特撮オタクたちは、英雄と勇者の間で夢と踊る

@SIGNUM

第1話:突然の解雇

 夜の街。人目の遠ざかる暗い世界路地で大学生らしき一組のカップルが腕を組みながら歩いている。


 仲睦まじい二人。人気の無い暗い公園に足を踏み入れ談笑している。


「でさ、来週別の大学の友達に合コンに誘われてんだ。」


「酷い、浮気じゃん。」


「断ったに決まってるだろ、お前が一番だって!」


 慌てた青年の言葉と、空気が揺れなにかが染み出すのは同時だった。


 暗がりに隠れて、何かがはい出る。


 何者かが異世界から地球に転移してきたのだ。


「ん?」


 男性はゴミ箱が倒れる音に気付く。暗がりの中、月明かりに照らされ巨大な影が姿を現す。


 暗い緑色の肌、薄汚れた腰巻き。


 三メートルはある巨体にブタ――いや、イノシシに似た醜悪な風貌。成人男性と同等の大きな棍棒を引きずる悪鬼。


 オークだ。


「嘘……」


「魔物!?」


 二人は驚き後退る。


 目の前に現れた異界の住人に恐怖心が身体を侵食していく。


 一方オークは二人の姿に舌なめずりをする。


 忌々しい勇者から、運良く人里に来れた。


 しかも目の前には獲物が二つ。


 知性の低い彼からすれば――いや、魔物という種の特徴として、彼らに明日のことを気にする知性などない。


 若い肉と女体は彼にはちょうどいい餌だ――腹ごしらえの準備までしているとは、異世界とはなんといいところだろう!


「え、エリ逃げ……」


 男性は恋人を守ろうと前に立つ。


 魔物が人に何をするかは知っている、そんな悲惨な目に彼女を遭わせてはいけないと本能が叫ぶ。


「フヒッ」


 オークは彼を嘲笑い蹴り飛ばす。


 男性は蹴られたボールのように吹っ飛び地面に転がった。


「タク……嫌!」


 肥大化した手が駆け寄ろうとする女性の胴を捕まえた。振り払おうとするも体格と身体能力の差は歴然。オークのその指すら、彼女にとっては胴の太さに等しい。


 身動きすらとれないまま、湿った呼気が彼女の肌を撫でた。


「キヒヒヒヒ」


「嫌……」


 鼻息を荒げ女性の衣服に手を伸ばす。


 人だって皮をはいで動物を食う、オークだってそうする、当然だ。


 その時だ。


「セイハー!」


 何者かがオークの目を蹴り抜く。


 如何に人間よりも遥かに頑丈な身体とはいえ、露出した内臓たる眼球は違う。


 女性を手放し、眼を押さえて、もんどりを打って倒れる――その刹那、女性の胴を、もう一度、しかし先ほどとは異なる柔らかい気配が包んで、グンと路地の外に導いた。


「――ずいぶんとマナーのなってねぇ客だな。招いた覚えもないのに人様の家に土足で入ってきて、おまけで家主に狼藉か?」


「家主って表現はどうなんでしょうねぇ?ま、教えてくれるはずの親が蛮族では仕方ないでしょう。」


「ほいほい、与太事言っとらんでやるぞー――変身!」







 ――2006年


 世界は魔物の襲撃に見舞われた。


 何処から来たのか、なぜ現れたのか、その当時まったく理解されなかったその生物群は、アリゾナ州の小都市、ビショップフォールズの外れでその存在がはじめて確認された。


 その地の農場で、最初の集団死体が発見され、その後の48時間で、事態は急速に悪化した。


 小型のものを除き、通常携行火器のことごとくを無力化し、大規模な兵器によってしか倒せないそれらは、まさしく、化け物だった。


 大国は自国に核兵器の使用を断行する一歩手前まで追い詰められたそんな時だ、彼が――この世で最初のヒーロー、『死神コルトReaper Colt』が現れたのは。


 所属不明、能力不詳、しかし、魔物を打倒する力を持った彼は、瞬くまに自身の住んでいた町を救い出し、そのまま、地方を救わんと戦い続けた。


死神コルトReaper Colt』の活躍によって収められた第一次氾濫以降、おとぎ話の内側の住人はちらほらとこちらの次元に現れるようになった。


 ヒーロー時代の始まりだった。






 振り下ろされる一撃に、先行した緑のヒーローは即座に天頂高く飛び上がる。


 オークの視線が、天に向かって動いて――次の瞬間、痛みにひずんだ。


 下を見れば、腕に何かが刺さっている。


 自ら発光するそれは、厳密には物質ではない。


 薄膜状の光圧層――即ち、光の凝集体だ。


 緑のヒーローの後ろ、発光する人型のヒーローから放たれたそれは、光圧の精霊の力だ。


 まるで紙切れのように薄い光の膜が、肉を切り裂き骨で止まっている。


 痛みと怒りによる絶叫は、しかし、すぐに驚きのそれに代わる――背後に回った緑のヒーローがその体から波打つ羽衣のようにはためく固有の武装、『風圧帯』を顔に巻き付け、眼を封じたがゆえにだ。


 目を解放しようと動くオークに向けて、三人目のヒーロー――銀色の彼が、するりと滑るように懐に侵入する。


 胸のあたりに手を置く、指を伸ばし、腕を軽く曲げる――必殺の構え。


「――嘯圧」


 深剄。


 腕を伸ばす、体重だけを内側に打ち出すように――打つ。


 ドスン、と音が響いて――オークの口から血が噴き出す。


 厚い皮膚を素通しし、血液に衝撃を伝えて振動にて内部を崩壊させる一撃。


 皮膚の上に何の痕跡も残さないのが彼の誇りだった。





 これが今の世の中だ。


 魔物が跋扈し、ヒーローがいて――


「――はい、オーク一体で……あー……了解です。」


「何だって?」


「解雇だってさ。」


「「はぁ!?」」


「勇者が入るんだと、人気のないヒーローは解雇ですってよ奥様方。」


「あー……オンドゥルの一話みたいになってんじゃん。」


「あれは組織の崩壊だから別枠でしょう、ブルースw……いや、あれもか……首になったヒーローっていませんね、さては?」


 ―――勇者が、はびこっている。

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