第3話 異世界生活

 由喜乃は異世界生活を楽しんでいた。

 けれども、その楽しみはシオの庇護のおかげということは十分に理解していた。


(こんなによくしてもらって、大丈夫なのかな。小さい時に世話を焼いていたって言っても一緒にご飯食べるだけだったけど)


 ただ一つ、由喜乃が不満なのは異世界トイレ事情だ。

 水洗トイレは存在しなかった。

 しかし魔法を使えばすぐに綺麗にできるので我慢できるレベルではある。

 シオに簡単だって言われて、生活魔法と呼ばれる魔法を最初に教えてもらっていた。

 洗浄とか浄化とかそういう魔法だった。

 掃除や洗濯に応用できる便利魔法だ。


(本当、異世界だね。現実離れして、夢みたい)


 由喜乃はたまに現実かどうか確かめるために、そっと頬をつねることがあるくらいだ。


(毎日、美味しいものをご馳走になり、魔法を教えてもらう)


 二人は一緒に住んでいるが、二部屋あるので、寝るのは当然別だった。

 一年前と違って、二十三歳と二十歳で、年齢が近いから気まずいと思っていたのは由喜乃だけで。それが少し恥ずかしかった。


(まあ、私は彼と会った時は十九歳に近かったから、ほぼ一回り違うよね。そういう心配する方が恥ずかしいよね。うんうん)


 気恥ずかしく思いながらも過ごす日々。

 けれども楽しく、日々を過ごしていた。

 

(生活は楽しい。だけど、帰る方法を探すのは難航しているみたい)


 時折シオに聞いてみるが、返事は芳しくなかった。


 日本の方が時間がゆっくり流れているため、急ぐ必要はない。けれども長くここで過ごすわけにはいかない。

 その思いを胸に、由喜乃自身も帰る方法を探す手伝いをすることに決める。


 シオの仮説が正しければ、対になっているものを両世界で同時に触れば、異世界転移できる。

 つまり日本、地球から来たと思われるものを探して、それに触れる。

 その方法が一番確実に帰れる。

 彼女はそう考え、図書館に出かけることにした。

 シオに誘いをかけたが、彼は空いていなかった。

 王宮魔法使いの彼は早々暇ではなさそうだ。

 しかし文句は言えない。

 文字がちゃんと読めないが、どうにか方法はないかと彼女一人で図書館へ行くことにした。


 由喜乃の立場はシオの恋人。

 これを知った時、彼女はかなり動揺した。

 しかし一緒の部屋に住むにはそういう関係ではないと、と説得され、気持ちを納得させた。

 今まで一人で出かけたことがあったが、買い物だけだ。その時も警報装置の役割をするペンダントを渡された。 

 子供扱いされ過ぎと思いつつ、ペンダントを付けないで図書館に行ったらまずいかもしれないと、身に着けて家を出る。

 魔法を使えるので一人ででも大丈夫。

 そう言い聞かせて、図書館へ歩く。

 

 図書館に到着し、本を探していると視線を感じた。

 自身の恰好がおかしいのかと思っていたが、そうではないととわかったのは話しかけられたからだった。


「あなたがシオ様の恋人。どうしてあなたが?」

「絶対にあきらめないわ」

「不細工ね」


 図書館なのに、何人もの女性に話しかけられ、周りからは白い目で見られる。

 いたたまれなくなって、出ようとしたところで救いの手が差し伸ばされた。


「あ、こんなところにいたのね。ユキノちゃん」


 女性的な話し方、だけど野太い声がした。

 由喜乃が顔を上げると、そこにいたのはシオの師匠サリーだった。

 魔法学校を卒業した魔法使いは通常は師事を受ける。二年ほど魔法使いの元で学び、それから一人前の魔法使いになる。

 シオも同じで、彼の師匠はおねぇな魔法使いだった。

 髭とか生えていない綺麗なおねぇ。

 しかし、背が高くて肩幅も大きいから、女性には見えない。


「サリー様」


 シオに頼まれたのか、はたまたサリーの気まぐれか。

 

