冬人夏草 ~生きるために生きる。それは残酷な世界~

みなつき

覚醒 -1-

 天井からの光があまり届かなくなった。あちこちから出ている細長い物は所々切れかかっていた。その薄暗い部屋の中で突然、私は自覚した。奇妙な臭いが周りに充満していることを。今まで感じたことがない嫌な臭い。


 ――今まで――と云っても、いつから自分がここにいたのかは分からない。長い間のような気もするし、ついさっきからという気もする。とにかく、今までは入ってくる物を食し、身体の中でそれを溶かし、溶かしきれなかった部分を排出していれば良かった。そして時々やってくる身体が引き裂かれる感覚に身を委ねていれば、何の問題もなかった。この空間に柔らかく温かい、そしてたまに吹いて来る爽やかな冷たい風に、安心しきっていた。


 問題がなかったから私の思考は、ずっと停止したままだったのかもしれない。


 しかし、今、突然、私は問題に気付いてしまった。あの奇妙な臭いは、周囲にいるモノたちから発せられる臭いだった。それが何なのかは私には分からない。


 私はそれを突いてみる。それは動かない。動かないどころか、突いたところにプチという音と共に穴が開き、形が崩れて中身を放出させた。奇妙な臭いが、ますます強くなる。その臭いは私に危険を意識させた。


 私は考えた。多分、生まれて……。


 ――その生まれるという概念もよく分からなかったが――初めて考えたのだ。


 ――これは、しかばねというモノだ。


 突然、それは啓示のように私の中へ入り込んで来た。でも、私にはそれが何かはよく分からなかった。私はまわりを見渡す。たくさんの動かない屍が、そこに漂っていた。


 動いているモノもいる。それは明らかに、動かない屍と形も色も違った。


 私は動いているモノに近づく。動いているモノが何かよく知りたかったからだった。徐々に距離を詰めてゆくと、動いているモノからは、奇妙な臭いがしないと気付く。


 突然、動いているモノが方向を変えて、私の方へと向かって来る。それは、私に気付いてもいないように接近して来る。私は衝突を避けるために、のろのろと道をあけた。それはせわしなく私の横を過ぎていく。私より、だいぶ小さいように感じる。

 その動いているモノはひどく動き回っていた。私は疑問を持った。何故、そいつはそんなに動き回っているのだ? 聞いてみたいと思った。


 私の動きは緩慢かんまんで、その速さについてゆけない。自分が動くモノより、動かないモノに近いことが分かる。私からもあの奇妙な臭いがするのだろうか? すると私の疑問はさらにふくらんで行く。私もいつかあの色になり、動かなくなるのだろうか?


 早く動き回るモノが、また私に向って来る。あれが衝突して私に穴があく。


 ――プチッ プチッ プチッ プチッ

 ――嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ


 ――恐怖――


 恐怖とは何だろう? 身体が意識を超えて勝手に震えだす。この震えが恐怖なのだろうか? と私は思う。動かなければ、あのモノを避けなければと、重い身体を動かす。


 だがそれは、衝突せずに私の前で方向を変えた。


 ――早い!


 通り過ぎて行くときに、そのモノの声が微かに聞こえた気がした。


 ――何もない。

 ――何も入って来ない。


 何も入って来ない? どういう意味だ? 動き回るモノは何かを探している? それは何だ? 私の身体に入ってくる物と云えば、一つだけだ。


 私は口を開けたというより、口を意識したという方が正しい。私のそこは常に開きっぱなしなのだ。しばらく、そのまま漂ってみる。わすかな何かがそこに入り、身体の中で溶けてゆく。そして気付く。ないのではない。少ないのだ。足りないのだ。だから、動けるモノはそれを求めてせわしなく動き回る。


 ゆっくりしか動けないモノは……あの奇妙な臭いを放つモノになって崩れてゆくことを私は理解した。


 次に私の中に入り込んで来た意識は、強烈な印象を与えた。


 ――このままではいけない。


 この啓示のような言の葉が、何処から来るのか、私には分からない。


 ――このままではいけない。


 その言の葉に導かれるように、私は身体を動かし始めた。何をどうしていいのかは分からない。何処に行っていいのかも分からない。ただ私は動き出す。


 私の後に続くモノたちが出て来た。その多くは身体がすでに、変色を始めているモノたちだった。私の動きは遅い、早く動けるモノはきっと、他の道を行くのだろう。


 私は私についてくるモノらを頼もしく思った。


 ――仲間


 私は突然、仲間というモノを理解した。彼らは私について来る。私は一人ではない。この意識が仲間という定義なのだ。






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