味気
@Shin3n
味気
味気朝、目覚ましより先にスマホを開く。
通知欄にラインが一つ光っていた。
〈今日ひま?〉
布団の中でその文字を眺めて、少しだけ間を置く。
〈ひま〉と返すと、すぐに既読がついた。
〈放課後行こーぜ〉
〈りょ〉
それだけで、今日の予定は決まった。
「今日さ、放課後どうする?」
教室で友達Aが机に肘をつきながら言う。
「いつものとこ行こーぜ」
友達Bが笑った。
「いいよ」
俺はうなずく。それだけで話は終わりだ。いつも通りだった。放課後、気づいたらあたりは暗くなっていた
「じゃあな、また明日」
「おう、またな」
二人の姿が見えなくなるまで、俺は手を振った。完全に見えなくなってから、ようやく手を下ろす。
駅までの道を歩く。さっきまでより、足が重い。ポケットの中でスマホが震えた。友達Aがグループラインに写真を送った通知だ。俺はスマホを取り出さず、そのまま歩き続けた。
アパートに着き、鍵を閉め、電気をつけないまま床にカバンを置く。そのまま服も脱がず、暗い部屋の中で横になった。
玄関を開けると、廊下の電気がついた。目の前に母親が立っている。
「こんな時間までどこに行ってたの」
靴を脱ぎながら「ゲーセン」と短く答える。
「今の成績わかってるの?もう高校二年生なんだから」
その言葉を聞こえないふりをして、俺は部屋のドアを閉めた。
ベッドで仰向けになり、スマホを取り出す。グループラインには、さっきまで一緒にいた三人の笑顔の写真。スタンプを一つだけ返し、インスタグラムを開く。流れてくる他人の投稿を、親指でただ上に弾き続けた。
楽しかったはずなのに、一人になると喉が渇くみたいに空っぽになる。満たされては、すぐに乾く。その繰り返しだった。
いつも通りに風呂に入り、鏡に映る自分の顔は見ない。見なくても、だいたいどんな顔をしているかわかる。
電気を消してベッドに入るが、眠る代わりにスマホの光に逃げ込んだ。
おすすめの動画を次々と再生する。その間だけは、親の声も、机に積まれた教科書も視界から消えた。スマホが心を満たしているような気がしていた。
「起きなさい」
ドアを叩く音で目が覚めた。画面はいつの間にか消えている。
朝食は食べない。冷たい水で顔を洗い、身支度を整える。いつも通りの準備して家を出た。
電車に揺られながら、学校に行きたくない気持ちと、友達に会いたい気持ちの両方を感じていた。
校門をくぐる。友達Aの笑い声が聞こえた瞬間、スイッチが切り替わる。重かった足取りを戻し、表情を整える。
「よっ、おはよ」
普通の自分の仮面を付けて、教室に入った。
授業はただ聞き流すだけだった。黒板の文字を機械的に写し、時間が過ぎていく。
放課後、また誘われるまま、いつもの場所へ向かう。騒がしい店内、光る筐体、意味のない雑談。笑い、盛り上がり、その場に馴染んでいる俺。でも、どこかでそれを冷めた目で見ている自分もいる。
楽しいはずの時間。それでも、ふとした瞬間に「塾に行かなきゃ」という言葉が頭をよぎる。集中しきれないまま、時間が来ると「じゃあ、塾あるから」と輪を抜けた。
帰宅してすぐに塾の準備をする。行きたくない。でも行かないと、何か取り返しのつかないことが起きる気がした。
塾でも、講師の言葉は耳をすり抜けていく。ノートは埋まるのに、頭には何も残らない。俺は薄々気づいていた。これは努力不足じゃない。もっと根本的な障害や病気が、自分の中にある気がしていた。
でも、それを親には言えなかった。認められるはずがないし、今さらそんな名前をつけて、無駄な期待をされるのも、裏切るのも、どちらも怖かった。
帰宅して夜ご飯を食べる。
「テストの結果、どうだったの」
「あんまり変わってない」
それだけ答える。「大学はどうするの?ちゃんと考えてるの?」続く説教を背中で聞きながら、詰め込むように食事を終え、部屋に逃げ込んだ。
暗い部屋でスマホを手に取る。
画面をスクロールする指を止めない。その間だけは、自分自身の得体の知れなさを、全部遠くに追いやることができた。
次の日、学校に行くと友達Aは明らかに落ち込んでいた。理由を聞かなくても、なんとなくわかった。好きな人に振られたらしい。
少しだけ、かわいそうだと思った。
俺だって、気になる人がいないわけじゃない。
でも、手に入らないとわかっているものを追いかけ続けるほど、賢くも、強くもなかった。
季節はすぐ巡り塾の冬期講習が始まった。気になる人は自分の席の隣だった。別に話しかけたりするわけじゃなかった。いつも帰りバス停でバスを待っている姿を見かけるぐらいだった。
今日もいつも通り塾が終わり俺はバス停の横を通り帰ろうとする。ふと前を見ると、刃物を持った男が気になる人の後ろに立っていた。次の瞬間、何が起きたのかはよくわからない。気づいたときには、俺は刺されていた。
痛みは確かにあった。
でも、なぜか満たされた気がした。
別になにか欲しかったわけじゃない。
体も心も、満たされないのが普通なんだ
それでも――
言葉が欲しかったんだ。
この、味気のない人生に。
味気 @Shin3n
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