第16話:こいつらやっぱり……
「――えっ、サインですか、はぁ、いいですけどね。ヒーローとしてじゃない方向のサイン、嫌いなんですよねぇ。」
黒土製薬の一室、三人一組のオフィス――分ける案もあったが結局一所に集まるからと固辞された――に当たる場所でPCに向かって何やら打ち込んでいた天塚はそういいつつ、渋い顔で色紙に筆を躍らせる眼鏡の男を見つめつつ、黒土灯はいぶかし気だ。
「……はい、どうぞ。」
そういいながら差し出された少女への色紙には流麗な文字が躍る、かきなれているように見えた。
「……これ、ほんまに渡してええんよな。」
「ん?僕の名前を出してきたんならそう……だと思いますけどね。」
「……そんな、偉い人に見えんのやけど。」
「む、見えませんか、この僕の体から湧きあがる知性の煌きが。」
「見えへんけど。」
「見えねぇよなぁ。」
「ごめん、まったく見えない。」
「見えませんねぇ。」
灯、友人、そして後輩たるゆかりからすら否定された天塚はそっと頭を手で押さえ。
「ック、やはり低知能どもには限界がありましたか……」
そういって悲し気に顔を伏せる――最近わかってきたが対外こういう時は演技だ――天塚に、しかし、灯の視線は厳しい。
「博士号、持ってないんやろ。」
「ええ、まあ、大学院行ってる暇があったらヒーローになりたかったので。」
「博士号って大学院以外じゃとれへんのやっけ?」
「取れますよ、博士論文書けばいいので、ただねぇ、昔ぶち上げた理論を拒否されてから興味なくなりまして。」
「それ以来、どっかの大学から博士号の授与の誘い合っても断ってんのよね、この人。」
そういいながら肩をすくめる天塚に狂った人間に見るかのような視線を向ける扇に向けて放たれた天塚謹製、紙切れボールはすこん!と音を立てて頭をはじいた。
「……なんで、そんな経歴でヒーローなんてやっとるん……?」
「?なんでとは……?」
「いや、普通に学問の道とかで生きてったらええやん、頭ええんやし。」
「……ああ、違います違います逆なんですよ、灯さん。」
「?」
「いいですか――僕はね、頭がよくなったからヒーローになったんじゃありません、ヒーローになりたかったから頭がよくなったんですよ。」
そういって、彼はPCに向き直る――それが、彼の動機のすべてなのだ。
「IQ600ないと改造手術の対象になりませんし、科特隊にも入れませんからね……必死ですよこっちも。」
「……え、何言うてんのこの人。」
そういって、背後で小太りの男と何やらカードで遊んでいる姉に視線を向けてみれば、彼女は苦笑しながら首を振っている。
「……何を言ってるのかわからないでしょう、ええ、私にもわかりません、が、この人たちは本気でそれしか考えてませんよ。」
それが、この三人だ。
世に名高き秘密結社も、外宇宙からの侵略者もいないこの世界で、彼らは本気で、特撮ヒーローになりたがっていたのだ。
「これで、異世界からの侵略者とかいなかったらどうしてたんでしょうねぇ?」
「え、ふつーに人助けと化しながら、スーツアクターとかやってたんじゃね?」
「あーやってそう……」
などと言いつつ、二人でカード遊びに興じる二人を渋い顔で眺めた灯はふと、考える。
「え、ってことは其処のカイワレ大根さんにもなんかあるん?」
「カイワレダイコン……いや別に……大したことはないと思うけどな。」
「ぬかせよ、十種競技の世界記録保持者が。」
「君のせいで僕たちの平均運動能力に誤解が生じるんですよねぇ。」
「はぁ?世界記録ぅ?」
その記録が持つ権威は、勇者出現以降でも変わっていない。
世界で最も優れている人間の証ではあるのだ、勇者抜きで。
「いや、あれはおめぇ、お前らが勝手に動画取って流しただけだろ、公式記録じゃねぇって。」