「助かりました。サリー様」


 彼女はサリー様にお願いして、目的の本を探すことにした。

 サリー登場からは変に絡まれることもなく、由喜乃は順調に図書館を見て回ることができた。

 目標の本も見つかり、サリーの名前で本を借りる。

 由喜乃はまだ文字はしっかり読めない。けれども、「異世界」という単語は知っている。それが明記されている落とし物、お宝を探そうと借りた本は美術系の本や歴史の本だった。


 サリーに家の近くまで送ってもらうことになった。

 由喜乃がお礼にとお茶に誘ってみたが、珍しく苦笑して断られた。


「なぜだろう?」


 家に帰ってから、「異世界」という言葉を本をめくって探してみる。

 電子書籍だったら、検索かけて一発なのに。

 そんな気持ちが過ったけど、頭を左右に振ってから一文一文見ていく。

 そうしていくつか候補を見つけ出した。


「隣町に行きたい?」

「そう。この指輪。どうやら異世界からみたいで、確かめてみたいの」

「そう。うん。じゃあ行ってみよう」


 シオは少し考えた上で、同意し、二人で隣町へ移動することになった。

 隣町には泊まりかけだった。

 馬を駆るシオの前に彼女は座らせてもらう。 

 揺られること二時間で、やっと隣町に到着。


(お尻が痛い)


 ひたすらそれしかなかった。


 宿を取った後、伝説の指輪を保管している領主の元へ行く。

 シオが領主と話している隙を縫って、由喜乃が指輪を触ってみたが、何も起きなかった。


「美味しいお店があるんだ。夕飯はそこで食べよう」

「やった」


 シオと過ごして二週間、完全に立場が逆転していた。

 しかし馴れとは怖いもの、由喜乃は違和感を感じなくなっていた。


(シオくんは吉雄くんだけど、あれは八歳の吉雄くん。いろいろな経験をして、今のシオくんができあがった。シオくんとして向かい合おう)


「はい、赤魚のカリカリ揚げに熱々ソースかけだよ」


 腕っぷしがつよそうな店員さんが運んできたのは大きな魚。

 骨まで食べれそうなくらいカリカリに揚げられている。


「由喜乃。この魚の骨は食べられないよ。身だけだ」

「うん。わかってる」


 由喜乃の思考を読んだように言われて、苦笑するしかなかった。


(彼が小さい時、私も同じような扱いしたんだろうな。まあ、八歳の子供だし。今の私は二十歳の大人……)


「美味しい!」


 もんもんと彼女はそんなことを考えていたが、一口食べて吹き飛んだ。

 美味しすぎて、集中して食べていく。

 シオは楽しそうに笑う。

 

(吉雄くんがあまり笑わなかった子だから、こうしてシオくんが楽しそうなのは嬉しい。異世界に来れてよかったね)


 その後も、由喜乃はシオに頼み、異世界のものらしき、指輪、イヤリングが保管している場所に同行してもらった。ハンカチなど可能性がほとんどないところにもシオに同行してもらう。

 三週間が過ぎた。

 日本に比べ十五倍こちらの世界が早く進んでいる。今の日本はあれから一日半ほど過ぎたことになる。

 日本の時間がゆっくりだから、時間がかかっても大丈夫と自分に言い聞かせて、彼女は動く。


 この世界にきて一か月後、由喜乃はシオから質問された。


「まだ帰りたい?親が待っているから?それとも恋人が?」

「帰りたい。だって、心配していると思うし。恋人はいないけど」

「そう。そうなんだ」


 シオは寂しそうに笑う。


(シオくんは帰りたくないんだろうな。だって、シオくん、日本で辛い思いしていたし。迎えにきたお父さんとも何かあったみたいだし)


 時間が経つと気持ちが焦る。

 シオに迷惑をかけている自覚もあり、由喜乃の焦りは大きくなる。


(異世界から来た人は、魔力が高いらしい。だから、私は結構魔法を使えるようになっていた。一人でも大丈夫。子供じゃないんだから)


 そうして彼女は一人で、対となるものを探すようになった。


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