あなたがいたから

紫苑リオ

第一話

「オナー、オナー!お茶をしたいわ!紅茶を用意してちょうだい!ダージリンで、お砂糖は多めよ!」

「はい、承知いたしました。アゼリアお嬢様」

 甲高く、気の強い声が廊下に響く。

 お嬢様の注文に合わせた紅茶を用意する。お嬢様はこちらを退屈そうに見つめている。

 私はこの国の王女であるアゼリアお嬢様に仕える女執事だ。お嬢様の手本となり、剣となり、盾となる。それが私の使命だ。

 私とお嬢様が出会ったのは七年前、私が十三歳で、お嬢様が十歳の頃だった。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 七年前─

「あらぁ?なんだか小汚いのがいるわ!」

「は?」

 当時、私と弟のリアンは事故で父を、疲労による自殺で母を無くし、孤児として路地裏で生活していた。

 働くにしては幼すぎて、ロクな仕事にもありつけなかった。両親の遺品を売り、家を売り、挙句の果てに切った髪を売る。そうして何も無くなった私達は虚しく感じた。

 それでも金は減る一方で、その日その日を生き抜くのでいっぱいいっぱいだった。

 そんな時お嬢様と出会ったのだ。

 お嬢様は市場調査として街に訪れており、たまたま仕事を探していた私たちを発見した。

「あなたたち、仕事を探しているんでしょ?丁度人手が足りなかったのよ!あなた、私の執事をやりなさい!」

 そうお嬢様が言い放った時は周りにいた使用人が慌てまくったのを覚えている。

 結局、お嬢様の我儘に折れて私たちを執事として教育することにしたのだ。

 暖かい風呂に入れてもらい、新しい服を着せてもらい、部屋を与えてくれた。あたりまえな事でもこのことは私たち二人にとって救いだった。

「あら、あなた女の子だったの!?髪が短かったから気付かなかったわ!ま、そんなことはどうでも良くてよ?あなた名前は?」

「オナー、です」

「そう、オナー!来年からあなたは私の執事になるのよ!一年猶予を与えるわ。執事の仕事を完璧にこなすように!」

 時々言葉がキツいが、それでも優しい人なのだと分かった。こんな私にも機会を与えてくださるのだ。精一杯やり遂げなければ。

 その日から私は教えて貰ったことをメモし、知識を身につけ、復習と実践演習を欠かさず続けた。

 どうやら私は飲み込みが早いらしく、きっかり一年で執事の業務を体に叩き込んだ。

「ほ、ほんとにやり遂げるなんて思わなかった……じゃなくて!ま、こんなもんですわね!」

 そうして、私はお嬢様の執事になった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





 この日は一生忘れることは無いだろう。今でも鮮明に思い出せる程なのだから。

「オナー、まだですの!?」

「はい、ただいま」

 今日も、これからも、私はお嬢様に誠心誠意仕えるのだ。





「オナー!今日は何の日かご存知かしら!?」

「はい、アゼリアお嬢様の十七歳の誕生日でございます」

 普段より一段と上機嫌なお嬢様。

 毎年、お嬢様の誕生日は盛大に行われる。今年も様々な貴族から豪華なプレゼントを頂くのだろう。

 しかし、少々不安だ。ココ最近隣国との外交が上手くいっていないと聞く。一触即発の危機に瀕しているらしい。

「オナー?聞いてたの?」

「はっ、すみません。もう一度お願いします……」

