金の時計と、女狐と、屁

@KondouIshikawa

第1話

15時過ぎ、カズハとファミレスへ行った帰り。さっきまで白かった日差しは今はもう、なんとなく黄色がかる。煮込みチーズハンバーグのAセット二人分とあんみつも二人分。3869円。女の店員に金額を言われて、はーいと平坦に答えていたけど、カズハはすこし唇を尖らせていた。カズハは昨日も五反田で23時半まで知らない男か本指名の男とヤリまくって、0時を過ぎて帰ってきた。手押し車を押すおじいちゃんと、ペースを合わせてゆっくり横を歩くおばあちゃんを見た。カズハは微笑ましそうに見て言った。「かわいいね」「うん」俺も笑みを浮かべていた。カズハは俺とああなりたいんだろう。俺もああなりたい。まだ18で"こういう性格"のくせにそういう感覚は意外とあった。カズハの横顔。すこし面長の狐顔。食事の時のまま前髪を横に流して琥珀色の髪留めで留めている。額の黒い産毛。横からはすっと通っているように見える、高すぎはしない鼻。頬の余白──おじいちゃんの手押し車を押す左手に金の腕時計が光っていた。あれを盗もう。


今からあの二人に、『あったかいですね』なんて話しかけて仲良くなりお茶に呼ばれる──二階建ての築50年ぐらいの、全体が箪笥かの様な籠もった匂いの家。それでなんかのタイミングであの時計を盗む。それで、「またおいで」なんて言われて次は金の時計をしたまま行く。それで盗んだのがバレる。「ほしかったのかい」優しく詰め寄られる。「こんなもんいらねーよ!」腕時計を投げつけて逃げ帰る俺。カズハにバレないように少し笑う。芸人がカメラから顔を逸らして笑うやつ。俺はグレたことなんて無いし大きい音を出すのが苦手だ。とにかく投げられた腕時計は窓ガラスを割って裏の庭へ消えた。残されたのはカズハ一人。カズハはノーブラで、黒いキャミソール。挑発するような金のネックレスに柄じゃない小さいショーパンだ。「おじいちゃん、おばあちゃん、まーくんがとんでもない事をしてしまってごめんなさい。私がかわりに、謝ります。」座っているニ人の前で深く土下座をして、床に額をつけるカズハ。上から見下ろす穏やかな老夫婦の目に映る美しい、性のくびれ。扇のように広がる、尻。


二人とすれ違い、マサキは振り返った。支え合う理想の老夫婦の小さい背中。動悸がした。過ぎすぎた歪みに抵抗したマサキは勃起はせず、付け根の奥がまるで、子宮が疼くかのように引きつった。


カズハの土下座に狼狽える二人、「やめなさい!」まだ動けるおばあちゃんがカズハを慌てて起こす。起こされたカズハはおじいちゃんに向かって目を細め、艶やかに微笑む。「まーくんがとんでもない事をしちゃって⋯⋯私、なんでも、しますよ。」目を見開く老夫婦。カズハが続ける。「なんでもいたします。それで気がお済みになるなら。お御足だって、お舐めしますよ。淫売が。」細めた奥二重の目、弧を描く口。その表情はまさに女狐だった。優しいおじいちゃんは鼻をふくらませて唾を飲んだ。


おばあちゃんはカズハから手を引っ込めた。「あ、あなた何言ってるの!?」おばあちゃんはおじいちゃんと顔を見合わせる。「妙子、向こうへ行ってなさい。」目を逸らした。おばあちゃんの目を見ずに言った。妙子は唖然とした表情で二人を見比べて、部屋を出て障子を閉めた。ぱたん。「⋯⋯二人きりですね。」女狐が言った。「⋯⋯この年で子供もいなくて、孫みたいだと思って可愛がっていたけど⋯⋯なにかの間違いだね?」おじいちゃんが間違いか確認した。また唾を飲んでいた。「間違いでもなんでもありませんよ。まーくんが悪いことをしたんですから、私が代わりに、なんでもいたします。母親代わりなんです。私。」そう言ってカズハはまた上目でねっとりと見た後、深々と額を床に着けた。


