メイとヨミ

貴音

僕の可愛い妹

 僕には大切な双子の妹がいる。

 僕にそっくりだけど、僕よりも小さくて、可愛い妹。


 僕たちは……元々は一人の人間だったんだと思う。

 多分神様が、小さい妹――ヨミが一人ぼっちで寂しくならないように、僕のことをほんの少しだけ早くこの世に造ったんだ。

 だから、いつも僕たちは一緒だ。

 ヨミを抱きしめて、彼女の小さな心音に耳を傾ける。そうしていると、パズルのピースがピタリと嵌ったような、ほっとした気持ちになった。きっと、ヨミの気持ちが僕に伝わっているんだ。


「ヨミ、おはよう」


 いつも通り、ヨミの頭を撫でてやると、彼女の長い睫毛が朝日の中でキラキラと輝く。そして、柔らかな桜色の唇に口付けを落とすと、ヨミの温かな体温が伝わってきた。

 今日は、いつもよりヨミの体調が良さそうだ。


 ヨミは生まれた時からずっと身体が弱かった。

 ずっとベッドの上で過ごして、自分一人の力では身体を起こすことすらままならない。おしゃべりも上手ではないから、僕がずっとついていてあげないといけなかった。

 寒い日は、ずっと摩ってあげないと手足が冷たくなってしまうし、暑い日はすぐに熱を出してしまう。


 どんな時でも、僕の生活の中心はヨミだった。


 だけど、僕はそんな彼女と二人きりで過ごすこの時間が嫌いじゃなかった――いや、むしろ大好きだった。

 これはきっと、神様に与えられた僕の役目だから。


 僕たちの部屋のドアを開けると、そこにはいつも通り一人分の朝食が置いてあった。


 バターを塗ったトーストと、一杯のお砂糖の入ったホットミルク。

 

 僕たちのお母さんは、ヨミの食が細いから僕たちには一人分の食事しか用意してくれない。だから僕は、ヨミにそれを食べさせた後に、彼女が食べきれなかった分を食べた。だけど、僕もヨミもお腹が空くことはなかった。



 僕たちのお父さんとお母さんは、あまりヨミと話そうとしない。

 お父さんは、そもそも僕たちの部屋に近づこうとしない。そして、お母さんは食事を届けにきた時に僕にだけ話しかけて去っていく。


「メイ……こういうのは、もうやめましょ?」

「あれ……いいえ、あの子に貴方は必要ないと思うの」

「今からでも間に合うわ。お家でお勉強するところからでも……」


 ヨミのいる前で、お母さんはいつもこんなことを言っていく。

 僕の役目を邪魔するような、ヨミを不安にさせるようなことを平気で言うんだ。

 毎日、毎日……飽きることなくあの人は僕に言い続けてきた。


「じゃあ、ヨミは?勉強、ヨミにも必要だろ?僕たちは兄妹なんだから」


 何年経っても、全く諦める様子のないあの人にそう言うと、彼女は黙り込んで部屋から出ていってしまった。


 あの人が置いていった本に目を通す。

 これくらいなら、僕にも分かりそうだ。


 ベッドのヘッドボードに枕を立てかけ、僕はヨミを座らせる。

 そして、ノートを開いて彼女の弱々しい手に鉛筆を握らせた。


「ヨミ。ヨミの名前は、漢字で書くと……」


 彼女の力の弱い小さな手のひらから滑り落ちる鉛筆。僕は僕の手のひらにすっぽりとおさまるくらい小さなその手をぎゅっと握り、彼女の漢字の練習を手伝った。


 ヨミならきっと、すぐにこの本の内容を覚えられるだろう。

 ヨミは僕よりも身体が弱い分、頭のいい子だから。


 そしたらきっと――


 お父さんも、お母さんも、ヨミのことを僕みたいに愛してくれる。



 ヨミと勉強を始めてから数週間が経った。

 僕たちがいつも通り勉強をしていると、控えめなノック音と共に部屋のドアが静かに開いた。


「メイ、話がある」


 数年ぶりに顔を合わせたお父さんは、低く落ち着いた声でそう言った。


「その……ヨミ、のことなんだが」


 やっとだ。

 やっとこの日が来た。


 お父さんが、ヨミを抱き上げた。

 そして、彼女の乱れた髪を整えると、埃っぽい箪笥の上に座らせた。


 そして、お父さんが僕を抱きしめ、静かに口を開いた。


「この子は、お前の妹は……ずっと前からいないんだ」

「……えっ?」


 この人が、何を言っているのか分からなかった。


「ヨミは、確かにお前と一緒に生まれた。だけど」


 わからない。


「お父さんも、お母さんもあの時は辛かった。お前みたいに、もうこの世にはいないヨミを愛そうと思ったこともあった」


 聞きたくない。


「でも、それではダメだって思ったんだ。元気にお父さんたちのところに来てくれたメイ、お前がいたから……」


 僕は更に強く抱きしめられた。

 お父さんが喋る度にする酸っぱいコーヒーの香りが鼻につく。


 彼の震える肩越し、部屋の片隅に立てかけられたバット。

 お父さんとお母さんが、僕の十歳の誕生日に「いつか使う日が来るといいな」ってくれたプレゼント。


「子供のうちは目を瞑っておこうって、お母さんと決めていたんだ。お前が、幸せそうだったから。でも、そろそろ……」


 普段は気にも留めていなかったそれに、僕の視線は釘付けになった。


「お父さん」

「なんだ?メイ」

「……ありがとう」


 箪笥の上のヨミが、久しぶりに微笑んだような気がした。



 やっと、静かになった。

 ヨミ、もう大丈夫だよ。


 これでゆっくり勉強できるね。


 この家に、僕たちを邪魔する他人はもういないから。

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