知恵の王でもわからない

@turumigahara

『カツドン』


 私の名前はドゥルセ=デ=レーチェ、エルフだ。


 1000年という時間、魔法の研究に費やしてきた。魔王が世界を脅かし、勇者が魔王を倒し、そしてなんだかんだ色々あってこの世界は平和となった。

 

 まぁ私は別に勇者の旅に同行していないのでなんの関係もなし、冒険はいつのまにか始まりいつのまにか終わっていた。

 その後色々大変な事にはなっているが、その件についてはまた今度の機会に話そう。


 いまは本題について語りたいーーーー。


「...さて」


 魔法についての誰が読むわけでもない論文と研究成果を描き終え一息つく、私はこの世全ての魔法を研究し尽くし今や全ての魔法が我が手中にあってもよい程だ。


 しかし、それ故に退屈だった。


 今描き終えた論文も、大方過去の実験結果から結果を仮定し、実際に実験を行って、仮定通りになっただけの、なんの面白みも発見も無い研究だ。

 正直、描いていたのは研究というよりただの暇つぶしに近い。


 孤独、レーチェの研究は全て1人で行っていた、その全てに結果を出して魔法の発展につなげた。

 だがそれもただの暇つぶし、他にやることもないので「賢王」とよばれるまで極め切った魔法の研究を延々と続ける。


「...」


 背筋を伸ばし研究室を後にする、銀色の髪と大きめのサイズのローブを靡かせ寝室を訪れると2人分のベッドに男女が横たわっている、1人は私の鍛えた魔法使い、もう1人は...そう...


 ーーーいわゆるだ。


「ぐがががが」


 寝巻きを着て寝息を立てるこの男はある時、別の世界からこの世界に転移してきたのだ。なぜ転移したのかもわからない、自分の身になにが起きたのかもわからない、ただ哀れな気もしたので保護しただけのただの人間。


「...」


 ーーープチッ


「んぎゃ」


 この男の髪の毛を一本抜き取りそれを飲み込む。記憶を読む魔法、この男の過去一ヶ月の記憶を、対象の髪の毛を飲むことで見ることができる。

 過去に一度見たことはあるが、その中でも興味深い光景が目に浮かんだ、それを再確認したかったのだ。


「...」


 それは食卓だった、目の前に映るのは陶器に入った白米、その上にーーーまるで主役と豪語するかのようにーーー黄金の衣と黄金の生地に包まれた分厚い肉、冠を象徴するかのような緑の薬味、それを口にした途端にサクサクした音が脳内に響く。


「...


 料理であるのは明らかだ、だが、これが一体何なのかが全くわからない。

 

 米、肉、それはわかる、だが肉を包むものはなんだ?そしてさらにそれを覆う半透明が混じった黄金の生地?液体?いや、なんだこれ、なにこれ?

 そして冠を象徴する緑の...薬味?


 わからない、こんな料理をどこで食べたのか、どうやって作ったのか。

 肉、それは焼いたり煮込んだりするものだ、...いや、私は普段研究室に籠りっきりなので調理法についてはてんで知らない事が多い。


 時は移り朝の食卓、それは魚に塩を塗して焼いただけ。横におまけのように盛り付けられた野菜、これも畑でとったものを切っただけの味気のないもの。

 もそもそと口に運び、今日も異世界人は侍らせた魔法使いと共に修行に出た。


「...」


 それが何かを知ることは、きっと私の研究にはならない。だから私は聞かなかった。


 これは、私自身で辿り着くべき答えだ。


 ...


「ふんっ!!」


 ーーーバキッ!


 すぐ魔法に頼るのは三流、一流は魔法を使わず締め落とす。魔猪の首元を素手でへし折りそれを持ち帰る。

 魔物を捌く容量で魔猪の皮を剥ぎ肉塊をフックで吊るす。


「さて...」


 まず焼いてみよう。


 ーーーボンッッ!!


