【短編】27歳OLの義理チョコ配布業務。3000円の投資で職場の平和を買い、能面のような笑顔で「感情の死」を遂行する一日
月下花音
Ep.01
二十八歳。
それは、「自分探し」という痛々しい季節を終えて、「自分確定」のハンコを押したくなる年齢だ。
私は自分のことを、多面的な魅力を持つ女だと思っている。
仕事は事務職だけど、休日はアート巡りもするし、赤提灯で飲むのも好き。
家庭的な一面もありつつ、自由でロックな一面もある。
そんな「深みのある私」を、二人の男を使って演出している。
一人目は、Aくん。
マッチングアプリで出会った、メーカー勤務の同い年。
彼は私の「家庭的で堅実な一面」を映す鏡だ。
彼とのLINEは、いつも丁寧語交じり。
『お疲れ様です。今日は寒かったですね』
『自炊した肉じゃが、作りすぎちゃいました』
そんなメッセージを送ると、彼は必ず『すごいね』『いい奥さんになれそう』と返してくれる。
その言葉は、私の「将来への不安」を鎮めてくれる精神安定剤だ。
彼といれば、私は「ちゃんとした大人の女性」でいられる。
二人目は、Bさん。
インスタグラムで繋がった、カリスマ美容師。
彼は私の「自由でクリエイティブな一面」を映す鏡だ。
彼とのDMは、タメ口で、絵文字少なめ。
『この前の映画、色彩設計がヤバかった』
『今度個展行くんだけど、興味ある?』
そんなメッセージを送ると、彼は『センスいいじゃん』『マナちゃんわかってるね』と返してくれる。
その言葉は、私の「自尊心」を満たしてくれる栄養剤だ。
彼といれば、私は「センスのあるかっこいい女」でいられる。
私はこの二つの関係を、完璧にコントロールしているつもりだった。
二股じゃない。
「相手に合わせて、自分の引き出しを使い分けている」だけ。
多才な私には、一人の男じゃ器が小さすぎて受け止めきれないのだと、本気で信じていた。
二月十四日。
バレンタインデー。
私は今日、この「使い分け」の集大成を見せるつもりだった。
午前中。
会社のデスクで、AくんにLINEを送る。
チョコを渡す約束を取り付けるためのメッセージだ。
でも、ただ「会いたい」と言うのは能がない。
私は「堅実な女」を演じなければならない。
『Aくん、今日もし時間あったら会えませんか? 少し渡したいものがあって。でも、今は仕事が一番大事な時期だから、無理しないでくださいね』
送信。
完璧だ。
「会いたい」という要求を、「仕事への理解」というオブラートで包むことで、慎ましさを演出している。
Aくんなら、きっと感動してくれるはずだ。
午後。
ランチタイムに、BさんにDMを送る。
こっちは「自由な女」を演じなければならない。
『Bさん、今日夜空いてる? 渡したいものあるんだけど。まあ、私も今は仕事が一番楽しい時期だから、暇ならでいいけど』
送信。
これも完璧だ。
同じ内容なのに、語尾とニュアンスを変えるだけで、こんなにも印象が変わる。
「縛られたくない」という意志をチラつかせることで、Bさんの狩猟本能を刺激するのだ。
私はスマホを置いて、満足げにコーヒーを啜った。
私って、器用だなあ。
こうやって男たちを掌の上で転がしながら、私は「結婚」というゴールと、「刺激」というスパイスの両方を手に入れている。
Aくんと結婚して安定を手に入れ、Bさんとは大人の関係を続けて感性を磨く。
そんな未来予想図が、私の中では既に描かれていた。
でも。
私は気づいていなかった。
私が「使い分けている」と思っているその言葉たちが、実はただの「テンプレート」に過ぎないということに。
そして、そのテンプレートは、使い回しが効く便利な道具のようでいて、実は「私」という人間の空っぽさを証明する、最も残酷な証拠品であるということに。
スマホが震えた。
Aくんからだ。
『ありがとう。その言葉、すごく嬉しいよ。夜、会いに行くね』
ほら、釣れた。
私は画面を見てほくそ笑む。
簡単なもんだ。
男なんて、自分にとって都合のいい言葉を投げてやれば、面白いように食いついてくる。
私は自分が「選ぶ側」の人間だと信じて疑わなかった。
今夜、この傲慢さが粉々に砕け散るとは知らずに。
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