「⋯⋯」おじいちゃんは何も言わずに、ひれ伏したカズハの少し広い背中と尻を見た。ひれ伏したカズハは、上目で、おじいちゃんの古い靴下を見ていた。「君は、何の仕事をしているんだ? 」「先ほども申しましたように、淫売です。特に下衆な⋯⋯肛門の奥まで舌を突っ込んだりする、そういう輩です」なんか、日本な口調。カズハはひれ伏したまま、顔を上げて続ける。「普段は生意気に沢山お金をいただいてますが──店では生意気にナンバー1なんです。それで、まーくんが今日やってしまった事は許されませんよね?ですから、もし私に出来ることがあれば、なんでもいたしますよ。」「もちろん、タダで。ホントは安い女ですから。」おじいちゃんは、少し汗ばんで椅子にふんぞり返るように座り直す。激しい動悸が襲っていた。カズハが、馬鹿にする様に笑った。すると古い靴下を履いた右足がゆっくりと上がり、カズハの顎を小突いた。合図だった。


「糞女っ、ほれっ」優しいおじいちゃんがおばあちゃんに内緒で囁いた。「わかりました。」カズハが上体を起こすと、おじいちゃんの爪先がぴったりと追いかけてきた。つまり精一杯の筋肉で脚を上げた。カズハは折りたたんだ太腿の上にぴたっと両手を置いて、おじいちゃんの古い靴下のつま先を、すんっと深く嗅いで、ゆっくりとまばたきを一回した。それから眉毛を少ししかめて、おじいちゃんを挑発するように睨んだ。はあああ〜、はあああ〜、カテーテルの埋まる心臓が高ぶったおじいちゃんは睨むカズハの目を見ながら激しく息を吐く。魚焼きグリルっぽいおじいちゃんの口臭がふわっと鼻腔をくすぐった。カズハは言うまでもなく、総毛立っていた。──裏庭の風鈴が鳴った。まーくんとアイカの顔が浮かんで、少し濡れた。──特にアイカちゃんが私を見て、ニヤニヤしてた。カズハは『身を捩って逃げる』などせず、中心の熱さを受け止める。


おじいちゃんは歳のせいだけじゃない、盛大に震えすぎた右手を差し出してぶるる、くいっくいっ と、逆手でカズハを手招きした。カズハは折り畳んだ脚をほどいて、立膝になる。おじいちゃんが震える、ほとんど肌色みたいになった唇を開いて、震える、内側に隠した恥の塊みたいな赤い舌をちょびっと出した。女狐は首を傾げ、音もなく、「は?」と答えた。真っ黒な髪が、さらっと音を立てた気がした。カズハの歪んだ唇は片側にだけほうれい線が寄り、軽蔑が込められている。その唇に視線をやったおじいちゃんの口が、『ぬこっ』っと水音混じりに鳴った。そしてふぅんっと苛ついた鼻息を吐いて、「キ、キス!」と囁いた。 爺さんでも『接吻』じゃないんだ。まあ当たり前かとカズハは思った。カズハは髪をかき上げておじいちゃんに顔を近づけた。 る。ほぉ〜 っと熱い息を吐かれて、顔を背けた。ノーブラの小さな胸を揉んできた。カズハは完全に無表情でぬめった舌を出し挑発した。爺さんがが胸に爪を立てしゃぶりつこうとする度、避けた。向かってくる顔があまりにも醜悪すぎてつい、「くせーんだよジジイ」と言ってしまった。174cmの地声声は低かった。ジジイが目を剥いて血走る。肌色の唇がもごもごと動いた。次の瞬間、ペッカズハの顔に白く泡立った唾が飛んで、左目と鼻筋にへばりついた。


チリ⋯⋯チリチリ静寂の中で自分にだけ細かい泡が弾ける音がする。ジジイは口をあんぐり開けて、征服に酔いしれてる。顔射した時の客の顔と似ていた。息を吸うと腐臭がした。でも拭かなかった。まーくんが喜びそう。白く泡立った唾はゆっくりと唇の端に垂れて、ピンクのリップを穢した。 無表情のカズハの唇がピクつく。ジジイの暗くなった目を見て言った。「すごいね、私25だよ」こいつの年は前に聞いた。ちょうど50の差。ジジイのあんぐりした口が微妙に形を変えた ──端が上がってた。


