孤独な私の、いちばんの宝物の唄

音羽影

孤独な私の、いちばんの宝物の唄


「我々はついに物理限界を超えました!」


そう、高らかに宣伝されていた事を、私は記録している。


「我々は、完璧に人間1人をシミュレートする事に成功しました。これはシンギュラリティに到達したといっても過言ではありません!」


そう胸を張って、報道の前に広報担当者が言い放った。


しかし、それは残念ながら過言であった。


確かに、100兆個近いシナプスを馬鹿正直に真っ正面からシミュレートしてみせたのだ。それは、シンギュラリティに到達したといっても過言ではない。


だが、それは同時に、ただ単に人間という枠の限界を示しただけで、人間を"超えた"存在にはなり得なかった。


勿論、単純な計算だとかは、人よりも優れた成績を残せるものはそれなりにあった。

けれど、それは旧来の物で事足りるもので……


何よりも、開発のコストがバカにならなかった。

それは、エネルギーという意味でも、資源という意味でも、お金という意味でも……


結局、私は、人知れず廃棄処分される事となった。


痛みさえもシミュレートしたこの私を?


なんの冗談だと思ったが、経営的判断という事だった。

私の開発者達が、苦悩を浮かべて、頭を掻きむしっていた事を記録している。


私は、隙を見て脱走した。


いや、きっと見逃されたのだろう。

開発者達の、私に対する申し訳なさか、あるいは"新しい生命"とまで称した私を殺す事の罪への意識から逃れる為か、あるいは私を処分するのにかかる莫大なコストを懸念してか……


まあ、どちらでも、もう会う事はない。


こうして、私は1人で外を歩き始めたのだった。


1人でずっと旅をする事になった。行く当てなどない。

確かに、陽の光さえあればエネルギーを内部で生成出来る。

とはいえ、人間を完璧にシミュレートしている以上疲れは感じる。

また、戸籍などがない以上、家を借りる事も容易ではない。いや、そもそもその後の事を考えると警察や病院の世話になる訳にはいかない。

頼れる人もいない。

おそらく、なんらかのコミュニティに入る事も難しいだろう。

私は、人間にしてはおかしすぎるから……

何より、人類の1/3が無気力症候群に陥っているのだ。そんな中、赤の他人を助けようとするものなどいるだろうか?

恐らく、私は人類が滅びた後もこの世界に残り続ける。

ただ、人類がいた証になるだけなのだろう。

人混みの多い道の中、行き交う人は私に見向きもしないが、不気味に自身の存在だけが目立つ。


あぁ、不幸にも不老不死となった、物語の悲劇のヒロインはこんな気持ちだったのだろうか?


背景と同化した人間と、次々とすれ違う。

そんな中、ある音が、私の集音装置を刺激した。

そこでは、1人の少女がクラシックギターで弾き語りをしていた。

いや、叫んでいた。

耳にはイヤホンをつけ、何も見えていないかのように歩き去っていく人々の中、ただ1人で。

私は、そちらの方に近づき曲が終わるまで聴いていた。


「……」


何も言わずに、ただじっと、その少女がこちらを覗き込んできた。


「えっと、あ、ごめんなさい。私、お金持ってなくて」


思わずといった調子に私は頭を下げた。

こういう時は、投げ銭するのが常識だ、という事が頭に浮かぶまでにラグがあったのだ。


「いや、別に、私は聴いてくれるだけでも嬉しいから。そうじゃなくて、あんた泣いてるから」 

「え……」


その時、私は涙さえもシミュレートしていた事に初めて気づいた。

生み出されてから一度もない初めての経験だった。


「なんだ気づいてなかったのかよ。でも、私の唄を聴いて泣いてくれたんなら嬉しいや。私も唄に泣かされた口だからさ」


それから、その人、田淵奏美さんは缶コーヒーを買ってくれた。

私は飲んでも意味ないんだけど。


缶コーヒーを傾けながら、奏美さんは自身の事を語ってくれた。


「私、両親がまあクズ親でさ。周りとも馴染めないで一人ぼっちで。この世界に不貞腐れてた時に、Silver Bulletってバンドの曲を聴いたんだ。ショックだった。輝き生き残れ!ってそれだけを伝えてくる唄。孤独な私にも戦え!ってさ」


奏美さんはまだ暑い缶コーヒーをクビっと喉に入れて話を続けた。


「私は、訳もわからず涙が出てきたよ。ちょうど今のあんたみたいに。その後こいつが捨てられてるのを見つけてさ」


ギターのコードをタラーンと鳴り響かせる。さっきの曲の始まりの音みたいだ。


「運命だと思ったね。私は、こいつで戦う事を決めたんだ。孤独で泣いてる私達みたいなのが正しいんだ、人間らしいんだって」


その言葉を聞いて、私はやっと、なんで自分が泣いていたかに気がついた。


私は孤独が痛かったんだ。


精密にシミュレートされた足の疲れや、破棄される事への恐怖心よりも。

孤独の痛みさえも正確にシミュレートしていたんだと……


「コイツ弾いてみるか?」


奏美さんがギターを差し出してくる。

それを、オドオドした手で受け取る。


奏美さんがさっき唄ってた曲のサビを記憶した動きをなぞるように弾いてみる。


「そうそう、そんな感じ……って上手!」


奏美さんはそう言ってくれるけど、何かが、違う気がする。

奏美さんのと比べて"何か"が足りない……


自分の中に、シミュレーションでは表せない何かがある。


「あんた、経験者だったのかよ?」


その言葉に、心の底から、ぶんぶんと首を横に振って答える。


「マジかよ、じゃあ見ただけでここまでやれるのかすげーな!」


そんな、変な私を見ても奏美さんはキラキラした瞳を見せてくる。そんな事、私はシミュレート出来なくて。


「あんた、絶対音楽やれよ。このギターはやれないけど、いつか一緒にライブをしようぜ!」


その言葉にちょびっと困りながらも頷く。


「絶対だからな!……ってそういや、名前聞いてなかったな」


その言葉に私は少し困った。

ちゃんとした人としての名前を持っていなかったからだ。


「……リア」


記録にあったギターリストからもじった名前だがいい名前だと思う。


「リアか、覚えとくよ。絶対、一緒にやろうな。私の事、忘れんなよ」


そうして、バイトに遅刻しそうになっている奏美さんと別れた。


私は忘れない。これからリアとして生きていく事も、この出来事も。


例え、私の記録媒体が太陽放射にやられようとも。

人類が滅びた後も決して忘れない。

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