第8話:傷心ララバイ

「そうしょげんなよ、元気だせ」


 ソファに掛ける千里は言った。


「テストで赤点とったからって、別に死ぬわけじゃねぇんだから」


 コーラのボトルをあおった千里は無造作にそれを隣へ回す。だがしょんぼりと俯くメアは黙って首を振るだけだった。


 場所は、英本ラボ。

 いまだ整頓の途上にある急ごしらえの部屋の中である。

 積み上げられたダンボールとジャンクフードの包みが散らばる物置のようなその部屋の中、二人の幼い少女達(正確にいえば一人は男)は、付けっぱなしのテレビの前でダウナーな時を過ごしていた。


 言うなれば、これは夜遊びだ。

 午後に行われた試験以降、すっかり元気を失くしたメアに千里が声をかけたのだ。


「にしてもアレだな? なんつーの、あの幻視ホロのヤツ……バーチャルなんとかリアリティ?」


量子投射型超幻実機ハイクオンタム・バーチャルシミュレーター……?」


「そー、それそれ。すげぇよな? あの訓練場そのもんが、まるまるでけぇ幻視ホロなんだろ?」


 メアは小さく頷いた。

 量子投射型超幻実機ハイクオンタム・バーチャルシミュレーター――通称、超幻視ネオホロ――は、読んで時のごとく空間そのものに仮想現実を作り出す装置だ。


 空間内の位相を歪ませ擬似的な「次元」を創造するという実に大掛かりな技術を使って行われるのは、実践的な戦闘訓練。今日行われた実技試験は、その延長とも呼べるもので、つまり空間に投影された次元獣フラクタルの再現モデルを撃破するというものだった。試験の成績次第ではランクアップさえ望めるらしい。


 ところが、結果は言わずもがな。


 二週間前に友達になったこの臆病な女の子は、敵から逃亡したあげく、すぐにやられてしまったのである。


「……前もなの。またクラスでビリだった」


「次がある」


「……ううん、だめ。また失敗してわらわれちゃう」


 失意の底に沈んだ少女はますます内省的になる。

 千里はやれやれと息づいた。自分が勝てない原因がスペック以前のものであることに彼女は気付いていないのだ。


(ようは負けグセがついてんだな)


 それは、ある者のことを思わせた。

 三つ離れた妹だ。

 もう何年も合っていない彼女は、今でこそ明るい性格になり、周囲から一目置かれているそうだが、昔はひどく臆病で、外の世界に出ることを恐がるような子であった。容姿が似ているわけではないが、その見ていられない有り様に当時の姿を重ねてしまう。


 有り体にいえば、ほっとけないのだ。

 とはいえ千里は不良ワルなので、目の前にいる沈んだ娘に優しい言葉をかけたりはしない。

「え…………せんちゃん?」

 ゆえにおもむろに体重を掛け、小さな体を密着させた。

 押し倒されるような形でソファに寝転ばされてしまったメアは、自身を見下ろす千里の顔を戸惑った顔で見上げていた。


「ど、どうしたの?」


「もう寝とけ」


「け、けどまだ……」


「いいから寝ろ。なにしてもうまくいかねぇときは寝て忘れんのが一番なんだよ」


 言うが早いか布団を掴み、互いの体にばさりと掛けた。

 元々ベッド代わりのソファ。大人サイズのクッションには幼女二人が並んで寝ても十分なほどの幅があり、空中操盤エアコンソールを操作して照明とテレビを切ると、真っ暗になった手狭な部屋はたちまち寝室モードとなった。


「こ、こまるよ。おとまりだなんていってないし……」


「いいだろ別に、近所だし」


「こ、こわい……」


「暗ぇのか? スタンドの明かりつけといてやるよ。これなら恐くねぇだろう?」


 すぐ近くにある少女の頭が小さく頷く気配があった。

 寝返りの邪魔にならないようにヘッドセットを解除して髪をフラットな状態に戻すと、メアも球状のパーツを消して、角を失った羊のような無害なふわふわ頭となった。

 こうして見ると本当にただの女の子みたいに見える。カールした銀髪からは甘いシャンプーの香りがした。


「ねぇ、せんちゃん、ここでねるのはいいんだけど、えっと、その……それって、つまり、せんちゃんといっしょにねるってことだよね?」


「イヤなのか?」


「ううん、そうじゃなくて。わたし、ときどき夜、夢をみて、うなされちゃったりするみたいだから、めいわくになるかもしれないなぁって……」


「悪い夢でも見ちまうのか?」


「自分じゃあんまりおぼえてないけど……昔のことをおもいだすみたい」


 千里は、そうか、と頷いた。

 そして彼女をじっと見る。

 このあどけない顔立ちの少女が兵器に改造される前、今よりもっと幼い頃に、どんな生活をしていたのかはわからない。だがナノドールである以上、明るいものではなかったのだろう。


