メタ・盛るフォーゼ

天霧朱雀

メタ・盛るフォーゼ

Title:メタ・盛るフォーゼ


0⃣


 この時はメガネを買うだけの余裕があった、大学を中退する前に買ったのだから。冴えない身長は俺の人生を表しているみたいで、男らしいよりかは、ずっと女々しい。百六十五センチ。おかげでコスプレするときにはいい感じのキャラクターに収まる事ができる。もちろん、女装枠が得意なんだけど。


1⃣


 あの人との出会い、落雁らくがん二七にしちと出会ったのはもともと自殺オフ会だった。集まったのは栗林と水木。栗林は出会った当初は体重百キロあった甘ロリを好んで着ている十八歳。だけど、今は見る影はない。でもニシチも俺も百キロの姿でイメージが固定されているから、栗林という名前なだけあって、栗色の髪の毛をゆるふわに巻いている。いまだにふっくらとしている鏡モチみたいな二重顎とほっぺたが忘れられない。栗林と比べると、水木はガリガリに痩せた男だ。刈り上げた短い黒髪に映える、むしろ痩せすぎている体型。百七十八センチをこえた身長で落ちくぼんだ顔面で着る服はいつもジョジョシリーズのキャラクター。着るだけコスで、似せるという努力をしない。そして、なにより、自殺に至るだけあって。いじめられていた。ふたりの普段着は、普段着からコスプレみたいな二人。甘ロリとときどきエヴァの綾波レイを着る栗林と、ジョジョのいかついコスプレをしている水木と、俺はコスプレの時は艦これからなにから得意は今期のなろう系ヒロインまで似合いそうならなんでも着ている。もっとも私服のときはわきまえて、東京グール西尾錦の私服をイメージしたコーデを意識していたが、栗林からは「茶髪眼鏡しかあってないじゃない」とクレームだった。


2⃣


 ツイッターでコスプレ趣味のハッシュタグで意気投合したメンツで、最終的に俺達は自殺オフ会として群馬の山奥に集まった。そういう流れは理解している、ただ。そこに、なんでニシチが混ざっていたのか、いまとなっては分からない。もともと自殺オフ会の主催は水木だったし、水木とニシチはリア友だと思った。だから、ニシチの歳が二十二歳だったから、水木も同い年だと思ったらそうではない。聞いてれば、彼は十七歳で栗林よりも若かった。むしろニシチと俺の方が同じ歳だった。群馬の駅に到着したときに、違和感を持ったのは、いま思えばニシチだけハイエースで現地集合していたからだろう。

 水木が語る計画は以下の通りだった。ツイッターのDMで箇条書きしていたからよく覚えている。朝十時に群馬の上毛高原駅に集合、ホームセンターで練炭を買って、栗林が持ってる処方されていた一カ月分の睡眠薬からみんな分を出して、山奥で目張りしたハイエースで練炭自殺。簡単な流れだった。

 けど、ニシチは自殺するつもりなんてなくて、あつまった俺達コスプレイヤーの集い兼、生活に困窮したメンツで火事場泥棒の犯罪を持ちかける事になった。ニシチはいいやつだった。少なくとも、俺達のことを「気持ち悪い」とか「頭悪い」とか言わなかった。変わった連中だ、こそ思っていたかもしれないが、俺達の事を見捨てなかった。だから犯罪する時だった、俺達がカネがなくてそもそも死ぬしかないクラスに追い詰められた事を知っていて、そのうえで出してきたのが「廃墟から金目のモノを盗むこと」という提案だったのだから。もちろん、ニシチの本当の魂胆は、もっと上の事を狙っていて、本物の空き巣にクラスチェンジさせられる事になるんだけど。それは、俺達が馬鹿だったからで、ニシチだけの責任にするのはどうかという話。


3⃣


 更生施設でおままごととも軍事訓練ともとれない微妙な刑務作業に明け暮れているのも、休憩のときに出されたおやつの落雁に「ニシチの名前て本当に落雁なの?」て聞いたのも、ニシチは曖昧に誤魔化して斜め気取りな笑いでしか返さない。

 正直いって、たぶん俺はニシチのことが好きだったし。ニシチも俺の事が利用価値として見て居たかもわからないが、有益に思っていたに違ないない。否、そう思っていて欲しいと思ってしまうほど、最終的に、一緒に居たのだから、そう思っていて欲しいという俺の願望だった。