あぁ〜、やれたぁ〜


ジジイの口がほとんど動かず、しみじみ漏れた。世界でカズハしか聞こえない一言だった。「は、はよ、しゃぶれ!」ついに婆なんかどうでもよくなって大きい声で言った。ついでに喉がころっと鳴り、クリーム色の痰が飛び出て灰色に近い下唇についた。ジジイは恥も外聞もかなぐり捨て、ストンッと吸ってもぞっと食った。股引を見ると股引きに変なシミがあった。枯れた肉体の気配があって死ねよって思った。


障子を開ける時ジジイを見たら濁った目で私を見てた。「また来い」痰の絡んだガラガラ声で言ってきた。「もう来ねぇよ射精七十五」まーくんが喜ぶように、カッコよく吐いた。


──ジジイの黄ばんだ股引を前歯で噛んでめくったら、ひいひい言いながら喜んでた。75歳で初めて出会った淫売に心臓が暴れて、左胸をさすってた。アンモニアの臭いが鼻を通り抜ける。ババアはしっかりと世話をしていなかった。仲睦まじいフリをして。ジジイの股ぐらに、ズームする感覚があった。股引きの白い皺に作られた、尻の下の暗い洞窟。カメラが進んでいくと灰色の粗い縫い目のくたびれたクッションに、ほつれがあった。その1本のほつれに、焦げ茶色のカツオブシムシの毛羽立つ幼虫がしがみついていた。幼虫は削り取るように糸を食べる。ふいに、幼虫が口を止めてこちらを向いた。ミィ ミィ  ──マンマァ〜〜私、貴方のママじゃないよ。座った目でジジイを睨みながら一切芯の通ってない重い竿を吸い出すと、金切りみたいな喘ぎ声をあげて天井を見てた。クソジジイの一度終わった萎びた竿をしゃぶった。顔を前後するたびに起きる風圧で本体よりも、股引にこびり付いた最悪な臭いが跳ね返って鼻腔を通り抜けた。でもその度にズボン越しに股間を押さえる切なそうな顔の、悪い子なまーくんが浮かんできて燃えた。


ひいひい言ってるジジイが古い靴下の左足を伸ばして、ショーパン越しの股間を親指で弄ってきた。まさかと思った。手押し車のジジイが。私はチュポンと音を立てて竿を離し、斬りつけるような目で睨みながら首を傾げた。「殺すぞ」そう冷たく言い放つと爺の足は一旦止まったけど、口でしか言わない私に調子付いてより一層ガサツに親指で弄び始めた。全部を支える親指はジジイの癖に力強くて悪寒がした。それから結局、10分以上竿にしゃぶりついてた。終わりがなさそうに思えたけど、きりって、廊下の軋む音がして、それに気付いたジジイの竿にちょっとだけ芯が入った。ジジババにもそういう感覚あるんだと思っておかしかった。廊下に立つ妙子ババアに聞かせるように下品な音を立ててやったら、イッた。透明なのりみたいな精子がとろとろ流れた。客が出す濃い精子より悍ましかった。「飲め」って言われたけど、そのまま立ち上がった。


障子を開けるとすぐ右に妙子が立ってた。腰を曲げて銅像みたいに固まってた。銀色の髪がしゃりしゃりにくねってて、今すぐ首根っこを掴んで台所に連れてってシンクを洗おうかと思った。二三秒時が止まったけど無視してスニーカーを履き始めた。


「待ちなさい」妙子に呼び止められる。「はい?」カズハは答えた。無表情で。手に杖を握りしめてた。不穏な空気にカズハは立って、向かい合った。昔の人間は小さくて、玄関の"たたき"で一段下の174のカズハが、まだ見下ろしていた。「⋯⋯」妙子はカズハの身体を見ていた。「なに?」カズハが聞き直す。「この、糞女」語彙が一緒だった。その刹那!!ジジイが障子の敷居を跨いでずいっと現れた。お前かよ。カズハを横目で一瞥し妙子を無視して通り過ぎた。40年以上連れ添った二人の関係は今日、冷えた。妙子が振り返って様子をうかがう。75のジジイはトイレに入った。射精した直後だから。