「どうしたの?」


「……なんでもねぇ。あれだ、ほら。こうしてとなりにいりゃあよぉ、もし悪い夢みちまっても守ってやれるかと思ってよ」


「うん、かもね」


「じゃ、いっしょに寝るか?」


 メアはこくりと頷いた。

 そうして、しばらく二人は無言でラボの天井を見上げていた。


「……せんちゃん」


 ややあって、独り言にも聞こえるぐらいの声でメア。


「どうしたら……つよくなれるかなぁ?」


「なんだよ、急に?」


「だって、わたし……」


 小さく鼻をすする音。

 密着している体が震える。


「わたしたち……〝兵器〟だよ? この星をまもるためにつくられた、戦闘用のサイボーグ……」


 彼女はそこで言葉を切った。ひんやりとした感触がふくらはぎを撫で、コンセント型のコードテイルを向こうが絡めてきたのがわかる。


「たたかえもしない兵器なんかに、どういう価値があるっていうの? よわい子がいきる意味はある?」


「知るかよ、ンなもん」


「……うん、だよね。だからわたし、このままじゃここにいれないかもしれないの。役にたたない欠陥兵器は〝兵站班ロジェスティクス〟に、おくられちゃうから」


 部屋に沈黙が訪れた。戦力外とみなされた落第生が送られるという部隊の名前を挙げたメアは、唇をぎゅっと噛み締めて漏れ出す嗚咽をこらえていた。


 千里は、はぁ、とため息をつく。

 こいつは何もわかってない。あまりに幼く、純粋なのだ。

 だから、むくりと体を起こして「ばかたれ」と頭をはたいてやった。


「人の話はちゃんと聞け。オレが知るかよっつたのは、お前自身のことじゃなく、そのロジェなんとかうんぬんのことだ」


 涙目で頭をおさえるメアはきょとんと千里を見上げていた。

 彼は「いいか?」と前置きし、


「正直、オレはお前の強さに、一切、なんの興味もねぇ。だってそうだろう? 前にも言ったと思うけど、お前とダチでいる理由はそんなところにはねぇからだ」


 躊躇なく、そう言い切った。

 一旦、言葉を区切った彼は戸惑う瞳をじいっと見つめる。


「そもそもお前、どうしたら強くなれるかなんて、なんで聞くんだよ、そんなこと? 強くなりてぇ理由はなんだ?」


「それがわたしたちの使命だから……」


「思ってもねぇこと言うんじゃねぇ。ぶっちゃけお前は、そんなこと考えたこともねぇだろう? ただまんぜんと、言われるままに、そうあるべきだと思ってるだけだ」


「そんなこと……っ!」


「じゃあアレか? お前はマジに、心の底から人類が好きで、その平穏を守るためにあらゆるものをささげる覚悟で毎日訓練してんのか?」


「……っ」


「ちげぇだろ? ンなことのために戦ってねぇよ。ガキが勉強がんばんのはな、いい学校に行くためでも、いい会社入るためでもねぇ……まわりにほめてほしいから、みとめられたくてがんばんだよ」 


「でも、それは……ただしい理由じゃないよっ」


「正しいもクソもあるかってんだ。人類のために訓練しようが、自分テメェのために訓練しようが、やってることは同じだろ」


 はっと息を呑む音がした。

 千里はなおも言葉をかける。


「お前はどうだ? 義務だの義理だのうんぬんじゃなく、なにするために戦ってる? どうなりたくてここにいる?」


「急にいわれても、わからない」


「じゃあ望め。強くなりてぇんだったらなぁ、だれよりも強ぇ〝欲〟を持て」


 不敵な笑みを浮かべる幼女ふりょう

 ゆっくり体を起こしたメアは、言葉の余韻を噛みしめるように握りしめた手をじっと見た。


「せんちゃんは……あなたは、どうしてたたかうの?」


「オレのため」


「せんちゃんの?」


「取りもどしてぇモンがあんだ。たとえ世界を敵に回しても、あきらめるわけにゃいかねぇモンがな」


 戦う理由はそんだけさ――スカした顔でそう言う千里の右手は、自分自身の股間にあった。

 ところが、そうとは知らないメアは、まるで英雄を見るようなキラキラした目で彼の横顔を見つめていた。


「わ、わたしもっ……大切なモノをみつけたいっ!」


「おぅ、そうか? まぁ、がんばれよ?」


 ――女にゃツイてねぇけども。

 身も蓋もない言葉を口には出さず、まぁ燃えんのいいことだぜ、と千里は一人うんうん頷く。


 何やら感銘を受けたらしい様子のメアは頬を赤らめて、むふー、と気色ばんでいた。あまりに急な努力というのは返って人を空回りさせるものだが、今の彼女にそんなことを言うのはさすがにヤボというものだろう。


 千里は布団を胸まで上げて「はよ寝るぞ」と彼女を急かした。

 果報は寝て待て、というやつだ。


 多分、明日には英本の奴もかねてより完成を待ち望んでいる〝ある代物〟を完成させていることだろう。そうなれば、すぐにそれを使い、元の体に戻るのに必要なバイタルデータとやらが取れるはずである。


「朝になんのが楽しみだぜ」


 そう独り言を呟くと、律儀に「うん」と頷いた少女のおでこがにやける彼の首筋に触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月14日 07:21
2026年1月15日 07:21
2026年1月16日 07:21

ガールズ・リミテッド~軍事施設で幼女サイボーグに魔改造された俺は、兵器学園で成り上がる~ 伊賀もっこす @Maruoji3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