第4話:許可の瞬間
遮断したはずの世界から、ひとつだけ、信号が届いた。
直接ではない。
通知でもない。
ソウタの端末が、静かに震える。
着信履歴。
ユウ。
一瞬、指が止まる。
想定外。
スキャンが走る。
発信源は信頼済み。
危険度――判定不能。
判定不能、という表示が、妙に長く残った。
「……」
拒否する理由は、ある。
応答する理由も、ある。
どちらも、十分すぎるほど。
ソウタは、端末を裏返した。
画面が机に触れる、わずかな音。
それだけで、振動は止まる。
だが、処理は止まらない。
内部で、何かが引っかかっている。
数分後。
メッセージが届く。
短い。
絵文字もない。
「最近、返信遅いけど大丈夫?」
その次。
「無理してない? 心配だから」
――心配。
その単語が、システムの中心に落ちる。
ログが、一瞬、乱れる。
善意。
見返り要求なし。
操作意図、不明。
排除アルゴリズムが、空転する。
「心配」というデータは、攻撃パターンに一致しない。
だが、防衛対象でもない。
矛盾。
解析が進まない。
優先度が、決まらない。
「なぜ、今」
思考が、苛立ちを帯びる。
今は忙しい。
今は余裕がない。
今は、閉じていたい。
合理的だ。
だが――
「心配だから」
その言葉は、何も奪おうとしない。
何も変えろとも言っていない。
ただ、近づこうとしている。
それが、怖い。
攻撃ではないから。
シールドを下ろせば、侵入されるかもしれない。
だが、このままでは。
このまま遮断し続ければ。
――ユウさえも。
胸の奥で、警告灯が、色を変える。
赤ではない。
橙。
不安定な色。
ソウタは、椅子に深く座り直す。
背もたれに体重を預ける。
肩の力が、少しだけ抜ける。
画面を見つめる。
指が、キーボードの上で浮く。
「……大丈夫だよ」
打ちかけて、止める。
それは、これ以上踏み込ませないための言葉だった。
それは、防衛用の定型文だ。
事実ではあるが、正確ではない。
息を吐く。
もう一度、打ち直す。
「ちょっと疲れてるだけ。でも、ありがとう」
送信。
その瞬間、内部ログが、一行、更新される。
《例外処理:許可》
部屋の空気が、ほんの少しだけ、緩む。
デスクライトの白が、わずかに暖色に寄った気がした。
錯覚だ。
だが、悪くない。
画面に、既読がつく。
返事は、すぐには来ない。
それでいい。
完璧な応答でも、完全な理解でもない。
ただ、排除しなかった。
それだけのこと。
それだけなのに、胸の奥で、何かが静かに収まる。
観葉植物の葉が、わずかに揺れた。
エアコンの風だ。
たぶん。
警告灯は、まだ消えていない。
だが、点滅は止まり、弱く、安定して光っていた。
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