4⃣


 自殺オフ会は練炭に火をつける前に、栗林がみんなぶんの睡眠導入剤を配ったあたりで計画変更する。ニシチが言い放った「死ぬ前に遊ぶカネぐらい欲しくないか?」という、淡々とした声色で、しかも何か策でもあるかのような含みな言い方だった。

 俺達の共通点はコスプレ趣味だけじゃない。栗林も水木も俺も、とにかくカネが無かった。栗林は両親が離婚して自分は宙ぶらりんとなった高校生、水木は親がギャンブル依存症でとにかくカネがなく、大好きなジョジョの漫画だって図書館で借りている。衣装だってミシンで手作り仕様。なけなしのおこずかいでやりくりしている。俺はうつ病の毛色でそのまま大学からドロップアウトしていて、実家で引きこもりのような状態。二人に比べたら、はるかに情けない限りだった。

 カネが無い俺達に持ちかけて来る提案としては、ヤケになっているこの状態で、カネという単語は魅力的だった。栗林が「でもどうやって?」と問いかける。働けるようなメンタルの人間はこの中には居ない。真面目な話をされたところで、こんな山奥まで来てしまってそれは無いよ、と根をあげてしまうだろう。

「この近くにさ、ぽつんと一軒家みたいな家があって。でも、前は人が住んでいたハズなのに夜逃げしたみたいな有様なんだよね。スイッチとか中古ショップで降ろしたら、多少はいい金額になるんじゃない?」

 そう言ってニシチはチャッカマンをカチッと鳴らして火をつける。

「まあ、ここで練炭に火をつけても俺は別にいいんだけど。何があるかくらい見るのはタダだし」と、手持ち無沙汰だったのだろう。火を消して、またつけて、を繰り返す。

「まだ日が暮れてないし、ちょっと散歩くらいはアリかもね」

 水木がそう言ってニシチの方を見る。ニシチはにっこりと笑う。初めて見たニシチの笑顔は、なんだか怖いモノを見てしまったかのようだった。ぺたりとした黒髪の間から覗く三日月は、色白だから余計にそう見えてしまうのだろうか。目を隠すような前髪に、ここにハサミがあったら遠慮なくぶったぎってやりたくなる。そういう部類の心情を隠した笑顔だった。


 おやつ時。午後三時少し前の今になって廃墟探索をすることになる、ニシチはどこまで本気で言っていたのかわからない。懐中電灯はハイエースに積んでいた一本しかないから、本当に気まぐれだったのかもしれないし、じゃあ前もって近くに廃墟があるなんても言わないだろうし、という二重の疑問を思いながら、栗林が「廃墟て言うけど民家なんだよね? こんなところに住むの通い大変そう」と言う。彼女は都会暮らしなんだろう。

「いい歳したら免許持つから平気なんだよ。みんな車持つようになるからね」

 俺がそう補足すると「維持費がかかるから、カネが要りようなんだろう?」とニシチは言った。資産計上という意味で言えば、ニシチの持ってるハイエースだって売ればひとつランクを押して別な車に変えることができる。まごうことなく資産じゃないか。そんな嫌味を思ったが、口に出す勇気なんてなかった。

 暗がりの廃墟はただでさえ雑木林のど真ん中にあるせいで、じめっとした薄暗さ。腐葉土の滅茶苦茶な足元が泥だらけなのをどうすることもできず、土足で家の中に上がり込む。この時点ですでに悪い事をしている気分だった。埃のたまった家の中を物色するとき、子供部屋が二部屋分あって、確かにスイッチの空き箱や古いゲーム機がそのまま箱に収められている。それなりに片づけされた部屋の様相はどこか金持ちの様相なのに、夜逃げという見立て通り、へんなところが歯抜けになっている。たとえば教科書とか、ランドセルとか。でも体操着の袋はそのままだったり、携帯ゲーム機はすべて持っていけてなかったり。想像している夜逃げとギャップがあるのは、俺達が言えた口じゃないのだろう。ニシチが照らす懐中電灯の明かりに目をやるたびに、コメントを言いかけた口をつぐんだ。

「スイッチも3DSもあるじゃん、売ったらそれなりにカネになるんじゃない?」

 水木が物色する。ニシチは「だろ。穴場だと思ったんだ」と言う。栗林が「わー、ごめんだけど持ってくね」と。台所でみつけたとおぼしきエコバッグに詰める。二人の行動をニシチは見つめていた。保護者ヅラみたいな様子に「落雁さんは何か持ってきたいものないんですか」と聞けば、「ニシチでいいよ、さんとかいらない」と答える。