 炎系統の魔法で軽く燃やす、香ばしい匂いを出して油がポタポタと滴り落ちる。


「...」


 おかしい、黄金の色にならない、紅い色に変わっているが次第にその表面は黒ずんでいく。


「...そうか!」


 記憶が一つ、呼び起こされる。


 とある島で見た鍛冶師の工房。刀剣を生むための鉱物は、まず竈門へと投げ込まれ、容赦なく焼かれる。表面は炭のように黒く変わり、触れれば崩れそうなほど脆くなる。


 だが、それを割り、中から掘り出されるものは――

 鈍い光を宿した、銀色の玉鋼。


 私は静かに頷いた。


 同じだ。外を焼き、内を得る。


 黒ずむのは失敗ではない。工程だ。

 本質は、その奥にある。


 私は再び火力を上げた。


 ーーー生ゴミができた。


「...」


 黒焦げ、炭となった肉の塊。


「ー...」


 いや、違う、そうじゃない。

 きっとこれを削れば中から黄金につつまれたーーー削った結果黄金は現れず炭の山が出来ただけだった。


「...」


 失敗、日の目を見るより明らかだった。いやいい、若い頃自分だって数々の失敗のもと成功に辿り着いたのだ、これくらいなんだ。


 ...


「ゔぉえ」


 だが、食べ物を粗末にしてはいけない、私は1人で食べ切った。


 ーーープチッ


 男のつむじから毛を抜き取り再び光景を思い出す、イメージを再構築すれば次の実験だ。


 私は魔猪を解体するのをやめた。

 内臓を抜き、血を落とし、骨格を保ったまま串を通す。重量はあるが問題ない。筋力も、魔力も、私には余っている。


 前回は玉鋼と同じ要領で調理してしまった、そのため急激な熱に耐えきれなかったのだ。


 私は火を引いた。

 炎系統魔法の出力を極限まで落とし、赤熱を避ける。燃やすのではなく、温める。


「じっくり...じっくり」


 魚を焼くときも、強火ではない。

 身を壊さず、内側まで熱を通すための火加減がある。距離を取り、時間をかける。脂が落ちぬよう、焼き色も付けない


 静かに、ただ、熱だけを与える。


 しばらくして、肉に触れる。

 表面は乾き、硬さはない。


 刃を入れる。


 赤は消え、中心まで均一だ。

 炭化もしていない。


 口に運ぶ。


 柔らかい、噛める、臭みもない。


「...」


 だがーーー...。


「不味い」


 脂は甘味にならず、肉はただの繊維、さらに皮に付着した焦げた毛が食感の魔力を損なっている。


「……」


 私は肉を見つめ、結論を出した。


 ーーーそもそも焼くという行為自体が間違っているのでは?


 ...


 ーーー翌日、再び見えた光景の中で一つ気になるものがあった。


 ーーージュゥゥゥパチパチパチ


「!!!」


 男が目の前のご馳走を食す光景の奥、カウンターの後ろで女性が巨大な鍋に入った液から何かを掬い出す。


 それこそが黄金の衣。


 しかし、視線はそれではなく、鍋の方に向いていた。


「あれは...か!?」


 そこからの行動は早かった、ここは冒険者などが活動している拠点、食堂のカウンターに腕を乗せてじっくりと調理場を凝視していた。


「...あのー...レーチェ様?」


「気にするな」


 料理長は、鍋から一切目を逸らさない私に気まずそうな視線を向けていた。


「おい」


「は、はい!」


「あれ、少しもらえるか?」


 ...


 私は鍋を前にして、深く、深く頷いた。


「なるほど...なるほどなるほど……」


 誰も聞いていない。

 だが今この瞬間、世界で最もこの鍋を理解しているのは私だ。


 ーーー辿り着いたのだ。


「結局、答えは単純じゃったな」


 研究とは孤独なものだ。そして孤独な研究者は、しばしば声に出して納得する。


「油か……そうか、油だったか……」


 私は魔猪の肉塊を持ち上げる。


 試行回数、実に52回。

 その度に男の髪の毛を抜き取り口に運んだ、だがようやく近づけた気がしている。


「では、実験開始だッ!!」


 ――ジュワァァァァッ!!


「おおっ」


 勢いよく肉を叩き込むと油が歓声を上げた。

 跳ねる、踊る、まるで演舞のように騒がしい。


「うん、悪くない反応だ」


 引き上げ、その肉を一口齧る。


「...!」


 歯が沈む。

 ちゃんと沈む。


「だが……」


 私は眉をひそめた。


「……サクッ、がない」


 決定的に、ない。


 どこが違った?いや、調理法自体は間違ってはいないはずだ、異世界人の記憶と全く同じ工程のはずだ。

 油から引きあげた際の光景がなぜこうも違う?


「内側は完成している。問題は外側……あ、そっか!!」


 私は指を鳴らす。


「玉鋼だ」


 思い出した瞬間、全てが繋がった気がした。

 玉鋼のように熱量を加えて、炭の中から鋼を探る。しかし逆だ、炭も必要だったのだ。

 あの炭こそが、サクサク感を出していたのだ!


