得手が減っても不得手が増えて
@Kuretose
第1話 出禁ですか
電話の呼び出し音が鳴る。
「あ、もしもし、そちらと電気の契約をしている佐藤なんですが、えと、今日起きたら電気が止まってまして…」
「はい、お調べしますので少々お待ちください。」
電話口の女性がそういうと、保留音楽に切り替わる。やけに音の大きいそれから少し耳を離して、僕は考える。
初めに異変に気が付いたのは、寝ぼけたままにスマホのショート動画をぼんやりと眺めていた時だった。Wifiが繋がらない。設定画面から何度か自宅のwifiを検索してみても出てこない。ユーチューブなんて特にギガを喰うし、
まだ月も中旬、通信制限の掛かる煩わしさには覚えがあったために、重い体を起こしベッドと正反対の部屋の隅に置かれたwifiルーターを確認しに行くと、どうも電源が入っていない。昨日酔っぱらってコンセントに足でも引っかけたかしらと思ったが、コンセントは繋がっている。抜き差ししてみても、平生ルーターに幾つも並ぶ縦一列の光の、そのどれもが消灯したままだ。
まあいい、一旦何か飲み物をと冷蔵庫を開けると、暗いそしてぬるい。ここまでくれば、寝起きであることに関わらず頭の鈍い僕でも察するものである。電気が止まっている。停電を疑ってみるが、真夏でもあるまいし、冷凍庫の氷が全て水になるほどの長時間の停電が日本で起こるとも考えずらい。であればこれはこの一室のみの問題である。
僕は入居以来初めてブレーカーの蓋を開けた。3か月ぶりに開かれた蓋の裏面には埃が溜まっていた。ブレーカーのスイッチをちょいといじってみる。が、電気がつく様子はない。止まったのではなく止められた、その可能性が脳の大部分を占めた。そうして起床から30分足らずで、電力会社に問い合わせをしている訳なのだが…
電力会社が顧客への電力供給を打ち止める理由など、料金の未納以外に考えられなかった。しかし、僕は前年の反省を生かし、銀行口座からの自動引き落とし設定をしていたはずだ。確認は一度もしていないが、毎月自動で引き落とされているはず…
しかしその処理に何かしら問題が発生していたとすれば、まさか残高が不足していたのだろうか。なんだか恐ろしくて確認したことはないが、日頃の酒代や煙草銭がアルバイトによる収入を上回り、雀の涙程の貯金を切り崩す形になっていたのだろうか。
とすれば問題は電気のことだけでは済まない。方々への支払いが全て滞っているのであれば、昔々の暴力的な取り立てよりもずっと陰湿である意味容赦のない社会的抹殺措置が取られかねない。
うるさい音楽がぷつりと止み、電話口から先程の女性の声がする。その声を聞き逃すまいと、物理的に遠ざけていた電話口をまたピタリと耳に密着させる。
「お待たせいたしました。佐藤新(さとうあらた)様でお間違いないでしょうか。ええ、それでですね、只今確認したところ、契約から三か月の間電気料金のお支払いがされていないようでして、大変申し訳ないのですか電気の供給を停止致しております。未納分に関しましては、所定の日時までにお支払いください。弊社をご利用いただきまして、誠にありがとうございました。」
「え、えあ、あの、支払いは引き落としにしてたと思うんですけど…え、設定されてない?あのすみません、お支払いはします、お金ないわけじゃないので、なので電気通してくれませんか」
「あー、申し訳ありませんが…料金の滞納が原因で電力供給をストップしたお客様に関しましては、その後料金をお支払い頂きましても、再契約は受け付けておりませんので…申し訳ありませんが、例えば○○電力さんですとか、都市電力なんかもございますので、そちらとのご契約をご検討ください。それでは、失礼します。」
電話が切れた後、目の前が真っ暗になる感じがした。これは電気がつかないからではない。根が不注意で、また面倒ごとからは目を反らす質に出来ている僕は、支払い方法の設定がきちんと完了しているかなど、一度も確認したことがなかった。こういった確認不足は今始まったことではなく、その都度自他を困らせ、優しい人達の顔を曇らせて来た。何ら成長のない自分をまざまざと再確認させられる陰鬱さと、そして何より電力会社からのブラックリスト入り宣言、いわば出禁を食らったのだというどうしようもない事実が、僕の心までを暗くした。現代社会において、電気が使えないというのは生活の基盤を揺るがす大問題である。何より、スマホの充電が切れてしまえば、カラオケかどこかに出向いて電気乞食となる他ない。
