愛故の試し行動
石井一軒
愛故の試し行動
私と希帆さんは都内のバーで出会った。でも普通のバーではない。女性同士での恋愛を目的とした、そういったバーだ。
私は特にそういった趣向の人間ではなく、男性としかお付き合いをしたことがない。けれども、彼氏に振られたばかりの私は興味本位でそのバーに立ち寄った。
そこで希帆さんに話しかけられた。希帆さんは大分酔っていたから絡んできただけだろうけれど、私は一緒に話していて心地が良くて遂には家にまで付いていってしまった。けれども初対面の相手に本名を明かすのは怖く、「小鳥」という偽名を使った。
その晩は初めて女性同士の行為をした。感想は、男性とよりよっぽど気が楽で気持ちの良いものだった。
希帆さんは女性が好きなのかと思っていたらそうでもないらしい。過去にお付き合いしていた男性の愚痴もよく聞かされる。
希帆さんと過ごすうちに、だんだん私は希帆さんがいずれ私から離れて行ってしまうのではないかと不安に駆られた。何故ならこの関係に名前が無いからだ。恋人としては重たくセフレにしては軽いこの関係。いつ破綻してしまってもおかしくない。だから私はわざと試すような行動をする。希帆さんを繋ぎ止めるために。
子どもみたいに甘えたり駄々をこねたりして困らせたかと思いきや、とびきり甘い言葉を囁く。
けれどもまあ、希帆さんは恥ずかしがり屋なのか気分が乗らないだけなのかいつもそっけない。でも夜になると私を露わにして良いように扱う。
私は本当に愛されているのだろうか。
その不安からは逃れることができなかった。だから嫌だと言われても愛を囁き続ける。
しかし希帆さんも嫌だと言いつつ悪くは思っていないはずだ。
毎晩の日課で私の髪の毛を乾かしてくれる。今日も仕事で疲れたであろうに、一緒にシャワーを浴びて丁寧に髪を乾かしてくれた。だから私はお礼にと、希帆さんの顔中にキスを落としていく。
「いい加減離れて。あなた執拗いのよ。」
「えー。だって愛は与えなきゃ意味ないもの。」
甘ったるく私の愛を伝えるも、案の定嫌がられて洗面所へ行ってしまう。
私は仕方なく寝室に入り希帆さんが来るのを待った。すると希帆さんのスマホが点灯する。
何かメッセージでも来たのかと、いけないと思いつつ見るとそれはマッチングアプリからのものであった。
ああ、希帆さんはやっぱり男性が良いんだ。私みたいな良い性欲処理係なんてどうでも良いんだ。私は以前から密かに知っていた希帆さんのスマホの暗証番号を開き、アプリを眺める。
ふーん。こういう人が良いのね。結構やり取りしているんだ。
自分でも苦しくなるのはわかっているもののスワイプする手が止まらない。
すると、ガチャリと扉が開き希帆さんが扉の前で立ち尽くし目を見開いていた。ヤバイ、とは思いつつこういう時に咄嗟に動けないものである。
希帆さんは大声で叫びながら私の頬を叩き続けた。まだ私は何も言っていないのに、バシバシと叩き続ける。もう無理だ。私は希帆さんといたいけど、希帆さんがもう私といることが無理なんだ。
「違うの!ごめんなさい!私は希帆さんを愛しているの!だから……」
私は自分の行動を謝りそれでも見捨てないでと叫んだが、希帆さんはもう何も答えてはくれなかった。
朝、希帆さんはまだ機嫌が悪くて一言も喋らず会社に行ってしまった。私は洗面台に立つと昨日叩かれ続けた頬が赤く腫れている。
朝の支度を終えると私は自分の荷物をまとめて希帆さんの部屋を出た。私がいなくなったら希帆さんどうするかな。探してくれるかな。泣いてくれるかな……
最後の試し行動を部屋に置いて私は自分の家に向かった。
愛故の試し行動 石井一軒 @oniku_89
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