迷子センター職員になった魔王軍幹部
にょーん
SS 我、魔王軍幹部なのに迷子センターに務めることになった
「ククク……喚くでない小童。直に我の手下であるデーモンハンドにより貴様の創造主は現れるであろう……」
「ふぇ……ふぇぇぇえええええええんっ」
「ちょっと、マーウィンさんもっと子供には優しく接さないとっ。こわかったねー? お姉さんとあっちで遊びましょうねー?」
「え、あ。はぁ……なぜ我がこのようなことを……」
言いながら我こと、魔王軍幹部のクレスト・マーウィンは地獄の底から産出されるヘルメタルの装甲に覆われた第二右腕――ではなく、アウトレットモール・トリヤマの制服で覆われた右手で頬をかいた。
まだ3歳にも満たぬ男児が、ベテラン迷子使いのヤマシタさんに連れられ積み木で遊び笑顔を浮かべている。我と遊んでいたときはひっきりなしに涙を流していたというのに……。
「今日はお疲れ様でした、マーウィンさん。やっぱり連休ですし、子連れ多かったですねぇ。というかマーウィンさん顔怖いですよ、やっぱり。いつも子供さん怖がってますし。ほら、笑顔です、笑顔。ほら私の方見てください。にーって」
「そうだな……」
閉店から一時間、諸々の片付けを終えた我はヤマシタと共に帰路についていた。
疲れを少しも感じさせない笑顔と声音で我の方を叩くヤマシタ。
少し前の我であれば何を不敬な、と即刻誅殺していたところだが、あいにく今の我にそのような力はない。
気づけば魔力を奪われ、種族特性を奪われ、警察とかいう貧弱な凡愚にすら取り押さえられる身体になってしまった。
「……ん? なんだ? 我の顔になにかついているか?」
と、思索に沈んでいたところ我の顔を覗き込むヤマシタに気がついた。
なにがしたいのか我の顔をじーっと不思議そうな顔で覗き込んでいる。
一応、西洋系の血筋が入っていることになっているので日本人とは異なる顔立ちだが、特筆して整っているわけでも、逆に極めて醜いわけでもない。
異界では恐怖の象徴だった我の顔も、今じゃごく普通の若者のそれだ。
「あ、すみません。もしかして元気ないですか?」
「何を言うておる、我に元気がないなど……」
「はるまさくんですか?」
「……」
どうしてこうもヤマシタは我の思考をピタリと当ててくるのか。
まさしく我の脳を支配していたのは、我がうまく面倒を見られなかったためにヤマシタが変わりに面倒を見ることになった男児のことだった。
「ご飯でも行きます?」
「……よかろう」
別に話を聞いてほしいからではない。
優れた人材には適切な褒章を。上に立つものとして当然の責務であり、その意味でヤマシタは素晴らしい働きをした。
それに報いるために奢ってやろうと思っていたのだ。
我のほうが給料少ないけど……。
*
「ガキンチョの扱いなんててきとーでいいんですよ、てきとーで。てきとーに笑っててきとーにすごいねって言って、てきとーに話し合わせてれば良いんですよ」
「……暑苦しいぞ」
「えー? そんなこと言っていーんですか? 大学の時大モテしたヤマシタさんがくっついてあげてるんですから鼻の下伸ばしてくださいよー」
「……」
酒臭い。
隣りに座るヤマシタが肩を組んでぐいぐいとデカい胸を押し付けてくる。我としてはため息をつくしかない。
我とヤマシタは駅前のやすい居酒屋のカウンターで飲んだくれていた。
我は酒に対して無類の強さを誇るので酔いつぶれるのはいつもヤマシタだ。そのせいで我は毎回ヤマシタを家まで送ってやるのだが、翌朝にはケロッと忘れてしまっている。『あれ、そうでしたっけ? もしかしてエッチなことしました?』じゃないぞ、愚物が……。ふざけるなよ、我は魔王軍幹部だぞ。
「てか、マーウィンさん真面目すぎるんですよ。たまに酔っ払って『我は魔王軍幹部だ、不敬であるぞー』なんて言うくせに勤務態度誰よりも真面目だし」