「ニシチ……ニシチさんは」何者なんですか? と聞きたかった上から被せるように「名前で呼びたくない? いいけど」と首を軽く傾げる。

 なんだろう、この人。と、警戒してしまった。

「俺は、なんて呼んで欲しい?」

佐倉さくらみおだけど、好きなように……」

「じゃあ澪で。呼びタメでしょ?」

 水木が「落雁さんがそう呼ばせるのズルい」と声をあげる。栗林が「落雁様のほうが呼びやすい。推しみたいだし」と言う。ふたりのリアクションにニシチは「年功序列て事で」と軽口を叩いた。

「ニシチの見立てで高額なモノてあるのか?」

 ムカついてさんをつけるのをやめた。俺のささやかな嫌味を気にすることもなく、ニシチは子供机の引き出しからポケモンカードを出してくる。スリーブにいれたデッキ四パック分。

「俺はこれなんかが高いんじゃないかなって」

 水木は「確かにポケカ流行ってるし、アートレア何枚かあるみたいだし」と適応能力が高すぎる。

「夜逃げで捨てたものなんだから、なくなったってしょうがないだろう。これうっぱらって、一万円くらいにはなると思うから、ファミレスでうまいもんでもたべて、死ぬのはそれからにしよう」

 ニシチはこれからの方針を勝手に決める。言いなりになった水木は「ちょっと寄り道するくらいだもん、いいよな」と提案にのる。栗林は「一万円くらいかぁ、」とエコバッグを見やるが「査定してみないとわからないから、もっとハネるかもよ?」とニシチは言う。俺達はきっと、この男に騙されている。でも、言葉に出せなかった。

 そのまま騙されたまま、リサイクルショップでガラクタを売ればポケカとスイッチの状態がよかったせいか、六万くらいになってしまった。これが悪い成功体験だったんだ。


5⃣


 金額がハネちゃったおかげ様で、俺達は自殺オフするのを辞めて、ニシチのハイエースで暮らす泥棒しつつの共同生活をはじめる。はじめこそ家に帰るという行動に群馬の駅集合とかしていたけれど、気づければ風呂とトイレは銭湯とコンビニで。仲良しこよしで夜逃げや廃墟の物色をするように。ニシチが場所を提案して、運転までする。俺達はお菓子を食べながら乗ってるだけで現地について。現地についた作業員として、売れそうなものを選定する。ときどき大外れで、汚いカビだらけの物件にあたったときは、キッタネェ~、とか、キッショ~、とか。陽キャのノリが理解できた気がする。これは確かに、共通言語でカルタをするようなものだ。なにしても面白かった。決まってニシチも「ウケる」と左手の甲を口元に添えて笑う上品さに、男のクセに変な笑い方をするな、と見てしまう。あれは彼のクセだと知った。


 エスカレートして火事場泥棒から空き巣までしたけれど、すべてがそう上手くいくわけではない。空き巣のあたりで、金額がガクッと下がってきた。今思えば当然だ、俺達は空き巣初心者の集いなんだ。いままでうまく行っていたほうがおかしな話。隣県へと向かうとき、九十九折の道路で大型トラックに挟まれながら運転するハイエースは、よっぽどニシチの神経に触ったんだろう。水木が言った「今回安かったっすねぇ」という発言に、登坂車線で停まったかと思えば、ニシチは運転席から降りた。リアドアを開けて水木の首根っこを引っ張って無理やり下ろして、そのまま発進する。水木の「うおっ」という短い声が、彼の最後の一言だった。茫然とする栗林と、急発進した運転手に「ニシチ、」と呼び止めた俺に「悪いけどこれ俺の運転だから」と言いやる。俺の運転だから、俺が認めないヤツは乗せないと。そう言っているのだろう。この生活で、ニシチのクセはなんとなく理解していた。栗林は「落雁様がそういうなら、まぁ」と同調する。すっかりニシチのペースに乗せられていた。ニシチだってあんなに水木のこと、世話を焼いていたのにいいのか? 水道止められて、腐った風呂桶の水しか飲むカネがないといって居た水木に、可哀想だなって思う、と言っていたじゃないか。――栗林を見やる、気づけば彼女はすっかり痩せていた。あんなに好きで着ていたロリータ服も、今はコインランドリーで洗うから、細かいレースは少しほつれてパニエもないからスカートもヨレている。栗林はロリータ服よりニシチを取った。ただそれだけだった。でも栗林の視線にニシチは応えない。ニシチが興味あるのは栗林じゃないからだ。根拠と記憶はぼんやりとしているが、鮮明に覚えているのはいつだって男子便所の個室で、無理やり俺まで連れ込んで、身長差を利用して滅茶苦茶なキスをする。ニシチの興味は俺だった。でも、何が目的なのかはわからない、それ以上の踏み込みはしない。むせかえるような雑で長いキスをしたあと、決まってニシチは「澪は誰にも言わないって知ってるからな」という念押し。誰かもって、水木にも、ましてや栗林にも言えない。そんな関係性が盗みを初めて三回目あたりから、ずっと続いている。水木は気づいていたのだろうか、あの時、山で降ろされてしまってから、あってないからわからなかった。


