旋律を奏でし者 マッドサイエンティストと家出少女
御簾神 ガクル
第1話 真理よこんばんは
満月が煌々と輝き地上を銀光で包み込んでいる。銀光に包まれ鬱蒼と茂った木々が街の喧噪を遮る公園内は、小鳥の寝息さえ響く太古の森のようであった。
「はあ~」
春先のまだ肌寒いなか、少女は息で手を暖めると不安そうに周りを見る。
太陽の下では訪れた人を和ませる木々の間を曲がりくねって走る小道も、今の少女にとっては恐怖の迷路とでも映ったのか顔を強張らせた。こんな遅くなったことを後悔でもしているようだ。
木々の闇から何かが飛びだしてくる想像でもしてしまったのか、少女は少し歩みを早め出す。
「ごくっ」
生唾を嚥下する音が響く。
少女の微かに上気した白いうなじに、スカートからはみ出た生足に、魅入っている男がいた。小太りのサラリーマン風であるが、肉食獣の如く木陰に紛れて少女の後を付けていく。
やがて少女は公園の一番深いところに達した。公園の木々は都会の喧噪を遮ってくれるように、少女の叫びもまた外に漏れないように封じ込める。
目をぎらつかせ、鼻息を荒立て、男は飛び出そうとした。
「いい月夜だな」
突然背後から掛かった予想外の声に、男は驚いたように振り返った。
月のスポットライトを浴び、青年が颯爽と立っていた。
伸ばした前髪を左に流した鋭い顔貌、Yシャツ、白茶のスラックスの上から白のトレンチコートを羽織り、一見白衣の医師を連想させる格好をしている。だが厚底のブーツと闇夜のサングラスが人を一歩引かせる雰囲気を醸し出している。
案の定男もどう対処したらいいのか思い喘ぐように黙り込んでしまうが、青年は特に気にした様子もなく言葉を続けていく。
「古来より月は人を狂わすと言う。
強姦にはもってこいの日かな平影 轟鬼。いや、連続強姦人喰い魔、特秘13号と言った方がしっくりくるかな」
青年は禍々しい響きの内容とは裏腹に、口調は友達にでも話しかけるように穏やかに話しかけていく。
平影も戸惑いつつも膨れあがっていた欲望を霧散させ善良な笑みを浮かべる。
端から見れば、知人同士が偶然出会って懐かしい言葉を交わしている光景に見える。
「やだな~人違いですよ、どなたかとお間違えじゃないですか。それに人喰い魔なんて馬鹿らしい。そんなのがいるわけないでしょ。マンガの読み過ぎですよ」
平影は落ち着き払って青年の言葉を否定する。
至極まともな反応に、至極まともな切り返し、これで一夜の不可解な出会いは終わりそうな雰囲気さえ漂う。
「ぶわっはっはっっはっは」
月光を跳ね返す、狂気の笑い声が公園内に木霊した。
「はあ~、つまんねえ切り返しですね。
もっと人喰い魔らしい、突拍子のない切り返しを期待していたのに拍子抜けもいいところですよ」
「そう言われましても」
青年はひとしきり笑うと今度は勝手に怒りを滾らせていく。平影は上司に無茶を言われたサラリーマンのような苦笑いするしかなかった。
「安心したまえ、私は警察ではない。「高柳 丈」っという、真理を求める一介の科学者に過ぎない」
高柳は打って変わった丁寧な口調で自己紹介をするやいなや、コートの内側から何かを引き抜きトリガーを引いた。
残像に輝く閃光が奔り、ジュッと鉄板で肉を焦がす音が臭った。
「そっそれは、何だ?銃なのか」
辺りに焦げた服の匂いが漂い、平影は肩口を押さえならが高柳が手に持つものを理解出来ないような顔付きをしている。
高柳が手に持つのは、一見銃に似ているがよく見ると先端に銃口はなく代わりにルビーのように輝く宝石みたいなものが埋め込まれたおもちゃの銃みたいだった。
だが、確かに攻撃をしたのはそのおもちゃのような銃なのだ。
「これかい、これは私が作ったレーザー照射装置だ。携帯と取り回しを考えて銃の形にはしたが、銃ではない。よって銃刀法違反には成らないから心配してくれなくていい」
高柳は弟子にものを教える師を気取った風にご丁寧に説明した。
「誰がそんなことを聞いた。いきなり撃ちやがって警察に訴えてやる」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす平影に高柳は苦笑を浮かべた。
「ん?おいおい、大丈夫かね。人ではない「ユガミ」をどう扱おうが、法律に触れることはないはずだよ」
「えっ」
「私が知る限り「ユガミ」に関した条文は今の法律上どこを探してもない。嘘だと思うなら法学部の知人に確認を取ってもいいが、どうするかね?」
「何を言っているのですか?」
惚けているが平影はレーザーで撃たれたときでさえ流さなかった脂汗が浮かび上がっているのが見える。