「貴様が適当すぎるのだ……そんな調子では上に登り詰めることなど出来ない」
「え? マーウィンさんそんなこと考えてるんですか? 本社勤務とか?」
「当然であろう、不本意ながらこの世で生きなければいけない以上は上を目指す」
「え、なんで?」
「――――――――」
心底不思議そうな顔で我を突き刺す視線に、一瞬言葉が詰まる。
なぜならそれは考えるまでもない、当然の方針だったからだ。
種族の面でも、運動能力の面でも、魔力の面でも、技術の面でもあらゆる才能を持っていた我にとって魔王軍で上を目指していたのは考えるまでもなく当然のことで。
「お仕事、好きなんですか? 迷子センターの職員」
「……好きではない」
「え? じゃあなんで上を目指すんです?」
「それは……」
言葉に詰まる我に気がついたのだろう、ヤマシタはハッと目を開くとわたわたと慌てたように手を降る。
「あ、全然責めるつもりはなくて。ただ、なんでだろうなって。わたしなんて、ほら、勉強も職業選びも適当で、就けそうだったからこの仕事就いただけなんで。でもマーウィンさん、なんか知的?で、シゴデキ感?があるのにこんな仕事就いてるじゃないですか。絶対別の仕事あるのに。しかも全然楽しくなさそうだし、なのに真面目にやってるから。前から気になってたんですよ」
そう気遣うように眉尻を下げるヤマシタに我は唇を噛んだ。
なぜか、だなんて考えたこともなかった。
この世界に来て受肉してしまったのも勇者のやつに飛ばされたのが原因でなんら我の意図したものではない。好き好んで飛ばされてきたわけではない。この仕事に就いたのも、受肉前の青年がこの仕事に就いていたからである。
唯一の同僚たるヤマシタに我は回答をひねり出す。
「強いて言うなら……」
「言うなら……?」
「……理由はない」
「ないんかーいっ! ははっ、じゃあ適当にやりましょう、適当に。こんなクソ仕事どうせAIに奪われるんで、真面目にやったって無駄です!」
「……」
そういってヤマシタは豪快に笑うと、生ビールを一気に飲み干し「おかわり!」とジョッキをテーブルに叩きつける。
「我もおかわりだ」
「お、いいですねーマーウィンさん。勝負しますか? お?」
「……いいだろう、その言葉後悔するなよ」
「いいですねー、燃えますねー」
言ってにひっと口角を上げるヤマシタにつられて我も笑う。
我は考えていなさすぎたのかもしれない。
真面目にやる必要のない仕事をやりたくもないのに真面目にやって、うまく出来ないことを深刻に捉えて。
どうでもいいではないか、そんなこと。
我の人生に仕事の出来不出来など関係ないのだ。隣のヤマシタのように楽しければそれでいいのに何を悩んでいたのか。
「う、うっぷ、まーうぃいんさん強いれすねー……お酒」
「啖呵を切っておいてその程度か、情けない」
鼻を鳴らす我の隣でグニッとカウンターで胸を潰すヤマシタ。
今日も連れて帰らねばならないようだが、それほど苦ではない。
「わたひ、まーうぃんさんすごいと思ってんすよ。やりたくなさそうなのに必死にメモとって、子供に話し合わせるために教育番組見て。かっこいいなって、……思ってまひゅ……」
「……」
むにゃむにゃと幸せそうに口を動かすヤマシタに我は咳払いをする。
……我も酒を飲みすぎただろうか、ほんの少し顔が熱い。
「マーウィンさんわたしをベッドに連れてって」
「居酒屋で語弊のあることを言うな……」
ヤマシタを見習って我も適当に生きようと思う。
迷子センター職員になった魔王軍幹部 にょーん @hibachiirori
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