第6話 準備は整った、次は俺の番か

1週間とはいえ異世界転生をしてきてぐったりしているかと思ったが、桜小路は思ったより元気そうだ。

それどころか転生前よりも血色が良くなっている。


桜小路に話を詳しく聞くと、

転生した恩恵で魔法を使えるようになったが、

食事が絶望的に口に合わなかったらしく体調を崩してしまい、

二日で戦力外通告され、帰還が決まったらしい。


しかしながら、体調が戻ってからは現代の料理知識と、

火と氷魔法を駆使して、料理やデザートを作って食べていたところ、

料理の腕が認められて、帰還までは料理人として王宮で働いていたとのこと。

仕事は3食作るだけで、それ以外は自由だったため、

毎日8時間睡眠+昼寝という健康的な生活をしていたそうだ。

まるでこちらに戻ってきたく無かったかのように、桜小路は遠い目をしながら語った。


異世界の実体験を聞き、真っ先に心配になったのは食事だ。

桜小路と違って、俺は料理が出来ない。

元来、不器用だから今から練習しても上手くなる気がしない。

また、普段から蕎麦やコンビニ弁当など食べ慣れた物ばかり口にしているため、

仮召喚であっても食事の問題で1週間すら耐えられないかもしれない。


危機感を憶えた俺は桜小路と分かれた後、

夕飯に普段口にしないアジアンレストランに行ってみて、

ルンダンという聞いたこともない料理を頼んでみた。


ココナッツの甘い香りと、香辛料のスパイスが合わさり、

独特な匂いと味で、これまで食べたことが無いような料理だった。

しかしながら、これは美味しい。ご飯が進む味だ。


翌週、この話を桜小路にすると、

「ルンダンは世界一美味しい料理に選ばれたこともあるよ。」

と衝撃の事実を突きつけられた。

そりゃ美味しいはずだ。

「日本で料理を出している店は、日本人好みに味付けしている店も多いから、味覚の幅を広げたいなら、現地に行って観光客向けじゃないような店に行くと良いかな。」

なるほど。それは名案だ。

「まさか、、、早速行くとは言わないよな?」

「はい。まだパスポート持ってないので、来月以降になってしまいますね。」

「なんかお前、行動力ついてきたな。」



パスポートを取得後、俺は夏期休暇やシルバーウィークなども利用して、

台北、バンコクなど、アジアの各地で食べ歩きをした。

また、それらの国の寺院でもしっかり参拝をしたら、

『聽了前輩的故事,猶閣想欲去異世界轉生無?』

『ยังอยากเกิดใหม่ต่างโลกอยู่ไหม?』

といつものようにどこからか声も聞こえてきた。なんだかもう日常のようで驚かなかった。各国の言語にカスタマイズされている細かさが気になる程度だ。


各国のクセのある料理にも舌が慣れて、とうとう転生へ自信がついた頃のある日。残業中、PCがフリーズした。

「とうとう来たか。。。」

予期はしていたことなのに、PCだけでなく俺もフリーズしてしまった。

そして『異世界転生しますか? YES or NO』の確認ダイアログも出てきた。

ここは『NO』を押そう。転生の準備してきたといっても、あくまで備えだ。

それに最近は、旅行に行くこと自体に楽しみも見いだし始めている。

しかしながら、そう思う反面、残業過多の労働環境から逃げ出したいという気持ちもある。


少し迷っていると俺の異変に気づいたのか、急に川島部長がモニタをのぞき込んできた。

「どうしたんだ?確認ダイアログが出てきたときは悩まずYESを押しとけば良いぞ。」

と勝手に『YES』のボタンを押した。部長のこういう潔さは嫌いではないがタイミングが悪すぎた。


YESボタンを押した瞬間、部長がモニタに吸い込まれそうになった。

しかし部長も必死にモニタにしがみついて抵抗している。この危機回避能力の高さは流石元バックパッカーというところか。

「このままじゃ、、、このままじゃ部長が異世界転生してしまう!」

と叫びながら部長を助けようとすると、異世界転生というワードを聞いた瞬間、部長は抗うことをやめた。

「ぶ、ぶちょ~、、、」


今度は部長が転生してしまった。

「愛社精神の強そうな部長まで現実から逃れたかったなんて。」

予想外の部長の行動に混乱と動揺しているところに、

コーヒーを買いに離席していた桜小路が戻ってきた。

「うお!?田中山、どうした?」

一連の事情を説明すると、桜小路は呟いた。

「異世界転生の方がマシと思えるこの会社ってやばいよな。」

俺は少し考えて返事をした。

「はい、、、転生より転職した方が良いかもしれませんね。」

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来たるべき異世界転生に備えて @metabousagi

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