「いい加減臭い芝居は辞めないか、お互い時間がもったいないだろ。
そもそもの話であるがレーザーで撃たれた人間が悠長に疑問を投げかけてくる時点でおかしいんだよ。普通なら絶叫を上げてのたうち回るぞ」
高柳は猿芝居は見飽きたとばかりにレーザーを照射、閃光が平影の手足を灼き焦がす。
「ぎゃっ」
原島は叫び声を上げオーバーアクションに地面に転がるが、今更ながらの猿芝居を高柳は冷ややかに見下ろす。
「早いとこ正体を表したまえ」
切っ掛けは一ヶ月前、インターネットのアンダーサイトで女性が強姦された後に人間とは思えない何かに、体を喰い千切られ殺害された情報を見かけたのが切っ掛けだった。
その記事を読んだ瞬間、これだっと直感した。
いつもならただのゴシップだと一笑するのだが、扇情的な文字列の中に真実の匂いを嗅ぎ取ったのだ。
詳しく調べだすと犠牲者は一人でなく何人もいるのだが、警察の必死の隠蔽工作と厳しい報道規制で世間に隠していることが判明した。
調べる程にますます深まる信憑性に、俺は長年求めた真理への入り口がついに表れたと狂喜した。
「一昔だったら警察によって隠蔽されていたのだろうが、今や高度情報化社会真理を隠し通すことは出来ないのだよ」
高柳は警察によって事件が処理されてしまう前にユガミを捜すべく行動した。そして、その独特の理論と人並み外れた行動力で警察すら出し抜き、平影がユガミであると1週間で突き止めた。そして監視を初めて一週間、ついに犯行現場を押さえたのだ。
「さあ早く私に世界の真理を見せてくれたまえ」
高柳は2週間に及ぶ苦労を瞼に思い返すと、覚悟の一発、平影の腹にレーザーを撃った。もし平影が普通の人間ならこのまま死んでしまう可能性もある。
腹に一撃を受けて平影は腹を抱えて蹲った。
瞬き一つすることなく冷静に観察をしている高柳だったが、蹲っていた平影が平然と立ち上がって来るのを見て、口元をにやっと釣り上げる。
「あんまり調子に乗るなっ小僧が。
uriiiiiiiii」
ついに平影が切れたとばかりに善良なサラリーマンの仮面を脱ぎ捨てた。ヤクザすら背筋の凍る声で怒鳴り、狼より恐ろしく唸り出す。
その唸り声は、大気を、いや世界を歪ませるような錯覚を起こさせる歪曲音。唸り声に従い平影の周りの空間が陽炎のように歪み、肌は酔っぱらいみたいな赤銅色に染まりだし、鋼鉄のような筋肉が背広を破って盛り上がってくる。
「なるほど、その声で律を歪ませるか」
変わっていく平影の姿に高柳は古文書の一文を思い出す。
『世界は律によって成り立っている。
律とは法則、この世界のものは塵一つに至るまでこの律に支配され存在する。だが人間の生み出した法律に、矛盾や間違いがあるように、この世界を支配する律も完璧ではない。
ユガミは、その矛盾で生まれ律を歪ませ顕著する』
どうやらユガミに対抗する存在もあるらしいのだが、その先は古文書が破損していて不明だった。だが高柳は、それは現在の警察に当たる存在だろうと無視してユガミにのみ注目した。
「長年真理を追い求め、あらゆる学問を学んだ。最初は科学に傾倒したが科学だけではどうしても真理に到達出来ないと思い出した時に、私は古文書に記されるユガミという存在を見付けた。
彼らは世界を統べる律を歪めてやってくるという。なら逆に、彼らを調べればこの世界を統べる律、すなわち真理に行き当たると確信した。
それでユガミを探し出していたときに、この事件だ。ピンと来たよ」
高柳は目の前で起こる超常現象を前に自分に酔い痴れように述懐していく。
「URIIIIII」
爪が重く巨大なジャックナイフに変化し、歯が鋼鉄でも穿ちそうな鋭い牙に生え替わる。
「いいぞ、いいぞ~」
高柳はサングラスの下の目を爛々と輝かせ、舌嘗めずりすらしてる。
醜い皺に爛れた原島の顔の額から、欲望が盛り上がるかのごとく角が隆起して、変体は終わった。
「ふは~っ」
吐く息には腐臭が漂い、生理的嫌悪感に鳥肌が立った。
こちらを睨んでくる紅く輝く瞳に、自分が補食獣の餌に過ぎないことを自覚させられ、背筋が凍る。
天に反逆するようにそそり立つ禍々しき角に、この世の欲望の象徴を感じ、吐き気が込み上げてくる。
そいつは、その存在全てが、この世界を狂気に彩る。
「こんばんは、真理。
これが世界の裏に潜む、ユガミ、それをこの目で見たぞ。ついに私は真理への扉を開けたんだ」
高柳は、目の前に死の恐怖が具現化したことを自覚しながらも、それを圧倒的に上回る歓喜に打ち震えた。
感動を伝えんと、拍手をし高らかな声を響かせるのであった。
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