僕はすぐさま代わりの電力会社を探した。そこで、即日開通の文字が目に留まった。恐らく他の会社の電力プランのほうが安上りなのだが、今時分悠長なことを言っている余裕は僕にはない。早速契約を申し込むため、電話を掛ける。
「お電話ありがとうございます。A電力会社で御座います。電気契約のお申込みでお間違いないでしょうか?はい、ありがとうございます。」
その後基本的なプランや料金の説明を受けた。
「はい、ええ、あ、開通日は、今日、出来るだけ早く通して頂きたいんですが…」
「あ、お引越し済みなんですね、分かりました。ではそちらのご住所に、そうですね、夕方頃には電気が使えるようにできると思います。」
僕はホッと胸を撫でおろす。起床一時間足らずと言えど、もう昼前なのだ。それなのに夕方頃には電気を通してくれるというのだから、即日開通の名に偽りはない。それどころか半日開通を名乗っても良いくらいだ。
「それでですね、今水道やガス、ネットなどは既にお決まりでしょうか?もしよろしければそちらのほうも我が社でご提供しているのですが…」
「あ、大丈夫です。他はもう通ってます」
そう答えてから、僕はしまったと思った。引っ越しシーズンでもないこの時期に、入居済みでかつその他のインフラは完備しておきながら、電気だけは通っていない、だから出来るだけ早く開通してくれだなんて。こんなのは電気を止められましたと言っているようなものではないか。せめて翌日に通してくれというならいざ知らず、こんな物言いでは今現在電気が通っていないことは明白である。
「えあ、そうでしたか。他は揃ってるんですね、なるほど…分かりました。ではブレーカーはオンにしたままで、夕方頃までお待ちください。」
電話を切り、頭を抱える。完全に、バレてしまっただろう。こいつはどっかの会社から電気を止められて、鳩が豆鉄砲を喰ったような顔をして大急ぎで電話を掛けてきたに違いない、と。電力会社に勤めているものであれば、そのような処置に至った理由は客側の怠惰或いは貧困に他ならないことなど十全に理解しているだろう。ああ、厄介なの引き受けちまったな。頼むから金は払ってくれよとそう思われたかと思うと、なんだかいたたまれない気持ちになるのだった。
夕方まで、喫茶店で時間を潰そうと思った。あすこならばコンセントを貸してくれるし、煙草も吸える。僕は文庫本を持って部屋を出た。二階建てのアパートの一室。ぽつりと暗いのが僕の部屋である。他の20名余りの入居者達は、その光を絶やすことなく帳面に暮らしを送っているのだ。僕が怠惰なのではなく、寧ろ彼らが勤勉で、しっかりものなんだいと開き直ってみる。
共用玄関の横、入居以来まともに確認した覚えのないポストが目に入る。他の支払いは大丈夫だろうか。そんな不安がよぎり、ポストを開けて見なければと思い立つ。ダイヤルを左に3目盛り、6目盛り、最後に右に1目盛り。逆回転させるその瞬間、ぴたりと手を止める。いや待てよ、僕はこのポストを既に三か月ほど放置している。もしここに、至急開封などと書かれた書類が入っていたら?締め切りをとうに過ぎた何らかの払込書が、束になっていたら?そんな恐怖が頭をよぎった。シュレディンガーの料金滞納だ。僕が料金を滞納しているのか、このポストを開けた瞬間に決まる。とすればこれはパンドラの箱だ。開ければきっと不幸を解き放つことになる、開けるべきではない!僕は火にかけた鍋にでも触れたように、ダイヤルから手を引く。
分かっている。猫の生死が扉を開いた瞬間に決するなんてことはあり得ようはずもないのと同じく、僕が料金を滞納しているのかは既に決定している。ポストを開けるというのは、確認にすぎない。僕だけが未だ事実を把握しておらず、のほほんと暮らしているのだ。無論このポストは開ければ不幸を呼ぶ箱などではなく、実際のところ不幸の原因は自分に他ならず、あのポストはただ僕にそれを知らせてくれているだけなのだ。どのみち、ちゃんと中身を確認するべきなのは決まっている。物事は放置するほどに腐敗が進むのだ。分かってはいるのだが、今はまだ覚悟が決まっていない。喫茶店へ行こう…
日の暮れに家に戻ると、玄関でwifiが繋がった。意を決して開けたポストの中身は大半がチラシの類で、パチンコの確定演出みたいな仰々しい色をした書類は見当たらなかった。ただ、水道料金の未納を伝える大量の払込書の束と、それらと違いきちんと封筒に入れられた、三日後の水道停止を伝える旨の書類が入っていた…
得手が減っても不得手が増えて @Kuretose
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