「中を得たあと、一気に外を焼く。理屈は同じだ、この状態から一気に熱量を加えればいい!」


 私は肉を再び叩き込み、詠唱を唱える。


「てぇい!!」


 放たれた炎弾、だが...


 ――ボンッ


 次の瞬間。


 ――ドォォォン!!


「あ」


 肉が燃え、

 油が燃え、

 鍋が裏切った。


「待て待て待て!!」


 炎が跳ね、煙が爆ぜる。


「...あ、やばい」


 その時、炎を纏った油が服に燃え移る。


「あッッ!!づッッ!!ちゅ!!あっちゅ!!!」


 子供のような悲鳴を上げて走り回る、そうしている間に炎は天井を探し黒い煙を充満させる。


 ーーーバンッ!!


「だ、大丈夫ですか〜〜〜〜!!?」

「なんだなんだ!?」


 扉を開けて入ってきたのは弟子の魔法使い、そして件の異世界人。


「消火消火です!!レーチェ様じっとしててください〜〜!!」


「クソッ...俺も魔法使えたらなーー!水持ってくるわ!!」


「...」


 ...


 そうして数十分のうち、消火は完了、2人に問い詰められる。私は観念し、異世界人に全て打ち明け、料理について聞いてみた。


「あー、もしかしてか?」

 

「かつどん?」


「衣をつけて揚げて卵でとじるやつな」


「衣を...つける?卵でとじる?」


 この男が何を言っているのかわからなかった、肉とは焼く、煮る、揚げるとかではないのか?

 衣はあとからつけるのか?卵でとじる?卵の中に肉を閉じ込めるのか?

 首を傾げる自分をみて察したのか男は口を開いた。


「...作ろうか?」


 そこから男の手際は早かった。


 ーーーザクザクザグッ!


「な、なにをしておるのだ!!??」


 男は焼いたパンに洗濯用として使える乾燥魔法をかけ粉々に砕いている、付け合わせと思われたパンは粉々に打ち砕かれ破片の山を作っていた。


「なにって...パン粉だよ」


「ぱんこ...!?いや、いま肉を作っているのじゃろ!!?なぜパンを砕いておる!?とっぴんぐというやつか!?」


「まぁ見てなって」


 そういうと男は今度は貯蓄していた卵に手を伸ばし割っては肉にぬりたくったではないか。


「なに!?なにしとんの!?」


「まぁ見てなって」


 卵の膜に貼り付いたパンの破片は、もはや肉の原型を隠し始めていた。


「まて」


 私は肉塊を見つめ、そして男を見る。


「つまり何だ、いま貴様は――

 肉に、卵を塗り、砕いたパンを貼り付けている?」


「うん」


「いやマジでなにしとるん?」


「まぁ見てなって」


 私の理解が追いつく前に、男は完成したそれを持ち上げた。


 白、黄色、そして淡い褐色、肉は完全に見えず、異物の塊と化している。もはや魔物の幼体と言っても過言ではない有様だ、魔猪が可哀想だ。


「これを……」


 男は鍋を指差す。


「揚げる」


「……は?いや待て、待て待て待て」


 私は反射的に前に出た。


「それは肉ではない、もはや魔物だ!いくらなんでも魔物を油に入れるのか!?油と魔物が可哀想ではないか!!」


「大丈夫大丈夫」


「そういう問題ではない!!」


 だが男は止まらなかった。


 ――ジュワァァァァッ!!


