第7話 燃やして。


 ずっと空想の世界の中でしか「普通」で生きられない自分が嫌いだった。平凡、と言う設定なのに、私には手が届かないのは何故なのか。それは私が落ちこぼれだからと、自分は受け入れているのに、周りがそれから目を背けて「遙には才能がある」と言うレッテルを貼り付けてきた。


 手に入れたのは小さなコンクールの絵の入賞歴とか、書籍の掲載歴とか、そんなもん。


いわゆる賑やかし要因でしかないのに、それでも何かを伸ばしてやってあげてるんだと言わんばかりに周囲がイっちゃった目で「ガンバレ! ガンバレ!」と煽るのは、もういい加減いやけがさしてくる。


今あなた達にとって私はそんなにも物足りなぐらい、結果がないぐらい、頑張ってないですか?


「澪という現実を見たら?」と返しそうになった。才能ある人はああも優雅に、学生とアルバイトと趣味として受賞レベルの絵を描いて仕事にしている。


 無能が天才に勝つなんて漫画はよくあるし、天才に奇人は多いとはいうけれど、だからって、劣っていれば天才でもないし、奇人や変人が天才になれるわけでもない。


 人並みになれる方が一握りなのは「変人側」だから、色々見てきた。あえて深くは言わないけれど、まず自立できればいい方だ。何故目に入らないかって、それは社会に出られないだけだ。私だって、そう考えれば働いているし、学校も一応卒業してて、引きこもってもない。このスペックにしては優秀な部類だ。


 たまに才能を期待されないままぬくぬく甘えらて暮らせている無能が羨ましくなる。自分でも、そんなの私の逆恨みなのはわかってはいるんだけれど、ズルい、と思う。何もやらずに、好きな事だけして、自由で、私は何も悪くないって顔をして。


 でも私は、周りが才能を求めている事に気づいている。無能こそ、才能あれ。なんて矛盾なんだろうと思いつつ、大体の人間が無意識で思ってる。


 それでも結局は、元からの素材がいい方がいいに決まっている。泥団子よりは本物の団子が美味しいだろう。それも頑張って秘伝のタレをつけた、豪華でこだわりの特製団子。私だってそうなりたかった。


 どんなに泥団子に色塗りしても、コンクリートを塗り付けても、無駄なのに。


 そうまでして「偽物」を「本物である」ようにして、嗤われてるのを見たいのかな、本人が気づかず、純粋に「自分は天才だ」と思い素直に喜んでる姿を見て、得意げになりたかったのかな? どちらにしろ、ゲスだと思う。悪趣味だ。


「泣いてんの」


 ボンヤリした視界。ここは、憂太の家?


「憂太」

「夕飯できてる」


 エプロン姿の憂太が目に入る。


 あれ? 私ソファの上? 涎垂らしてる……。

 私、もしかして気づいたら昼寝してた? あ、いい匂いがする。


「今晩はチーズリゾット、お前、こういうの好きだろ。洋風スープとサラダも用意した。クルトン入ってるぞ」

 あの四角くてサクサクした美味しいやつ! 好物だけど、レトルトもお店もちょっとしか入れてくれないやつ!

「クルトン! 好き!」

「だろ。袋で買ってあるから、自分で好きなだけ入れろ」


 なんかコンフレークサイズの大袋ですけど。ロゴ英語だし、本格的そう。パッケージに変なおじさん書いてあるけど。


「わーい」


 私は眠気を飛ばして起き上がる。なんかもう、溺愛されているなって思う。ゆうたは底なし沼みたいに優しい。きっと、憂太なら普通の家庭で普通の旦那さんなんか余裕できたのに、なんで私なんかの世話をしてるのか、説明された今でもわからない。


 よくある、他より劣った男性が自分より劣った女性に執着して、自分の価値を無意識に持ち上げてくれるからというだけで惚れるケースならまだわかる。高齢まで独身で、若い可愛い子がいいけれど、普通の女の子は無理だから、社会性がない若いけれど問題のある生活能力のない可愛いめ女の子の世話を焼き、生活費どころか介護まで引き受ける、よくあるパターン。いわゆる一時期流行したネットスラングの『理解のある彼くん』の劣化版。


 自己肯定感も上がるし、若い子も手に入るし、周りからは善人として見られて、結婚もできる。お金とメンタルはすり減るけれど、それなりに幸せな生き方だと思う。


 でも憂太は、そんな風に妥協しなくてもいくらでも相手は選べる。


「お待たせ、遙」

「ありがとう」

「冷まして飲めよ、お前猫舌なんだから」

「クルトンクルクル」


 私は運んできてもらったスープにクルトンを大量に入れる。溢れる。手でキャッチして食べる。


「うま」

「俺にもちょうだい」


 私の手に残るクルトンをそのまま食べる憂太。


「犬の餌?」


 まさにこれじゃカリカリを食べるペットの犬っぽい。なんか生暖かいものが触れた気がするんだけれど、気のせいだよね。


「わん」

「やめんかい」

「俺は、遙の言うことは何でも聞くから。それぐらいの扱いでいい」

「自分がないなぁ」

「ないけど、ある。逆に遙に好かれるためだけに生きるってのポリシー」

「私が死んだら死にそう」

「死ぬよ」

「言い切らないでよ」


 ドキッとするじゃん。まるで純粋な子供のような澄んだ瞳で見ないで欲しい。

私は、あなたに慕われるような人間でも憧れるような人間で、恋焦がれるような女性でもないのに。


「スープ、美味しい」


 私は冷め切ったスープに口付ける。でも、本当に美味しかった。なんでプロにならなかったんだろう。きっと憂太は料理、好きなのに。家系的にも、憂太がお店を出す支援をする余裕だってあったし、憂太にも出す能力があったはずだ。