6⃣


 空き巣が本格化してから高速道路のサービスエリアにとどまる事が多くなった。銭湯やまとまった買い物は高速道路を降りるけれど、基本的な睡眠や行動はサービスエリアに居るようにして、これが明らかガチな犯罪だと気づいた時には、もう俺も栗林も空き巣何度目かで、百万円のタンス預金でうっきうきしてしまった後だった。だから、栗林が「さすがに一回、親に会いたい」とか言いはじめあたりで、ニシチは栗林をメンツから外す事を選んだ。空き巣は見張り、実行、運転手、の三役が一番効率よかっただけに栗林の弱音はニシチにとっても痛かったようで「栗林ちゃんありがとうね」とだけ言って、察しの悪い栗林はポカンとしたまま、お餞別の四十万の意味もしらずに東京駅で降ろされた。すっかり痩せてしまった栗林は、出会った時とくらべたら別人だった。もしかしたらニシチの事が本気で好きだったのかもしれない、……知らないけど。プリキュアの曲がよぎる、メタモルフォーゼ。夢見るために生まれた、らしい。飛べるよう頑張る女の子、それが栗林だった。だから、俺達が空き巣の現行犯で捕まったのだって、空き巣分までの余罪しか追及されていないから、栗林の犯行は俺とニシチの二人だけの秘密だった。もっとも、そういう意味で言うなら、俺とニシチの犯行になってしまっているから、そこに彼女は居なかった。裁判所で宣言する、嘘偽りもございません。あの宣言の意味を、重さを、ニシチは理解しているのだろうか。大学中退した俺は、イマイチ自分の犯行が夢うつつな責任感もなく、佐倉さくらみおという男のコスプレに過ぎないのだろうか。なんて思ってしまう。


 そう思えば、現行犯で逮捕されたのも、潮時だったのかもしれない。ここで言う潮時は、潮の満ち引きが起こる時刻のほうで、海なし県の群馬から始まったことの出会いは宮城県の名取市閖上で十時ごろだった。よく覚えている、海沿いの邸宅でマグロ漁に出て居る旦那が居るハズだから、嫁が買い物にいった後に空き巣にはいったらいい。ニシチは「カネはあるはずだ、うまくいったらしゃぶしゃぶだって食べれるよ」と。だから、そういう算段だった。まさか旦那とそのまま出会い、玄関先でばったりあった俺を見て「泥棒!」となぎ倒し、その磯臭いからだと潮風で脱色した茶髪を視界に写した最後に警察を呼ばれるなんて。異変に気付いたニシチが俺を助け出そうとするも「お前も仲間なのか」とニシチもタイル貼りの玄関に組み伏せられる。やせ細った筋肉は俺もニシチも例外じゃない。とどのつまり、打ちあがった魚に過ぎない。抵抗虚しく、まるで赤子の手をひねるように。ぽつりと言ったニシチの「あーあ。ここまでかぁ」という呟きが、ニシチにとってはどこを目指していたんだろう。叩きつけられて腹ばいにさせられた、内臓の冷たさに今が一月だと思い出す。そういえば、ニシチとワークマンで冬服を選んだんだった。コーティング樹脂加工で撥水がよく効いているジャンパーだと、ニシチは商品の売り文句を読み上げて居た。考えてみれば、寒さのことなんて考えて居ない。冷たいタイルの底冷えを感じる。警察のご厄介になって「新年早々、空き巣か」と。警察は言った。場違いに「明けましておめでとうございます」と。あの時は俺もどうかしていたと自覚する。