「っ!?」


 鍋に沈められた瞬間、油が咆哮を上げた。

 跳ね、弾け、さきほどの惨事を思い出させる音。


「ま、待て!それはさっき私が――」


「今回は火、使ってないから」


「た、確かにそうじゃが...」


 確かに、炎系統魔法の反応はない、油そのものが仕事をしている。

 次第に泡が立ち、衣が膨らみ、色が変わる。


 ――黄金色に。


「……」


 私は言葉を失った。


 肉を守るための層。

 油を受け止め、外で変化し、内を壊さない構造。


「……鎧?」


「まぁ、そんな感じ」


 引き上げられたそれは、見覚えのある姿をしていた。


 あの記憶の中の――黄金の衣を纏った肉。


「……」


 私は静かに震えた。


「……衣は、あとから付けるものだったのか」


「うん」


「卵は……接着剤」


「まぁ、そう言われるとそう」


「パンは……」


「ただのパン、さっきいってた鎧」


「……」


 私は天井を仰いだ、次に男は懐から黒い液体を取り出す。


「なんじゃそれ」


「醤油だよ、俺の故郷にある調味料。豆と砂糖、木の蜜や果実を使って再現してみた。あとこれはダシ、川魚とか魔猪の骨で再現してみた」


「???」


 それらを混ぜ合わせて黄金の衣一口サイズに切って全て小さな鍋に入れ、さらに溶いた卵を投入。

 醤油の濃さと出汁の透明感が溶け合い、光を受けて艶を帯びる。


「!」


 コトコトと小さなリズムを奏で立ちのぼった香りに、思わず喉が鳴った。焦がした衣の脂と、甘く煮立つ調味料の香り。


 ーーーぐぅぅ


 腹が「食え」と命令してくる匂いだ。


「白米はさっき食堂でもらってきた、本当は米にこだわりはあるんだけどまぁこの世界の米でもいけんだろ」


「...」


「師匠、食器用意してくれねぇか?」


「...」


「師匠〜?」


「ん、あ、あぁ」


 言われた通りに皿を並べる、彼のいう『どんぶり』に似たものはここにはないため平たい皿に出来上がったものを盛り付けた。


「さぁおあがりよ〜」


 食卓に並んだ皿の上で、卵がまだらに光っていた。固まった白身と、とろりとした黄身が混ざり合い、醤油色の照りを帯びた衣に絡みついている。


「三つ葉は...今回はねぇな、すまん」


「...」


 箸で持ち上げると、卵が糸を引き肉の輪郭が見えないほどに輝いている。


 一口。


 舌に触れた瞬間、まず甘さが来る。

 次に醤油の塩気。

 そして遅れて、脂の重みが口いっぱいに広がった。


 ーーーザグッ...ジュッ


 歯応えと共に気持ちの良い音が響く、中の肉はほどよく弾力があり噛むたびに、何かが溢れ出る。


 肉汁だ、私が焼いたときに外にはみ出していた肉汁がこの料理ではしっかり肉の中に閉じ込められ、それが口の中で甘味と絡まり暴れ回る。


「...」


「ど、どう?」


「...」


 ーーー美味すぎる。


 知恵の王は思考が停止していた、理屈を並べる前に舌が答えを出していた。


「...」


 いったいこの男のいた国は、食に対しどれほどの研鑽を積んでいたのだろうか、自分と同等、いやそれ以上。

 私1人でここまで辿り着くには何年かかっていただろう、自分1人で辿り着けなかった境地、その事実がわずかに腹立たしかった。


「師匠」


「ん?」


「そのさ、師匠もなんか色々1人でやってたのは知ってたよ」


「...」


「でもさ、ちょっとは頼ってくれよ。俺ならこういう家庭的なやつでよければ作るからさ。技術交換ってやつ?俺も師匠から魔法教わってるし」


「...」


 そうだ、失念していた。

 自分も魔法の研究は今でこそ1人だが、まだ若い頃はもっと人に支えられていた、どうして忘れていたのだろう、何百年も前だからだろうか。


「あぁ、そうだな...」


 魔法の極致を知った今、次に挑むべきは、味の極致。


 研究対象が一つ増えただけだ、ただそれが、少しだけ温かく、少しだけ騒がしいだけで。


 私は箸を置き、次の実験を思い描いた。


 ...


 ..


 .


 もう一つ、失念していた。


 ーーードンドンドンッッッ!!!


「はやく開けてくださいぃぃいいいいぃぃいいい!!!」


 弟子の魔法使いが全身から汗を流してトイレのドアを叩いていた。


「すまん無理...!!俺も腹が...うごぉぉぉおおお!!外でやれぇ!!」


「最低!クズ!!魔族!!」


「うるさ...うごおおおおお!!」


 ドアの奥から何かを勢いよく排出する汚らしい音が響き渡る。


 失念していたこと、それは...彼の国とこの世界での決定的な違い。


 である。


 ーーーカタカタカタ。


 『賢王』たるもの常に慌てない、茶を飲みながら静かにトイレの空きを待つ、というがあまりにも腹の痛さに手が震えている。

 ティーカップを持つ手が汗で濡れ、震えるせいか紅茶がこぼれ落ちる。


 ...もう一つ、なんとかしなければいけないものが増えたようだ。


「アイザックさぁぁぁああーーーーーッッはやくぅぅううううう!!!」


 今日も弟子の悲鳴が響き渡っていた。






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