 その可能性を折ったのは、きっと私だ。私のための料理。彼はそう言うけれど、それだけでこんなに腕を磨けるのだろうか。私には恋心だけでこんなにも美味しい料理ができる世界が理解できない。


「舌にあってよかった」

「なんでプロにならなかったの」


 はあ、とため息が出るレベルの味。素晴らしい。他の料理もバクバク食べていく、最高。それをニコニコ見ている憂太は保護者か。なんかスマホ取り出してきたので、さすがに取り上げる。撮るな。


「むしろ、なんでプロにならなきゃいけないの、俺」

「好きなんじゃないの、料理」

「遙、食べるの好きだろ」

「そうだけど、作るの好きでしょ? 憂太も」

「自炊は適当だけど。練習用以外は」


 このクリティと熱の入り込み用で?


 キッチンのこの機材のお金のかかり方で? 機材だけで何十万かけてるの? 取り寄せだの、カスタムだの、色々やってるんでしょ、憂太。しかも、定期配達メニューは全部私好みの食材。っていうか。憂太って何が食べ物で好きだっけ? それすら不明なぐらい、全部私寄せ。


 こ・れ・で? はーあ?


「はあ!? 意味不明」

「恋愛脳ってよく言われる」

「だろうね」


 憂太から取り上げたカメラでドヤ顔の憂太を撮ってやる、あ、嬉しそう。


「あ、何、俺のルックス急に気に入った?」

「そんな事もない」

「ふぅん、昔からなるべくビジュアル変えないようにはしてるんだけれど」

「なんか意味あるの」

「遙の書く普通の男の子、いつも同じ見た目で、俺だから、維持しとこうと思って。結果、周りは俺が彼氏って付き合う前から思われてたし」

「はあ!?」

「刷り込みって大事だよな。遙、周りに他に男いないからデフォルトが俺なんだよ」

「それは否定しない」


 ううううう。なんかモテない男苦手な女なのがバレる。


「で、他の男見た時、意外と俺の方がレベルいいじゃんって思って欲しくて美意識だけは維持してんだけれど、結局他の男見ないからそれもないままに、いい歳に来て今に至る」

「自分で言ってどうするの」

 若干自分に酔ってない? スープにお酒入ってた?


 そもそも女の方も見てないけれどね。だから小説も閉鎖的で結果出ないんだろうけれども、わかってても、興味が出なくて。


 結局は勉強のために読んだ創作物の模倣のような作品を量産して、選考落ち。


「だって遙全然気づかないし」


 恥ずかしくないの? そのネタバラシ。なんか、若干申し訳なさはあるけれど。


「誰が狂わせたと思ってる?」


 ジットリとした声で、憂太は囁く。肌に触れる吐息に、髪の毛の湿度が心臓に悪い。なんかもう、罪悪感と嫌悪感と、色々ごちゃ混ぜの感情で死にそう。


「私ですね」


 なんかもう、ごめんなさい。


 頼むから、背後から手を回さないで、怖い。


「普通の男って、こんなんじゃないし、もっと自堕落だし、『何でも』人並みにできる人はそもそも普通じゃないからな」

「すみませんでした」

「まあ、俺は変わってる人に憧れるけれど」

「なんで?」

「怖いじゃん。異質って、ずっと叩かれて、弾かれるか、憧れて持ち上げられるかのどっちかで。異分子扱いってやつ? 混ぜてあげてるか、崇めるか、その極端」


 それは、理解できまくる。結局仲間じゃない、と言う距離をいつも感じる、なんか、動物園の中の珍獣を見るようなあの、異様な目つき。恐る恐る近づくもの、揶揄うもの、同情するように、呆れるように見てくるもの。


 全員に共通するのは、自分と私は分かり合えないものだと、どこかで確実に思っている事。


 それは、憂太も同じじゃないか、と正直思う。同じ、だなんてきっと彼は思ってはいない。だけれど、距離は誰よりも近いとは思う。怯えないまま、手を繋いで、だきついてくるから、私は心を許した。たとえ私に夢を見ていたとしても、それでも良かった。心から、私を受け入れようとしていると思った。


 それが私自身を見ていないのでは、と思う時はあれど、それであっても良かった。彼はそんな自分に酔っていたし、それはそれで幸せそうだったから。酔いすぎて私に攻撃さえしなければ、別にいいと思う自分も、自分に酔いしれてるのかもな、と思った。それで良かった。傷を癒すには、自分に酔うことも時には必要だった。


 ずっと普通に生まれたかった。欲しがっても欲しがっても離れてくばかりの普通という名の宝石を、私は持たずに生まれてきた。代わりにハリネズミのような爆弾を抱えて、この世に生を受けた。ろくにコミュニケーションの取れない性格に、なさすぎる運動神経に、バカな頭に、冴えない顔に、なんていうかもう、生きるテロ素材?


 自虐すると憂太が悲しむので、表立って言わなくなってからだいぶ経つけれど、内心の気持ちは変わらない。


「飲み物買ってくるね。コンビニ行く」


 外に出て、ぼんやりしていると。


「キャ」


 急に長身で浅黒く酷く太った男性が肩に触れた。びくり、となる。あの事を思い出す。


「大丈夫か、遙」

「あの人かと思った」

「……あの、書かない小説家志望の」

「そう」

「昔のことだ、忘れろ」


 忘れられない。


 私のトラウマ。


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