「しょーがないわね!今日のおやつはオナーに作って欲しいの!クリームたっぷりのショートケーキよ!」

 目をキラキラと輝かせ、おやつの要望を語り、私はそれをメモに書き留める。

 そうだ。忘れぬうちにこれを渡しておかねば。

「アゼリアお嬢様、これを」

「これは、指輪?」

「はい」

 お嬢様は早速アレキサンドライトが嵌め込まれた指輪を人差し指にはめる。手を陽の光に翳したかと思えば、 顔に近付けじっくりと見たり、別の指にはめ直したりしていた。

「なにか、お気に召さなかったでしょうか?」

「いいえ?」

 お嬢様は私と指輪を交互に見つめ、微笑んだ。

「私、これが一番気に入ったわ!ありがとう、オナー。大切にする」

「はい、私めも大変嬉しゅうございます」

 思わず口の端が上がり、頬が熱くなる。あぁ、こんなに幸せな日は他に無い。

 私は内ポケットに手を伸ばす。

 コンコン、と部屋の扉を叩く音がした。

 手を元の位置に戻し、入室の許可を出す。

「入りなさい」

「失礼します。オナー様、パーティの準備を」

 クラシカルメイド服に身を包む二人の少女がそう告げる。

 しまった。もうそんな時間だったのか。

「了解。それではお嬢様、また後ほどお伺いします」

「ケーキを忘れないでね」

「ふふっ、もちろんでございます」

 私は扉を両手で丁寧に閉める。

 できるだけ声のトーンを低くし、メイド達に命令を下す。

「一班と二班は大ホールの掃除と装飾を、三班から七班までは屋敷の掃除を。八班と九班で庭園の掃除、十班は来賓の確認をして!」

「はい!」

 メイドが蜘蛛の巣を散らすようにそれぞれの持ち場に着く。それぞれの班長が的確に指示を出し、それを受けメイド達はテキパキ働く。

 私はしばらく監視した後、王宮騎士のいる宿舎へと向かった。

 宿舎の方では騎士達が訓練に励んでいた。

「リアン」

「オナーじゃん。おつかれ〜」

 リアンがのんびりとした声で挨拶をする。

 もう副団長なのにこんな感じで大丈夫なのだろうか。

「相変わらず呑気だな」

「そーかぁ?オナーが生真面目すぎるだけじゃね?」

「まぁいい。パーティの警護についてなのだが……」

 私の提案を騎士をよく知るリアンが調整し、最終的たな警備体制案が完成した。

 あとはこれをリアンが騎士団長に提出したらこの件は片付く。これが終わったらお嬢様のおやつを作って、事前に注文していたドレスをおろして─

「オナー、少し休んだら?」

 リアンが私の右腕を掴み、引き止めた。

「お前が心配するなんて、珍しいな」

「まぁね。でもここんとこ常に忙しそうじゃん?ちょっとぐらい休みなよ。死んじゃうよ?」

 リアンに掴まれている右腕が痛い。不安がっているのだろう。両親のように私が倒れないのか心配なのだ。

「大丈夫だ。しっかり休んでいるし、これは私が好きでやっている。心配せずとも私はお前を置いて死んだりしないさ」

「……そ。死んだら恨んでやるから!」

 そう吐き捨て、リアンは走り去っていく。私はその背中を見つめながら、を手に取り──ん?

「ちょっ、おい!資料を忘れるな!」


 まったく、リアンのやつめ。資料を置いて行ったせいで余計に時間を食ってしまったではないか。

 私は急いで厨房に向かい、ケーキ作りに取り掛かる。クリームは多め、いちごは甘みが強い種を使い、お嬢様の注文通りに作り上げる。紅茶はケーキに合わせキャンディミルクティー。