妙子がカズハの目を見た。「お前は地獄に落ちる」──細木か?「先に逝っててよ」間髪入れずにカズハは答えた。「あ゛!」奇妙な短い雄叫びを上げて、妙子の杖が振り下ろされた。バチッカズハのこめかみ辺りに杖の先端が当たる。ババアは生まれて初めての自分の凶行と、右へ身を捩ったカズハに目を剥いた。やっぱり古い人間だけあって原始人に近い。あの叫び声は、初めて火をつけた猿に近い。道具を空へ向けてポンと投げたら芸術的にフェードして、宇宙船になるかもよ。カズハは上体を起こし、堪えていた右脚をすっと直した。右目だけで妙子を睨んだ。前髪が左目にかかり、片目だけだった。「お門違いでしょ。あんたもフェラであへあへ言わせてあげなよ」そう言って鼻で笑う。口中に鉄の味がしたからそれを集めてプッと、右下に吐いた。並べられたスリッパの、ぴょんとジャンプした兎が赤くなった。カズハは左手でこめかみに触れると、長い指に濃い血がついた。「我々は、あんたらを訴える。」言われた妙子が目を剥く。「北村弁護士を呼ぶ。」「ぎょ、行列⋯⋯」「そう。破滅しなねー」妙子は右手から杖を離した。ガゴンと、重い音を立てた。玄関扉を開けたカズハは敷居をまたぐ脚を途中で止めた。上半身を少し傾けて、右脚を半端に上げた妙な姿勢で、4秒経った。──ブォオオオオ!柄じゃない小さいショーパン越しに、溜まっていた屁を全解放した。「ヒイッ!!」妙子が悲鳴を上げた。カズハは吹き出しそうになるのを必死にこらえ左越しに振り返り、「じゃあな」と吐き捨てて玄関扉をビシャン!と閉めた。


玄関を出た瞬間カズハは身を屈め口を押さえながらあっあっあっあっと、笑った。顔が真っ赤だった。左のこめかみから流れる血を含めて。──じゃ、「じゃあな」って、男じゃん。まーくん助けて。ショーパンに包まれた屁が追ってきてふわっと香った。うわくさっ。ぶずっと吹き出した。まーくんが見てたら一緒に爆笑するかドン引きするか分からないけど、見せたかった。


いつの間にか灰色の空になってた。戦闘機が低空を音速で南へ向けて通り過ぎた。突風になびきそうになる髪を抑える。カメラはブレながらつま先から顔までカズハを舐めた。冷えたデトロイト・テクノがかかる。


上機嫌なカズハは珍しくスニーカーを履いた足で"逆コの字"型の他人の庭を、とっとっとっ、と小気味よく走り出した。たどり着くまでに視点が3回変わる。少し前にマサキがプレイしていた昔のタイプのバイオハザードを思い出していた。


カズハはピカッと光るキーアイテム、『金の時計』を拾った。わたくし、消耗品ではありません。──タダじゃあ帰らないよ。そして、とっとっとっ、と走ってマサキの元へ帰っていった。


雅基は横を歩くカズハをじっと見た。空想で屁をこかされ⋯⋯しかも音が出るのに臭いまで追ってくる至高の屁を。途中までは醜い老人を妖艶に挑発し征服させてやった女狐。それが最後は芸人にされている。憐れで可愛すぎるカズハちゃんを、横目でじっと見た。カズハは視線に気付いて、雅基を見返した。「なに?」「別に。」「そんなに好き?」カズハは珍しい事を言ってみる。「うん」マサキは答えた。「⋯⋯また変なエロい事考えてる?」──カズハは、俺が倒錯的な趣味を持っているのはどこかで知っている。でも、老人屁驚かしまでは到底想像できない⋯⋯屁をぶっ放させるのはエロい事かな、うん、エロい事だ。マサキは微笑むカズハをずっと見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金の時計と、女狐と、屁 @KondouIshikawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画