Log. 06 ――静寂を裂くのは弾丸か。
――東側にて。
地下道のさらに奥、湿り気を帯びた暗がりのなかで、伊勢が唐突に足を止めた。
「葛城、手帳端末を貸せ」
「え?」
「いいから」
伊勢は半ば強引に葛城の端末を奪うと、無造作に電源を落とした。
シャットダウンを知らせる電子音が消え、周囲は真の静寂に包まれる。
「勤務中の警察手帳端末のシャットダウンは職務規定違反。始末書ものですよ」
葛城よりも勤務歴の長い伊勢が、そんなことを知らないはずもないのだが。
「わかってる。」
葛城が理由を問うより前に伊勢が続ける。
「……二人でゆっくり話をしたくてな。少しの間しか持たねぇが、ここからの会話は記録に残らねぇよ」
だろうな。と葛城は短くため息をついた。
「……シャットダウンしても怪しまれないような小細工は、準備済みってわけですか」
「まぁ、さっき買収したばかりなんだがな。もう大丈夫だろう」
伊勢は重い溜息をつき、深く、深く深呼吸をした。
その横顔には、普段の粗野な刑事の面影はなく、ただ一人の男としての苦悩が滲んでいる。
「……無事でよかった」
「……」
「お前が無事で、本当に、本当によかった」
絞り出すような声に、葛城は微かに目を見開いた。
「蒼さん……」
「……感謝、しています。私は半年間、眠っていたそうです」
葛城は視線を落とし、記憶の断片を手繰り寄せる。
「ずっと、同じ夢を繰り返し見ました。相棒を見捨ててあなたに助けられる夢。その夢は見るたびに鮮明になっていって、目が覚めた時、それが夢ではなく自分の経験だったと知りました」
「……」
「あなたに助け出されて、私は生きていられた。助けてくださって、本当にありがとうございました」
葛城の言葉に、伊勢は顔を歪める。
「礼を言われるようなことはしてねぇ。俺は、アイツを見捨てたんだ。……恨んでるだろ、俺を」
「いいえ、蒼さんの判断は正しかった」
葛城はあっさりと言い切った。その瞳には、揺るぎない確信が宿っている。
「それに、死んだと決まったわけじゃありません。リクの遺体は、まだ見つかっていない。……リクは生きてますよ。絶対に」
「空……」
無理に明るく振る舞う葛城を見て、伊勢は言葉を飲み込んだ。
葛城は話題を変えるように、ずっと抱えていた疑問を口にする。
「蒼さん、一つ聞きたいことがあります。どうして、一度もお見舞いに来てくれなかったんですか?」
「ああ……事件後、お前に関する情報は生死含めてすべて隠匿されていたんだ。サイ犯の奴らに何度か頼んでみたんだが、かなり硬いロックがかかっていて……本当に何もわからなかったんだよ。だから、今日お前を見て驚いたが、安心した」
「……そんなに厳重に? サイ犯に頼んでも容易にはわからないなんて、それってまるで――」
葛城が言葉を繋ごうとしたその時、遠くから複数の足音が響いた。
「(小声)……! 明かりを消してください」
「(小声)ああ」
「(小声)成人男性が三人……。蒼さん、手帳端末の電源を入れて!」
伊勢が慌てて端末を立ち上げる。
だが、画面に表示されたのは無機質なエラーメッセージだった。
「(小声)……っ、接続エラー!? 一体どうなってるんだ!」
闇を切り裂くように、激しい銃声が轟いた。
- - - - -
西側では、しばらくの間報告が途絶えている二人を心配するように花谷が口を開く。
「東班からの報告がないですね。大丈夫でしょうか?」
花谷は眉を寄せ、渡峯に視線を送る。
「そうだな。そろそろあってもいい時間だが……。東班、聞こえるか?」
渡峯が無線を叩くが、返ってくるのはノイズだけだ。
「電波状況が悪いのか。比与森、拾えるか?」
『い、今お手洗いです!』
「あいつ……! 夜宵、東側とは連絡がとれているか?」
『それが、少し前から位置情報を拾えなくて……!』
「もしかして、なにかあったんじゃ……!」
不穏な予感に駆られ、二人が歩を速めたその時、渡峯が鋭く足を止めた。
前方、曲がり角の先に動体反応がある。
「……!」
二人は小声で会話をする。
「男が二人。一人は拳銃、もう一人は長物――猟銃かライフルです」
「……今の短時間で、よくそこまで見えたな」
「たまたま見える角度だっただけです」
花谷は表情一つ変えずに端末を操作した。
「スキャンかけるぞ」
そう言って渡峯が動こうとした瞬間、微かな砂利の音が響き、容赦のない発砲音が地下通路を震わせた。
「位置がバレたな。発砲許可の申請を――」
「してあります」
「なっ……!?」
『発砲許可、受理されました! いけます!』
無線から夜宵の叫び声が響くと同時に、花谷が地を蹴った。
「僕が行きます」
「おい、待て!」
制止の声を置き去りに、花谷は闇の中へと消えていく。
乾いた銃声が数発。
そして、肉体が地面に崩れ落ちる重い音が続いた。
渡峯が駆けつけると、そこには既に無力化され、手際よく手錠をかけられた二人の男が転がっていた。
「犯人二人、確保しました」
息一つ乱さず、冷徹に言い放つ花谷。
渡峯はその光景を信じられない思いで見つめていた。
……利き足を的確に撃ち抜かれている犯人二人。
暗闇の中、これほどの正確な狙撃をできる人間は署内でもほとんどいない。
それに、一連の手際の良さや、瞬発的な判断力。
現場慣れしている、という言葉では足りないほどに花谷は優秀だった。
「君は一体、何者なんだ?」
夜宵に本部への報告を命じ、渡峯は背を向ける花谷の後ろ姿を鋭く睨み、小さくつぶやいた。
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