 ケーキをクローシュで覆い、紅茶と共にトローリーに乗せ、お嬢様の部屋へと急ぐ。もちろん、ケーキが崩れないよう細心の注意を払って。

「アゼリアお嬢様、お待たせいたしました。こちら、ショートケーキとキャンディミルクティーでございます」

「とても美味しそうね」

 お嬢様の声に活気がない。何か不満があるのだろうか。

 私は恐る恐るお嬢様に尋ねた。

「クリームの量が足りませんでしたか?それとも紅茶が……」

「別にそこは問題ないわ」

「では一体何が……」

 お嬢様はソワソワしており、どこか落ち着きがない。それは、言い出すのを躊躇っているようにも見える。

「ホールケーキが良かったわ」

「……えっと?」

「ホールケーキが良かったって言ってるのよ!」

 お嬢様は顔を真っ赤にして、そう言い放った。

 私は呆然として数秒沈黙した後、笑ってしまった。

「わ、笑わないでよ!!」

「も、申し訳っありま、せん……」

 笑ってしまっているせいで声が震える。

 そんな私を見てお嬢様は頬を膨らませ、そっぽを向いてしまわれた。

「ケーキならこの後のパーティでいくらでもいただけますよ」

「でも……そうね。じゃあ来年!来年の誕生日ケーキはオナーが作って頂戴!約束よ」

「……はい、約束です」

 私とお嬢様は小指を結び、笑い合う。

 二人だけの約束。それが私の胸を弾ませる。

「そうだ、お嬢様。注文していたドレスが届いたんです。後でルチアとメリーに言っておくので、着替えてください」

「わかったわ!靴はハイヒールがいいってことも伝えておいてね」

「承知いたしました」

 ご馳走様、とお嬢様が告げる。

 ケーキが乗っていた皿は綺麗に無くなっていた。

 残った皿とティーセットをトローリーに乗せる。

「それではお嬢様、失礼いたしました」

 お嬢様はひらりと手を振って外の景色を見始めた。

 一礼し、私はお嬢様の部屋から退出した。

 トローリーを押していると、廊下で二人のメイドが掃除をしていた。

 明るめの茶髪がルチアで、赤みがかった茶髪がメリーだ。

「ルチア、メリー」

「オナー様、お疲れ様です」

 二人は私に気付くとスカートの裾を摘んで、深くお辞儀をした。

「二人にはアゼリアお嬢様の着付けをして欲しいんだ。私はまだすべきことが残っているのでな。二人のことは班長に伝えておくから」

「分かりました」

「これ、アゼリアお嬢様の要望が書いてある」

 二人はメモを受け取り、内容を確認する。そしてそのまま一階へと降りて行った。

 私はまたトローリーを押し進んだ。

 食器を片し終え、大ホールに足を運ぶとすでに来賓で埋まっていた。

 壁の端には退屈そうにしているリアンの姿が見える。

 やれやれ、喝を入れてやるか。

「おい、貴様!何気を抜いてるんだ!!」

「す、すんません!って、オナーじゃんか」

「どうだ?気が引き締まっただろう?」

 私はニヤリと笑ってやる。リアンは苦虫を噛み潰したような顔をし、顔を背いた。

「なんだその顔。私の顔に文句があるなら自分の顔を否定しているようなものだぞ」

「そこじゃねぇよ!あ〜、まじダルぅ」

 リアンがずるずると座り込む。

 あまりに騎士としての自覚がないその態度に、眉を顰める。

 私は目線を合わせるため、軽く屈んだ。

「お前はもう少し騎士としての誇りを持て。ただでさえ隣国との外交が上手くいっていないんだ。万が一に備えておけ」

「万が一、ねぇ」

 そう静かに呟いたリアンの言葉が、なんだか胸に引っかかった。

 何も起こらないといいんだが。

 







  

「お嬢様!ご無事ですか!?」

「オナー!えぇ、私は平気よ。一体何があったの?」

「来賓の中に隣国のスパイが紛れ込んでいたようで、玄関が爆破されました!幸いにもお客様は全員大ホールに居たため無事です!現在、騎士たちに命じて、避難指示を出させています!」

 私は窓を締めながら、状況を報告する。

 お嬢様の部屋のクローゼットに隠してある短剣と毒針を全て服に仕込む。

「さあ、お嬢様も避難を!私が護衛致します!」

「頼んだわ!」

 お嬢様の部屋から脱出し、調理場の方へ向かう。屋敷には様々な裏口や脱出路が隠されている。お嬢様の部屋からだと調理場が一番近いのだ。

 渡り廊下を通過したあと遠くで爆発音が聞こえた。また敵の仕業だろう。

「待って!オナー、あれはルチアじゃない?」

 お嬢様の指差す先には倒れているメイドの姿があった。確かにあの茶髪はルチアのものだ。

 私達はルチアに駆け寄り、安否確認をする。

「ルチア!大丈夫か!?返事をしろ!!メリーはどうした!?」

「オナー、さまぁ……おじょ、うさまぁ?たい、へんで……ゴホッゴホッ……」

「無理しないで、ゆっくりでいいわ」

「ありが、ったきおこ、とばっ……」

 ルチアは爆発に巻き込まれたのか?しかし、特段に目立った傷はない。煙を吸ったのか!

「オナーっ、さまぁ。リア、ンさまがぁ」

「リアンがどうかしたのか!?」

 ルチアの咳が激しくなる。話すことさえ辛いのに。

 リアンのことも気がかりだが無理に急かしてはルチアが危険だ。

「リアッ、ンさまのいる……ケホッだいほ、るが爆破されってぇし、い。リアンさ、まの死亡がっかうに、んされま、した……」

 ──リアンが死んだ?

「…………そう、か。ルチア、最後まで伝えてくれてありがとう。辛かっただろう。ゆっくり休め」

 嘘だ。

「はい……ど、うかおじょ、うさまぁを……おねが、します」

 嘘だ。

 ルチアは目を伏せ、動かなくなった。出来れば医務室へ運びたかったがそんなことをしている暇はない。

 すまない、ルチア。

「リアン……」

 そんなはず──

 私は自分の頬を殴った。

 今は悲しんでいる場合ではないのだ。お嬢様を護り抜かなければ。

 リアンはきっと己の成すべきことを果たしたのだ。ならば私も成すべきことを果たさねばならぬ。

 たとえ、この命を失うことになろうとも。

「お嬢様、行きましょう」

「っ!……えぇ」

 私とお嬢様は立ち上がり、また走り出した。

 もうすぐ調理場というところで違和感がした。いつもとは違う。何が違う?

