緑の図書館
いとい・ひだまり
緑の図書館
『そんなに怖がらないで、焦らないで。
大丈夫。
闇はいつも痛みや弱みを糧に増殖する。
覚えておけば役に立つ。
あなたを
唯一あるなら、あなた。
それに成りすました何者か。』
古い図書館に忍び込んで、棚から取り出した一冊の本のページをめくり現れたのは、詩。なんだか今のわたしの状況に似てる。……でも膝を怪我しててもわたしは別に焦ってはいないし、怖がってもいない。
この自然に飲まれた国に入ってからは木の根に気を付けながら歩いていたけど、うっかりつまずいて転んでしまった。擦りむいた膝は持っていた水筒の水で綺麗にして包帯を巻いたけどちょっと痛くて。だから、道の途中にいた精霊に聞いたこの図書館にやってきたんだ。中には癒しの水が流れていて、そこで膝を洗えば怪我は治るんだって。
もう図書館の中に入ったし、少し探せば見つかる筈。だから大丈夫。デリーもいるし。
そう思ってわたしは持っているランタンに目をやった。
「ねえ、デリーって怖いものある? 水とか? 自分が消えちゃったらって思う?」
「僕はどこにでも存在してるから消えはしないよ。だから分かんない」
ランタンの火にかんたんな顔が浮かんで、彼は幼い子どもの声で返事をする。
彼は火の精霊。わたしの友だちで、旅に出る時に一緒に付いてきてもらった。
苔に塗れ自然に飲まれたこの古い図書館でも、どんな旅の途中でも、彼は真っ暗闇をオレンジに照らしてわたしの心を安心させてくれる。
「それにしてもメーリャ、寄り道してていいの?」
「旅なんて寄り道が醍醐味なんだからいいの」
「なるほど。覚えとこ」
怪我をした膝は痛むけれど、まだ大丈夫。
折角だからと気になった本を開いていたわたしはもう一ページめくってみる。
『ありがとう、と言ってみましょう。
相手はきっと喜びます。
あなたの心もそっと温かくなるでしょう。
ごめんね、と伝えてみましょう。
相手もきっとこちらを向いて、その言葉を受け取ってくれます。
あなたの心もゆっくりと
お互いが手を取り合って、日々を生きていきましょう。』
これは多分詩集だ。
かつて栄えていた王国は何があったか緑に飲まれて、今は廃墟となっている。苔むした室内は夜なのもあって薄暗い。
どんな人がこれを書いたのか分からないけど、知らない場所に来て知らないものを見るのは面白い。
「でも、そろそろ行かないとね」
わたしは本を棚に戻すと立ち上がる。
どこから来たのか、所々木の根が出ている館内を進んだ。
「ひざ、痛くない?」
「痛い……」
ズボンの下で今もズキズキと痛む傷に目を向ける。 でも奥に行けばいずれ辿り着く筈。わたしは前を向き
「メーリャがんばれ〜」
と応援してくれるデリーの声と歌を聞きながら進んだ。
でもいくら進んでも目的地に辿り着かない。水の音はするのに、それは大きくも小さくもならないで、ずっと鳴り響いている。
わたしが歩みを緩め辺りを見回していると
「ねえ迷ってる?」
「ま、迷ってない。ただの図書館で迷う訳ないわ」
「ぼくのこともっと前に持っていって、遠くまで照らしてみて。扉があったら見逃してるかも」
「分かった」
出来るだけ自分の体から遠ざけて、目を凝らして先へと進む。
「ねえ、やっぱり君同じところを回ってるよ。さっき読んだ本の棚の前に戻ってきてる」
「……なんでだろう」
わたしは考えてみた。今までずっと真っ直ぐ進んできた。途中に逸れる道があったかは……分からない。もしそこが目的地への入り口だったら見逃していることになる。
「この部屋、円形になってるのかも」
デリーが言う。
「水の音、ずっと大きさが変わらなかったから、多分部屋の真ん中に泉があるんだと思う」
「なるほど。でもわたし、真っ直ぐ進んでると思ってたのに」
「この部屋ずいぶんと広いみたい。それに暗いと分かりにくいから仕方ないよ」
「じゃあもう一回行きましょ。扉や道があるか、ちゃんと確認しないとね」
そういう訳でもう一回、わたし達は大きな部屋を道に沿って時計回りに進むことにした。
「あ、ここに道があるわ」
左側に通路がある。わたしは新たな発見に頬が緩み足を進める。
「待って。それ、ぼく達が入ってきたところだよ」
「えっ?」
「ほら、足跡が」
言われてランタンの光を近付けると、確かにわたしの靴の跡が少しだけ苔を沈めている。
「なんだ……。じゃあもう一回って訳」
振り返って、暗闇にランタンを向ける。
「がんばろう」
「うん……」
そうは言ったけど、半分歩いた辺りでわたしは地面に座り込んでしまった。
