狂気! 熊ガール!

やみくも

即興短編『狂気! 熊ガール!』

(本編を読む前に) 

 この小説では熊に関連する話を扱っていますが、現実の熊害を茶化すような意図は全くなく、また、完全なフィクションです。 

 また、この小説ではグロテスクな描写があります。苦手な方はご注意ください。


(本編)

『狂気! 熊ガール!』


 彼女は、一介の山ガールに過ぎなかった。それがどうだろう、今や、熊ガールに成り果てた。彼女自身、そういう認識であった。 

 某県にて、彼女は山を登っていた。最近恐ろしいのは、なんといっても熊であるとして、些細な慰めとして、熊よけの鈴をリュックにぶら下げ、そのドリンクホルダーに牛刀を入れて行った。彼女はその時大学生で、登山は部活動の一環であったから、某大学登山部として入山届を出し、三人で登山をすることになった。経験豊富な先輩が彼女とともに先に山に入り、彼女の幼馴染の女子学生が後から来る手筈だった。熊よけの牛刀は、三人で示し合わせてホームセンターで買った。あまり人の多いところではないので、ホームセンターで買ってそのまま帰っても咎められることはない。とにかく、気持ちだけは入念に、彼女らは山に入った。

 しかし、先発隊はあっさりと壊滅してしまった。岩場を登っている最中に落石があり、先輩が落ちて頭を打った。彼女らとは別の社会人の女性が一人で来ていて、その人が先輩を看るといってテントを張ってくれた。ちょうど山が深くなり始めるところだったから、彼女はこれ以上進む前に下山し、責任ある大人に先輩のことを任せようと考えた。 

 けれど、下山し始めてからしばらく、何か来た道から良い匂いがしたような気がして、ひょっとしたら先輩たちがご飯を作り始めたのか、それなら少し腹に入れてから下山しよう、と戻った。 傘が壊れる時、骨が皮を突き破ったりすることがある。そんな感じで、テントは崩壊していた。くしゃっ、となっていた。

「熊だ」 

 そう思ったけれど、うめき声が聞こえて、近づいた。中に社会人登山の女性が転がっていた。彼女は、腹部から胸部がなくなっていた。肋骨がひしゃげて体を突き破り、腹部はほとんど皮だけになっていて、その様はまさに熊に腹だけ食われて捨てられた鮭のようだった。奇妙な色の内臓の破片が飛び散っていて、おそらく横隔膜がないからなのだろうが、喉鳴りの異音だけが響いていた。 

 彼女は恐る恐るテントに踏み入った。先輩の姿が見えなかったからだ。しかし、振り返れば、これが彼女が山ガールから熊ガールに変貌した瞬間だったかもしれない。中にいた女性は、不思議なことに顔は全く傷ついていなかった。額にじっとりと汗がつたい、涙でアイメイクが落ちて特有の香りがして、同時に、顎から頬にかけて一線の血が飛び散っていて、とても美人に思えた。まだ、浅く呼吸をしている。手が震えた。

「この人も、こんな状態だと辛いよね」 

 そう言い聞かせて、リュックから鞘を取り出し、牛刀を抜いた。顔はダメだ。こんな美しいものに傷をつけてはいけない。抉られた胸の上、喉の方を切り裂こう。そうして、小学校の図工の時間で使ったパレットのように血が溜まった胸部に牛刀を浸し、一思いに喉を切り裂いた。喉鳴りが止まり、筋肉の反応か、死に至ったからか、女性の目が開いた。その瞳に映った自分がたいそう楽しそうな顔をしていたから、彼女はそういう生き方をすることに決めた。 

 彼女は、熊ガールになった。 

 それがきっかけのエピソードで、彼女はしばらく単独で山を登り、そんな獣害を何度も目撃し、そしてとどめを刺した。男を殺したこともあったけれど、女の肉を裂いた方が楽しかった。ただ、都合よく「発見」ばかりしていると、獣として捕まってしまう。彼女は強かな「熊ガール」であったから、登山にしばらく時間を置いていた。

 彼女が熊ガールになってから1年ほど経って、恐ろしくも彼女が内定を得た頃、幼馴染の女子学生がそれを祝い、フレンチを奢った。もちろん、そんなに高い店ではないし、フルコースなんてものではないが、学生としては立派で、彼女もとても喜んでいた。けれど、

「最近、なんだか笑顔が少ない気がする」  

 と、女子学生はふとこぼした。

「そう? すごく楽しいよ」

 と返したものの、幼馴染のその思いは相当根強いものであった。そして、考察も鋭かった。

「山に行かなくなってからだよね」  

 ギクリとするような指摘だったが、それは幼馴染にとって心配以上の何でもなく、そして幼馴染は、

「あんなことが続いて山に行けなくなったから。本当は山に行きたいんじゃないかな。元々、笑顔なんて昔から全然なかったけど、登山に出会ってからは心から笑ってたから」  

 と、都合よく解釈してくれた。しかし、とても熊ガールの彼女はそれを肯定するわけにはいかない。のらりくらりと交わしていた。けれど、やはり幼馴染の女子は鋭い人だった。「誠意を感じない」と言って、あっさりと帰ってしまったのだった。

 流石に、熊ガールの彼女もこれにはまいった。「ガール」の部分が歯軋りをしていた。何より、「ありがとう」と素直に言えなかったことが心残りだった。

 しばらく経って、幼馴染の女子学生も就職が決まり、少し落ち着いてきたので、小さな山に登ろうという話になった。その時の計画ははっきり言って登山人としては最低で、そもそも入山届を出していなかった。熊ガールの彼女が予定の時刻に起きられなかったため、幼馴染が先に山に入って、しかも雨天だったために連絡困難になってしまった。その上、そのことを誰にも相談せず、熊ガールの彼女も山に入ってしまった。

 お察しの通り、熊ガールの彼女は、今や熊ガールを卒業し、ガール、もしくはレディに戻るところだった。けれども、濃霧を進んだ先に破壊されたテントを見つけて、胸が高鳴った。この際、男でも女でも良い。意識さえ残っていなければ。そう思い、彼女はテントの中に足を踏み入れた。

 長靴が血の池でジャブジャブと音を立て、それが一層興奮を煽り、初めての時のようにぺしゃんこになった被害者の体に指をそわせ、顔に指を這わせた。その頃、濃霧が引いてきた。そこに転がっていたのは、熊ガールの幼馴染であった。

 そこで、初めて熊ガールは、ガールであることを辞めた。傷ついていない顔に刃を立てたのだ。この顔を誰にも渡したくなかった。そうだ、熊ガールの彼女は幼馴染のことが好きだったのである。そんな彼女を見る人の目が許せなかった。顔を滅多刺しにしたけれど、案外頬や額は骨貼っていて、あまり切れなかった。だから、口の中に刃を入れ、その中から引き裂こうと思った。けれど、血で濡れた唇が、熊ガールを誘惑した。

 熊ガールは、彼女に口付けをした。そして、舌を絡ませ、幼馴染だけにしかわからないよう、

「ありがとう」 

と、舌を動かした。


(おわり)

(本作品は2025年12月31日にnote上で発表したものです)

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