 調理場の物?扉?

 違う。匂いだ。

 これは──火薬だ。

「!っお嬢様!」

 私はお嬢様を突き飛ばす。

 そのまま私は爆破に巻き込まれた。

「オナー!?」

 私の左腕は繋がっているのか怪しいほどだった。このままではお嬢様を護衛することすら困難かもしれない。

 お嬢様が私に駆け寄る。ドレスが血で汚れてしまうのにも関わらず。

「大丈夫!?……っ!立ち上がれる?ほら、」

 廊下に乾いた音が響く。

「──ぇ?」

 お嬢様の消え入りそうな声が胸に刺さる。

「あなたの、せいで……!!」

 指先が震える。私の、この手で突き放したのだ。

 お嬢様が混乱した顔で私を見る。

 それもそうだ。まさか私が手を振り払うなんて思いもしなかっただろう。

 これでいい。

「あなたがいたから私はあなたを護らなければいけなかった!あなたがいなかったら弟を、リアンを守れたかもしれないのに!!」

「オ、ナー……?」

「あなたがいたから!私は執事としてあなたの盾にならなければいけない!!あなたが私を拾わなければ良かったのに!!さすれば私は、こんなところで死ななくて済んだんだ!!」

 お嬢様が一歩後ずさった。すっかり怯えてしまって、小さくなっている。

「なんで、そんなことを言うの……?私はっオナーのことっ……」

「あなたが憎いからですよ」

 私は構わず言葉を吐き捨て続けた。

「これは“呪い”です。あなたはこれから先の人生、生き地獄を味わうこととなるのです。培った人脈も、テーブルマナーも、なんの役にも立たない。そんな世界で誰も信じられず、ただ一人彷徨うのです」

 さあ、はやく行きなさい。

 お嬢様は目に涙を溜め、振り返らず走り去って行った。

 これでいい。

 お嬢様。

 確かに、あなたに会わなければ弟を守れたかもしれない。

 あなたに忠誠を誓わず、命を張ることも、今日のように死ぬこともなかったかもしれない。

 でも、あなたがいたから私と弟は普通に暮らせた。

 あなたがいたから私は今の私になれたのです。

 我儘で、気が強くて、泣き虫で、本当は優しくて、愛おしいお嬢様。私の命よりも大切なアゼリアお嬢様。

 どうか、お許しくださいませ。そして、どうかお幸せに。

 私は、傍におります。

 








 

 走った。

 走り続けた。

 涙で視界がぼやける。

 普段走り慣れてないから足も痛くなってきた。

「あっ……」

 今日は高めのヒールを履いていたせいで膝から崩れ落ちた。

 膝が熱い。擦りむいたのかも。

「もう……嫌、嫌よ!!誰かっ……オナー……!」

 嘘でしょう。ここで出るのがオナーの、よりによって裏切ったやつだなんて。私は思っていたより彼女のことを気に入っていたみたいね。

 ふと、スカートを触るとガサリと音がした。ポケットに何か入っている。

「何か、入れたかしら」

 中には一枚の紙切れが。この見慣れた文字はオナーのものだ。 

「ばっかじゃないの。『ごめんなさい』だなんて」

 手に力が入り、紙切れがくしゃりと歪む。

「ほんと、昔っから不器用なんだから……これじゃあ、これじゃ……」

 世界が滲む。スカートに水滴が落ちる。

 声が震えたまま、言葉を続ける。

「“呪い”が成立しないじゃない……」

 私は立ち上がって、涙を袖で拭う。ヒールを脱ぎ捨て、ドレスのスカートを膝ぐらいのところで破る。はしたないけど、今はこうでもしないと走れないから。

 そして、七色に光るアレキサンドライトを太陽にかざして、私は叫んだ。

「しょうがないからかかったフリでもしてあげるわ!見てなさいよ、オナー!私は世界一幸せになって、満足しきるまで生きてやるんだから!!」

 私はまた走り出した。





 あなたがいたから、私は今も生きていけるのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたがいたから 紫苑リオ @ShionRio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