ループしてはいないけど、何も見えない暗闇の中、ただただ水の音だけを聞き続けて嫌になってしまった。ずっとランタンをかざしていたせいで腕は疲れたし、擦りむいた膝もズキズキと痛む。
「進まないの? あともう少しでゴールかもしれないよ」
「でも、行き方が分からないもの。それに疲れちゃったの。少し休まないと」
「そっかぁ。じゃあぼくは待つよ」
この数十分の間、ただ口を出すことしかしていなかったデリーが気楽そうに言うのを聞いて、少し腹が立ってしまう。
「……あなたがそこから出ていって確認してきてくれたらいいのに」
「そんなことしたらこの図書館が焼け落ちちゃうよ。そうならない為にメーリャがこの家をくれたんだ」
「……分かってるわ」
わたしはそのまま壁を背にして膝を抱えていたけれど、知らない間に眠っていたみたい。彼の声で目を覚ますと横になっていた。
「ねえメーリャ見て見て!」
「何……」
眠い目を擦りながら、はしゃぐデリーの小さな指の先を見る。照らされた地面には地下への扉らしきものがあった。一メートルより少し大きいくらいの長方形の扉だ。
「見つけたの⁉︎」
「うん。これで君の怪我が治るね。痛そうだったから心配してたんだ。ここが扉だったなんて、すっごくラッキー!」
「ぁ……」
嬉しそうな彼を見て気付いた。わたしが探索している間色々言ってきていたけど、それはわたしの怪我を早く治したかったからなんだ。
わたし、焦ってイライラして当たっちゃったな。
「デリー、ごめんね」
「え? いいけど、何かあった?」
「イライラしてさっき意地悪言っちゃったの」
「あ、そうだったの? 全然気づかなかったや」
「デリーって本当に鈍感」
「それもぼくのいいところでしょ」
明るく笑う彼に元気付けられる。確かに、殆ど何も気にしない彼がいてくれると暗くならなくて済むことが多い。心も、もちろん周りも。
立ち上がって、リュックを背負うとランタンを手に取る。
「じゃあ、行こう」
石で出来た扉の端に長細いボタンのようなものを見つけた。ちゃんと扉が開くかドキドキしながらそれを押し込むと扉の
そこには一メートルくらいの穴と下に続くハシゴがあって、わたしはランタンをリュックに付けると下りていく。
リュックが入る大きさでよかった。
とん、と下に到着すると左側は行き止まりで右側に道が続いている。多分図書館の中心方向。
少しだけ歩くとその先は広場のようになっていた。植物が天井から垂れ下がっていて、黄色く光る果実をつけている。少し低くなった中央の地面からは水が湧き出ていた。
「やったね、メーリャ!」
「うん!」
デリーと顔を見合わせて、地面にリュックを下ろす。
まずは水を飲んで、お腹を満たす為に果物を一つだけ食べた。あんまり味はしないけど、瑞々しくて生き返る。
そして次は……ズボンをめくって包帯を取る。まだ、あまりかさぶたが出来ていない。
そっと掬った水で洗ってみた。
「いてっ」
「だ、だいじょうぶ?」
「うん。ちょっと沁みちゃっただけ」
何回か洗い流していく内に傷はどんどん綺麗になって、最後には跡もなく治ってくれた。
もう痛みはない。何も気にすることなく歩けそうだ。
「よかった。これでまた安心してメーリャと冒険ができるよ」
「そうだね。……ありがとうね、デリー」
「どういたしまして。……って、なにが?」
「デリーが扉を見つけてくれたでしょ。あとこのお水と、頑張ってくれたわたしの足にもお礼言わなきゃ。ありがとう」
デリーがぱっと炎を強くした。辺りが一段と明るくなる。
「じゃあぼくも、ありがとうを君に。一緒に進んでくれてありがとう。また歩いていけそうでうれしいよ」
それにわたしの頬がちょっぴり緩む。こういうところが大好きで、こういう瞬間がとても嬉しい。
……本の言う通りだったかも。色々と。
「じゃあそれにまたありがとうって言っちゃお」
「えー、ずるーい」
「ずるいのかな?」
「わかんない」
二人で笑い合う。やっぱり、一緒にいると楽しいな。これからも、色んな場所に冒険に行きたい。一人じゃ挫けそうなことがあってもデリーがいれば安心できる。
わたし達、多分最高のチームだよ。
そう思った時、なんでだろう……図書館から優しい笑い声がした気がした。
*
読んでくださりありがとうございます☆
緑の図書館 いとい・ひだまり @iroito_hidamari
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