「でも勝てるんでしょう?」
「……まあ。」
否定はしない。
そう、言外に告げて、顔を背ける。実際、負けるつもりは全くない。
「いや、だって、ヒーローが身体能力で一般人に負けてたら話にならんじゃん?」
「……それ、その競技の人とかから止められんかったん?」
「いや、俺正式にはやってないから。」
「まあ、出ないかって話はかなり大掛かりにあったのは間違いないわけだけども。」
「家の前に人だかりで来てましたからねぇ、一時期。」
「で、やらんかったわけ?」
「え、うん、ヒーローやるって決めてたし、特撮ヒーローになりたいし。」
「……よくわからんけど、ヒーローって別に十種競技全部制覇戦でもできるん違う?」
「いや、だって、気で宇宙人が押し込めないと変身できないじゃん?せっかく専用拳法まで考えて作ったのに、いまだに宇宙人が来ない……」
またしても意味不明なことをのたまう――まったく理解できない。
「……まさかと思うけど、あんたにもなんかあるん?」
視線の先には、何やらカード遊びに姉と興じている小太りの男――扇雄介がいる。
「む、僕かい?僕はなんもないよ、一般ぴーぷるですわ。友人二人がすごいから格落ち感がすごい。なぜ、そんな僕がリーダーなのか。」
そう首をかしげる扇に、しかし、待ったをかけるのは二人の友人であった。
「あなたが一番おかしいでしょう?何を自分をマジョリティにおいてるんです……」
心から呆れたように告げるのは天塚だ――その目には心から呆れが含まれている。
「お前に格落ちとか言われたら、俺らどんな超人だよ。」
一応つけられた衝立の向こう側で呆れ切った七星の声が漏れる――
「解せぬ。僕が何をしてというのか、ヒーロー平均値より戦闘能力も低けりゃ大卒試験落ちたの僕だけだぞ。」
「「五歳でゴブリン生身で殺しといて何言ってんだお前。」」
「………………はぁ!?」
それは、あり得てはいけないことだ。
ゴブリン、この世ならざる異常な生き物。
個々の能力は低い、ヒーローからすれば、ゴミのような雑魚だ、魔力が付きて、まったく戦闘技能を使えなくなったヒーローですら追い詰めるのに五体はいる。
だが――同時に、彼らは最弱の『怪物』なのだ。
一般人が出くわせば確実に殺されるだけの残虐性と暴威をその身に秘めている。
これまで、幾度となく『警察にも対処可能』と語られてきたが――裏を返せば、『警察でなければ対処不能』なのだ、銃という文明の利器を持つ警察でしか。
「……うそやん。」
「いや、それはマジだけど……?あんなん気合と根性があれば勝てるべよ。」
「どうやったん?」
「え、いや、普通に、ガラスの破片思いっきり握って目にぶっ刺して、地面にぶん投げられた後、その辺に落ちてた棒で死ぬまで殴った。って言ううかほんとは倒せてないぞあれ、棒で殴ってたらゴブリンが気絶しただけ。」
「ほかにいたゴブリンに殴られながらな。」
「僕らが追い付いた時えらいことになってた自覚あります?」
「なんか死にかけてたらしいね。」
「左の肋骨が全損、腕が噛み傷でちぎれかけ、背骨が第一残して全損傷、左眼底にひびが入って眼球が飛び出しかけてました。治療系勇者を僕の基点で呼んでなきゃ死んでますよあれ。」
「あーそうだっけ?覚えてないから何とも。」
「あぶねぇからやめようって言ってんのに。」
「いやだって後輩のピンチだったし……」
「何で、耐えられとるん?」
「自己暗示でいい感じに……?」
「何でできるん……?」
「精神力が強くないと少年同盟員になれないから、覚えようと思って……」
そこまで聞いていて、灯は確信した――ああ、こいつらあたまがおかしいのだ。と。
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