魔法庁・営繕課の「原状回復」 ~修理代3億、勇者に請求しておきます~

ニート主夫

第1話 その扉、国宝につき破壊厳禁

  【地下資源及び迷宮保全法 第12条(構造体への過剰攻撃の禁止)】


 冒険者は、探索活動において「広範囲殲滅級魔法」を使用する場合、事前に当該    ダンジョン管理局への申請を行わなければならない。

 これを怠り、迷宮の基本構造(壁・扉・柱など)を損壊させた者は、懲役300年の 強制労働または損害額の10倍の賠償を命じるものとする。

 (魔法庁六法全書より抜粋)



 ダンジョン攻略の華は、なんといってもボス戦だと言われている。

 極限まで研ぎ澄まされた集中力、飛び交う魔法の閃光、そして勝利の瞬間ときのカタルシス。


 ……まあ、俺には関係ない話だけど。


「――はああああっ! 邪悪なる封印よ、我が聖剣のもとに砕け散れェェッ!!」


 ズドォォォォォォォンッ!!


 鼓膜をつんざくような轟音と共に、土煙が舞い上がる。

 魔王城・最深部の手前にある「開かずの大扉」――樹齢五千年の黒耀樹を削り出し、古代ドワーフの名工が三代かけて彫刻を施したと言われる、文字通りの国宝だ。

 

 それが今、目の前で「木くず」に変わった。

 物理的に。


「はぁ、はぁ……! や、やった……! 伝説の扉、開いたよ……!」


 土煙の中、肩で息をする少女が一人。

 輝く黄金の髪に、クリッとした大きな碧眼。身にまとっているのは、王国最強の証であるプラチナ・メイル。

 Sランク勇者、リーナ。

 この国の希望の星であり、数々の魔物を討ち果たしてきた英雄だ。


 彼女は今、達成感に満ちたキラキラした笑顔で、自分の開けた壊した道を見つめている。

 その背後で、俺は分厚い革の手帳を開きながら、深々とため息をついた。


「……あーあ。砕け散っちゃったよ、重要文化財300億円が」


 俺は埃まみれのスーツの襟を正し、黒縁メガネの位置を直す。

 そして、まだ余韻に浸っている勇者の背中に、事務的な声をかけた。


「お疲れ様です、勇者リーナ様。素晴らしい威力ブレイクでしたね」

「ん? ――わっ!? だ、だれ!?」


 リーナがぴょんと猫のように跳ね上がり、聖剣をこちらに向ける。

 素晴らしい反応速度だ。もし俺が敵なら首が飛んでいただろう。

 だが残念ながら、俺が構えているのは武器ではなく「見積書」だ。


「怪しい者ではありませんよ。魔法庁・都市整備局、営繕えいぜん課のアレクです」

「まほうちょー……? の、えーぜんか?」

「ええ。建物の修理屋さんだと思ってくれればいい」


 リーナは小首をかしげ、ポカンと口を開けている。

 うん、想定通りの反応だ。彼女の知力ステータスは「3」だという事前情報は正しかったらしい。

 俺は一枚の羊皮紙をペラリとめくり、彼女の目の前に突きつけた。


「単刀直入に申し上げます。リーナ様、あなたを『器物損壊罪』および『ダンジョン法違反』の現行犯で拘束します」


「……えっ?」

「また、先ほどの扉の破壊に伴う損害賠償請求も発生します。こちら、概算見積もりになります」


【損害賠償請求書】


 件名: 魔王城B50F・封印の間 大扉(国宝指定)破壊修繕費


 請求先: Sランク勇者 リーナ様


 小計: 300,000,000 G (消費魔力税別)

 ※古代語魔術による封印再設定費用を含みます。

 ※なお、分割払いは認められません。


「……さん、おく?」


 リーナが数字を指で追いながら、目を白黒させる。

 無理もない。一般の冒険者が一生かかっても拝めない金額だ。


「ま、待ってよ! だってここ、魔王城だよ!? 鍵がかかってたんだから、壊して通るのが普通じゃん!」

「普通じゃありません。正規の手順書ガイドを読みましたか? 『管理室の裏口にある勝手口』は鍵が開いていたはずですよ」

「えっ、勝手口とかあるの!?」

「ありますよ。我々清掃員が使う通路がね」


 俺は冷徹に言い放つ。

 そう、勇者たちは知らないのだ。ダンジョンがいきなり生えてくるわけじゃないことを。

 誰かが管理し、掃除し、崩れそうな壁を補強しているからこそ、彼らは「冒険」ができるということを。


「で、ですが……私、世界を救うために……!」

「世界を救う前に、我が国の財政を破綻させる気ですか? この扉一枚直すのに、国民の税金がどれだけ使われると思っているんです」


 正論という名の魔法フィジカル攻撃。

 リーナがぐぅ、と言葉を詰まらせ、涙目になる。

 この手のタイプは押しに弱い。あと一息だ。


「まあ、今すぐ払えとは言いませんよ。勇者様にも生活があるでしょうしね」

「ほ、ほんと!? よかったぁ……さすが公務員さん、話がわかるぅ……」


 ホッと胸を撫でおろし、聖剣を降ろすリーナ。

 その警戒心が解けた瞬間を、俺は見逃さない。


「ええ。ですから、身体で払ってもらいます」


 パチン、と指を鳴らす。

 俺のスキル【構造解析アーキテクト・アイ】と連動した、拘束用の「業務委託契約書」魔法が発動し、光の鎖となってリーナの手首に絡みついた。


「へ? ――なにこれ、取れない!?」

「ただいま、貴方と魔法庁営繕課の間で『特別労働契約』が締結されました。賠償金の3億ガルドを完済するまで、貴方は私の部下……そうですね、『便利屋兼ガードマン雑用係』として働いてもらいます」


「そ、そんなぁぁぁ!?」


 最深部のダンジョンに、勇者の悲痛な叫びが響き渡る。

 俺は眼鏡の位置を直しながら、今日一番の業務スマイルを彼女に向けた。


「歓迎しますよ、新人リーナ君。これからたっぷり残業してもらいますからね」


(続く)

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