カクヨムの止まり木
遠藤孝祐
ちょっと哲学的な処方箋
痛みや悲しみへの処方箋 2026.1.3
やあ、こんばんは。あるいは、こんにちは。
メンタルヘルスに関する専門家をやっている、遠藤と言います。
なんだか元気がなかったり、疲れてしまうことってあるよね。
そんな方々がカクヨム内でもけっこう多いなって感じたから、こうして止まり木としてこしらえたわけさ。
元気が出なかったり疲れてしまった方々に(誰が来ても良いけども)、ちょっとした居場所だったり、ただふっと立ち寄れる場所として、活用してもらえればいい。
他愛もないおしゃべりで出迎えます。
役に立つことだったり、どうでもいいことだったり。
ただふらっと来て、元気になったらいってらっしゃい。
そんな場所で、あればいいなと思います。
最初はあれかな、僕の大好きなフランスの哲学者、アランの「幸福論」について。
彼は、腎臓結石で病んでいる友人に会った。
うぇえ。嫌だよね腎臓結石。腎臓でできた石が、体の循環に乗って、狭苦しい尿管を傷つけようと這いずり回る。その様を想像するだけで、下半身辺りがひゅんってなる。人は、想像だけでも傷つくことができる、素晴らしい生き物なのだ。
病気になった人間に、元気を出してなんて慰めても、なれるわけがない。なんとなく想像がつくだろう。
しかし、彼はこう言った。
「この病気が人を悲しみに陥れるのを知っているのだから、君は自分が悲しんでいることに驚いてはならない。そのことで機嫌を悪くすることは何もないのだ」
言葉を聞いて、友人はたちまち笑い転げてしまったようだった。
人は想像で傷つくことができる。
腎臓結石になったことで、彼は今の自分の状況以上に、苦しみを作り出していたのだ。
元気だった自分が、病気になってしまったことで、彼の想像力は暴走を始める。
散歩に出かけた時、心地よい風を感じている際にも、病魔による苦しみが掻き立てられる。穏やかな寝息に、吐血交じりの苦悶が奏でられる。そんな苦しい未来は、まだ訪れていないにも関わらず、想像をしてしまう。
でもアランの言葉は、シンプルに苦しみを現在にまで戻してくれる。
君が戦うべきなのは、病気による苦しみだけだ。
それであれこれ想像をして、機嫌を悪くして更に自分を傷つけたり、悲しみに悲しみを塗り重ねる必要なんてない。
あれこれ先読みができる能力のおかげで、人類は生き延びて来た。
けれど、それは可能性や未来などという、どうしようもないこの先まで手に入れた気になってしまっていた。
それが苦しみを生むのだから、さっと手放そう。
耐えればいいのは、今のこの瞬間だけなのだ。
そう考えると、なんだか気が楽にならないだろうか?
何か悩み事などがあったら、吐き出してもいいと思うよ。
それじゃあこの記事はこれくらいで。
いってらっしゃい。
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