 取り調べ室では時系列に並べられて、ニシチとの関係性を答えるよう言われたけれど、俺の口から言えたのは、自分の名前と、出生と、自殺オフ会する前にあったうつ病になって大学中退した流れまでで、そのあとの事は曖昧で、支離滅裂で、それこそ、夢みたいで。一つ言えたことが「彼は二十二歳で、落雁二七という名前。ニシチを知るものは、みんな落雁と呼んでいたので、あの人の名前は本名だと思います」という、胡乱な話しかできなくて。ニシチの好みの食べ物や、ニシチが好んで着る服の系統こそは知っているが、彼のパーソナルな情報は知らなかった。ニシチも俺の話は聞いてこなかったから、話す理由もなかった。考えてみれば、自殺オフ会にくるような連中での集まりだ、話したい自語りもないし、なりたい自分もアニメキャラクターになれるワケでもない。どこまでも俺は佐倉澪で、さっきまで空き巣の相方をしていたのは同い歳の落雁二七。ただそれだけだった。


 一方、ニシチがどう供述したのかは知らない。語られる調書に「そうです」と「間違いないです」と拇印を押して、それでおしまい。取り調べ室のデスクには、モノは一切乗ってなくて、漫画やアニメで見るようなデスクライトはないのと知る。ウソ夢と言うなら、そうかもしれない。俺だって「まるで天使みたいに笑って……」と言えばいいだろうか。生々しい程、リアリィだけはある。公判前整理手続にニシチと近い場所に位置取られた時に、ニシチは警察官と雑談していた。ぼそぼそと話すニシチの声は男のわりに透明度が高い。雑談の本筋こそは聞き取れなかったけど「よく落雁様とか落雁さんて言われるんですよ。俺だって好きで落雁なんて言われてないのに」と言ったニシチの言葉だけ耳に残ってしまった。好きで呼ばれていない、呼ばせていなかったクセに。好きで呼ばせていない? わからなくて、そこからずっとぼんやりと、裁判所でも「わかりません」と「そうだと思います」しか言えない。気づいたら刑務所で実刑が下っていて、傍聴席には両親が居たらしいけど、刑務所にはいってからの面会にはきてくれなかった。それだけの関係で、きっと自分は出来の悪い息子として縁を切られているのだろう。


 雑居房ではひどいいじめにあい、やっぱり女顔だからという理由でセクハラをされるのは、ただの空き巣の分際だと箔もつかないということだろう。見かねた監守が口を酸っぱくなるほど口出してくれて、おかげでプライドはズタズタだった。刑務作業をしているときだって、何番と数字で呼ばれる。自分の名前なんてラベルだと知るいいきっかけだ、思えばニシチは二十七、あの人は何番と呼ばれているのだろう。


7⃣


 懲役六年と三カ月で矯正プログラム。小休憩で出されたおやつの落雁にあの人を思い浮かぶ。一度だけあった、あの時に問いかけた。ニシチは何も俺に言ってはくれなかった。だから、彼の本名はいまだ知らない。そもそも戸籍だってあるかもしれない。落雁、なんて嘘くさい名前。アニメキャラクターみたいじゃん、とか思ったり。もしかしたら俺の幻覚かもしれない、なんて。でも、確かにニシチに触れた時の輪郭は覚えている。確かにあの人は存在している人間で、同じく刑期を全うしているハズで。

 少ない路銀を持たされて俗世間に再び戻れば、鉄格子の前で祖母が待っていてくれた。両親の代わりに身元保証人をかって出てきてくれている。腰の曲がったしわくちゃの女に、母親の面影をみつけてしまうと、いたたまれない気持ちになる。親不孝者と言うならまさしくだ。か弱い声で「お勤めおかえりなさい」と、しわがれた彼女の手に差し出されたのは透明のチリチリ包みにはいったお菓子。カラフルな落雁のお菓子。受け取り、思うのは、あの人にも誰か迎えは着てくれる人が居るのだろうか、と。


 ぽつり思うだけ、思い。以後、俺は落雁二七に会うことは、二度となかった。



























蛇足

2026.1.2→2026.1.3に見た夢を参考に書いたものなので、この物語はフィクションです。実際の団体、名称は関係ありません。

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