうか。いや、彼は噂なんてものは知りえないだろうか、などとどうでもいいことを思う。

 どうせアリスティアという少女にとっては、あの白髪の少年でさえも人生の暇つぶしの一つに過ぎないのだ。


「君は、私が嫌いかい?」


「いえ、まさかこの国に殿下を嫌う令嬢がいるとお思いですか?」


 求められている答えがこんなものでないことなどアリスティア自身も重々承知している。それでも、わざと意地悪な返事をするのは、遠回しに貴方には興味なんてないと伝えるためだった。

 次期皇帝という立場にある皇太子であればこの程度の暗喩は理解できるようで、彼は気まずそうに黙り込んだ。

 静寂の中、アリスティアが再び薔薇を撫でると、チクリと指先に鋭い痛みが走った。同時に、薔薇の花弁と同じ深紅の血液が彼女の指先を伝う。


「ご令嬢!」


 焦ったように駆け寄ってくる皇太子を気にも留めず、アリスティアは傷口からとめどなく流れる液体を呆然と眺めていた。

 もはや、少しの痛みも感じないのか、アリスティアの表情は少しも変わらない。それどころか、高揚しているようにも見えた。


「ご令嬢、傷口を見せてください」


 そんなアリスティアの様子に怯えていた皇太子が、我に返ったのか彼女の手を強引に掴む。

 突然の慣れない感触に、アリスティアは咄嗟に手を引いて声を上げる。


「触らないで!」


「わ、私は心配だっただけで……」


 悲鳴のようなアリスティアの声に皇太子は、怖がるように飛び退いた。

 すると突然、茂みの中から一匹の犬が現れて吠えながら皇太子に襲い掛かった。

 急な襲撃に皇太子は右往左往した後、どうすることもできず情けない声をあげて逃げ出した。心配すると言っておきながら、アリスティアを一人置いて逃げ出すその小さな背中を目で追った。

 そんな一連の出来事に彼女が呆れと困惑でげんなりしていると、茂みの奥の大木の上から人影が降ってきた。


「アリス! 大丈夫?」


 恋しく思っていた白髪が、とても心配そうに彼女の目を覗き込んでくる。

 アリスティアは、優秀だと自負していたはずの自身の思考でもいったい何が起こっているのか理解が出来ず、へたりと座り込んだ。


「フリーズ。さっきのはあなた?」


「そうさ! すごいでしょ……って言ってもあんなのマジックじゃないんだけどね」


 申し訳なさそうに頭を掻いて笑う白髪の少年の指は、獣に噛まれた跡でいっぱいだった。

 アリスティア自身もまさか、揶揄った程度のつもりだった去り際の言葉を少年が真に受けるなどとは思いもしなかったのだ。だって、貴族間の婚約はとっても重要なことだから。


 シーンと静寂が流れたあと、アリスティアはこらえきれなくなった笑い声を上げた。その口は大きく開き、口内を隠すような手も扇子もなかった。

 もしも、こんな仕草を家庭教師に見られていたら鞭で打たれる程度では済まなかっただろう。最悪、父である侯爵に告げ口されて監禁部屋に入れられていたかもしれない。


 ーーでも、ここには怖い家庭教師も、睨みつけるような瞳の侯爵もいない。

 一切の光を見せなかったアリスティアの紫色の瞳に、眩しい輝きが宿る。


「あっはは! おかしいのね貴方、皇太子に恥をかかせたなんて、バレたらどうなるかわからないのよ」


「いいさ! ボクは、皇太子なんかより君のことのほうが好きだもの」


 迷いなく告白した後、フリーズはやってしまったというように両手で口を押さえた。

 こんなに、常識のない子供のくせに、貴族の令嬢に恋をするのはダメということはわかっているのだ。アリスティアにとっては、それがどうしてももどかしかった。

 ここまで自分に尽くしてくれるなら、理性なんてないほうが楽だろうに。


「ま、まって! 今のは忘れてよ! 君が、好きっていうのは友達……そう! 友達としてさ。決して変な意図はないんだよ。本当だ!」


「フリーズ、こっちを見てよ」


 アリスティアは、そっぽを向いて顔を両手で覆い隠した少年に言う。

 彼女の言葉にフリーズは指の間から、ゾッとするほど赤い瞳を覗かせた。日を受けて銀色に輝く白髪と、その瞳の美しい対比に目がくらみそうだった。

 アリスティアは、初めて彼の瞳をじっくりと眺めた。


「いやだよ……だって、ボクきっといまひどい顔をしているもの……」


「あら、私と顔を合わせるのは嫌なの? 私のことが好きなのに?」


 すっかり主導権を握ったアリスティアが小悪魔のように笑うと、フリーズは観念したように両手をおろして彼女のことを真っすぐと見つめた。

 しかし、すぐに気まずくなったのか目線は上下左右へと縦横無尽に動き回る。

 色白な肌は真っ赤に染まり、きっと触れればいつもよりも温かく発熱していることだろう。


「いいわよ」


「え?」


 何の脈絡もないアリスティアの了承に、フリーズは動揺した声を上げた。

 アリスティアは変わらず人形のような美しい笑顔で、フリーズの瞳を見据えている。


「私のことが好きなんでしょう?」


「だから、それは友達としてのことで……」


「嘘」


 いつも通り、冷たく突き放すようなはっきりとしたアリスティアの物言いにフリーズは今だけは冷や汗をかいた。

 アリスティアの、こういった人間離れしたところに恋したのは事実なのだが。

 たとえ、彼女が何を言っても平民以下の存在である自分に貴族である彼女を愛する資格などはないのだ。


「嘘じゃないよ」


「……そう」


 やっと納得してくれたのだろうか、とフリーズは安堵のため息を吐いた。

 しかし、アリスティアは一息吸ってから、年相応な可愛らしい笑顔を作って上目遣いで少年を見上げた。


「じゃあ、私はフリーズのこと、好きよ」


「何を言っているのアリーー」


 また、誤魔化しの言葉を言おうとしたフリーズの口に何かが押し込まれた。ふわりと、花束のようなフローラルな香水の匂いが鼻先を撫でる。

 押し込まれたそれは、じんわりと口内で溶けると、痺れるような甘い味がした。突然の刺激にフリーズはゲホゲホと咳き込んだ。

 多分、机の上に山盛り置いてあった角砂糖を放り込まれたのだと分かると、フリーズは顔を顰めた。彼は甘いものは嫌いだ。


「そういうことだから。明日も会いに来てねフリーズ」


「ケホッ……アリス、君ほんとうにどうかしちゃったの!」


 踵を返してほんの数分前に逃げ出した皇太子と同じ道を辿ろうとしていた少女は、くるっとダンスのような華麗なターンをしてからフリーズを見つめる。

 背後に堕ちていく夕日が夜を連れてくる。

 ジッとこちらを見る彼女の目線を痛いほどに感じるのに、当の本人は木枯らしに揺れる花弁のように掴みどころがなかった。

 彼女は何も言わずに数秒だけこちらを見つめると、また邸宅のほうへと駆け出していった。


「な、なんなんだよお……もう……」


 彼女に出会ってから約四年間の間、彼女の玩具扱いされて散々な目にあっておきながらも、未だドクドクと高鳴る鼓動を抑えることが出来なかった。

 さっきの角砂糖のベトベトとした不快な後味が気持ち悪い。

 夕日が染める少年の表情は、きっと林檎のように赤く染まっていただろう。

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