家に帰りたい

青川メノウ

第1話 家に帰りたい

介護施設で暮らす86歳の弘子さんは認知症で、夕方になると「家に帰る」と言ってきかなくなる。

「娘に電話する」と言う弘子さんに、

「はい、どうぞ」と職員が受話器を渡す。

「帰るで迎えに来て」と弘子さんが頼むと、

「明日行くからね」と娘が答える。

「待っとるでな」

弘子さんは安心して受話器を置いた。

実は弘子さんと話したのは娘ではなく、施設の女性職員だ。

嘘をつくのは心苦しいが、弘子さんは明日になれば忘れてしまうのだ。

『帰れる』と信じて、穏やかに過ごす方がよっぽどいい。

そんなある日、電話でいつものやり取りをした弘子さんは、

「今日は久々に息子と話したよ」

と満面の笑みを浮かべた。

奇妙なことだった。

娘役の声が息子のものに聞こえるわけがない。

そもそも弘子さんに息子はいないはずだった。

認知症による妄想だろうか?

まあ、大した問題ではない。

弘子さんが落ち着きさえすればいいのだ。

しかしその夜弘子さんは突然亡くなった。

もともと心臓が悪く血圧も高かった。

後でわかったが、弘子さんは昔、息子を事故で亡くしていたらしい。

ご遺体は娘さんに見守られ、霊柩車れいきゅうしゃでご自宅へ向かった。

魂は息子さんが迎えに来て、一緒に天国へ行ったのかもしれない。

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家に帰りたい 青川メノウ @kawasemi-river

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