記喪転我意 ―Lost Memory―

スプマンテ ロック

第1話  記憶のリセット

中学の卒業式当日。


谷本 寸(たにもと すん)は交通事故に巻き込まれ、

ICUに搬送されていた。


それから三日後

谷本寸は、静かに目を覚ました。

「寸くん! 寸くん! 分かる?」


病室に響く看護師の声。

寸は小さく頷いたが、全身が痛み、息をするだけで精一杯だった。


俺は、どうしたんだ?

必死に記憶を辿ろうとするが、何も浮かばない。


まるで他人の身体に入り込んだような、不自然な感覚。

得体の知れない恐怖が、胸の奥にじわりと広がっていた。

看護師が医師を呼びに部屋を出ていった。

その看護師の背中よりも、

谷本寸の視線は壁掛け時計に釘付けになっていた。

時刻は8時20分。

朝なのか、夜なのか?

それすら分からない程、意識を保てていなかった。


やがて白衣を着た医師が近づき、声をかける。

「寸くん、大丈夫? 意識は戻った?」

その瞬間、理解した。


自分はいま、病室で寝ている。

だが、その前の記憶がない。


最後に残っているのは、中学の卒業式に出席していた記憶。

ただ、友人の顔が思い出せない、ぽっかりと抜け落ちている。


ほどなくして、病室に両親が駆け込んできた。

「寸! 大丈夫か!? 目を開けろ!」

大声で呼ばれているのに、現実感が薄い。


事故に遭ったのだと理解はできても、

恐怖も動揺も湧いてこない。

親の顔を見ても、安堵すら感じなかった。

頷くことだけが、精一杯の反応だった。


そして寸は、再び意識を手放した。


もう大丈夫です。

意識が戻れば、あとは体力の回復を待ちましょう。

医師の声が、遠くで聞こえたていた。



それから二週間が経過し、


身体は順調に回復していた。

病室の窓から外を眺めていると、看護師が声をかけてくる。

「リハビリの時間だよ」

「はい」

短く返事をして、リハビリ室へ向かった。


身体よりも、気になっていたのは記憶が不自然で今までの

学校生活がリセットされた様な感覚だった、

断片的に明らかに欠けている、会話した記憶はあるが

誰と話していたのか分からないのだ、

バレーボール部で、スパイクを打つが、

誰がトスを上げたか、記憶が無かった。

つまり、

中学以前の同級生に関する記憶が消えてしまったのだ。


見舞いに来てくれた友人が数名いたが、誰一人記憶に無い。

両親、弟、祖母のことは覚えているのも不思議だった。


学校の先生や、入学予定の高校についても記憶があり特に問題はなかった。

勉強理解や学力についても、元々得意ではなかったせいか、違和感は無かった。

見舞いに来る友人が多かったことから、

人間関係が悪かったわけではなさそうだった。


医師からは告げられていた。

「一時的な記憶障害で、記憶が戻るかどうかは分からない。」

意外にも、未練はなかった。


高校入学にあたり、中学の同級生の記憶は無くても困らなかった。

新しい環境で、新しい人間関係を作ればいい。


そう割り切ることで、自分を納得させていた。

ただ、中学から同じ高校に進学する仲間が三人いた。

永野 智久

野村 達也

八戸 省吾

小学生の頃からの仲間らしい。


三人には記憶障害のことを話したが、

特に気にする様子はなかった。

「まあ、記憶なんてなくても大丈夫だろ」

そんな関係性なのだと理解した。


分からないことを聞ける相手がいるのは、

むしろ都合がいい。

気楽に考えることにした。


高校の初登校は退院の都合上、入学式から二日遅れになった。

怪我はほぼ完治し、顔に残る傷も目立たなくなっていた。

それから、

新しい生活が少しずつ軌道に乗り始めた頃。


寸は、中学の卒業アルバムを開いた。

そのとき、気づいてしまった。


三人だけ、はっきりと記憶が残っている。


一人目 藤田鮎子(ふじた あゆこ)

中学三年の夏、ラブレターをもらったが、

酷い断り方をした記憶。


二人目 東堂美津子(とうどう みつこ)

小学四年の頃、ふざけて突き倒し、階段から落として腕を骨折させた記憶。


三人目 伊東美織(いとう みおり)

名前以外の詳細は曖昧だが、話していた感覚だけが残っていた。


この三人の記憶が、

谷本 寸(たにもと すん)の高校生活を、

大きく揺るがすことになる。



第一話 記憶のリセット 完

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