Log. 08 ――脳を蝕む電子の毒に。
――映画館周辺。
無数のパトカーの赤色灯が、夜の街を毒々しく染めている。
「すみません、遅くなりました!」
「ハナ! こっちだ!」
駆け寄る花谷を、伊勢が手招きする。
その隣では、葛城が建物の入り口を鋭い眼差しで見つめていた。
「中で乱闘が起きているみたいです」
「乱闘?」
『監視カメラの映像、出ます』
夜宵の声と共に、渡峯の持つ端末に劇場内の光景が映し出された。
悲鳴。怒号。そして、理性を失った人々が互いを殴り合う地獄絵図。
「なんだこれ……」
「こんなの、まるで……一年前の……」
伊勢の言葉に、渡峯の顔が険しくなる。
「一年前? 当時の状況と似ているのか、伊勢警部!」
「……似ています。とても」
葛城が、絞り出すように答えた。
彼女の視線は、人々の背後で揺らめく「スクリーンの光」に釘付けになっている。
- - - - -
「俺たちの仕事は乱闘の鎮圧、そして民間人の救出だ。本部の夜宵と連携し、任務を開始してくれ」
「比与森くんは?」
「連絡が取れません」
花谷の問いに葛城が短く答えると、伊勢が「ぴよ坊の野郎、何してやがる……」と毒づく。
『……僕じゃ、力不足でしょうか?』
無線の向こうで夜宵が不安げに零した。
「い、いや、そんなことはねぇぞ! な、空?」
「はい。夜宵くんがいれば問題ないです」
『葛城……さん……!』
渡峯はタクティカルベストのポーチを確かめながら最終指示を飛ばす。
「銃の携帯は許可するが、発砲許可はまだだ。いいな」
「脅し用かぁ」
渡峯はわざとらしく咳払いをした。
「館内に入った他の捜査員と連絡が取れなくなっている。くれぐれも警戒しろ」
「まさか……映像を、見たから……?」
葛城の独り言に近い指摘に、現場の空気が凍る。
「夜宵くん、映画館の電源をハッキングで断てる?」
『やってみます!』
「待て、停電させればさらに混乱が広がるぞ!」
「わかっています! でも、きっとまだ映っているんです……あの映像が!」
葛城は叫ぶなり、弾かれたように劇場内へと駆け出した。
「おい! 空!」
「すみません、渡峯さん。空を追います」
伊勢は渡峯の返事も待たず、葛城の後を追いかけた。
- - - - -
――スクリーン3。
ドアを蹴破ると同時に、耳を抉るような「電子の不協和音」が葛城を襲った。
「警察です! 手を頭の後ろで組んで、膝をつけ!」
だが、狂乱した観客には届かない。
スクリーンの光が、網膜を、脳を、直接書き換えていく。
「っ……!!」
葛城は迷わなかった。
銃を抜き、迷いなく引き金を引く。
激しい銃声と共に、映写機が火花を散らして沈黙した。
光を失ったスクリーンに、硝煙の匂いだけが漂う。
「あー……こりゃまた始末書だな」
「……民間人には当ててないもん」
葛城の子供っぽい言い訳に、伊勢は「わかってるよ」と苦笑し、劇場内に声を張り上げた。
「聞こえただろう! 警察だ! 撃たれたくない奴は指示に従え!」
その時、一人の男が「うわああああ!」と叫びながら葛城に襲いかかった。
葛城は冷静に間合いを詰め、電光石火の打撃で男の意識を刈り取る。
「おい、相手は民間人だぞ。少しは手加減しろ」
「あっちが先に襲いかかってきました。正当防衛です」
返答しながら、葛城は次々と錯乱者を締め落としていく。
その手際に、伊勢は無線で状況を報告した。
「伊勢だ。葛城が映写機を発砲。例の映像は消えた。スクリーン3、鎮圧完了」
『……発砲だと!? 怪我人は!?』
「重傷者はいねぇよ。錯乱した連中は今……片っ端から空が沈めていってるから。……救護班を送ってくれ」
『アイツ、一人ずつ眠らせて回ってるのかよ……』
無線越しに、花谷の呆れたような声が漏れ聞こえた。
- - - - -
「夜宵、映画館にはいくつスクリーンがある?」
「二フロアで計八つです」
「よし。渡峯さん、俺たちは上の階を回る。下の階は頼んだぞ」
「わかった。……夜宵、通電は絶てるか?」
「誰かがこちらの動きに気づいたようです。カウンターで攻撃を受けてます……でも、なんとかします!」
夜宵の必死な応対を聞き、渡峯は花谷を連れて突入を試みる。
「花谷、俺たちも行くぞ」
「すみません、渡峯さん。先に行きます」
花谷はそう言い残すと、目にも止まらぬ闇の奥へと消えていった。
「おい、花谷……!?」
残された渡峯は、花谷の背中を見送りながら、拭い去れない違和感を強く感じていた。
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