炭鉱少女 〜Pickup Girl〜

蒼山みゆう

炭鉱少女 〜Pickup Girl〜

 私には最近、仲の良い友達と尊敬する大人が新たにできた。


 日本人のクォーターで、海外から同じ学科に編入してきた女の子と、その又従兄またいとこなお兄さん。


 スルリと私の日常に潜り込んで来た2人との穏やかな暮らしは、どうしようもない暴力で一度粉々に打ち砕かれた。


 私は見ているだけで、何も出来なかった。


 けれど悲劇で心が壊れた彼女を救い上げたのは、お兄さんによる徹底的な自己否定からの、生存欲求承認へと誘導する異端の歌。


 音楽が生命を繋いだ瞬間に、私は初めて出会った。


 観光地で綺麗な泉を見たときのような感動なんかじゃない。

 油田がいきなり足元から噴き上がってきたような衝撃。


 黒くて、臭くて、ベタついていそうで。

 それでいて、とてつもない熱量を秘めた触れがたいもの。


 鬼才。


 それがこの人を一言で表現するときに適切な言葉だろう。


 舞台じゃない現実世界、それも緊迫した事態の中、歌で救う選択肢を取った信念。

 たったスリーテイクでの即興ソングライティングで『干からびて、しまえばいい』から始まる呪詛を生み出す感性。

 ワイドビブラートが強すぎるヘタウマすれすれの声。それでも、祈りが確かに伝わる絶唱。


 それは歌を贈られた彼女だけじゃない。その場に居合わせた私たちバンド全員は、これまでの世界観を無理やり再構築させられた。


 この人が過去にどんな曲を作っていたのか。

 ベーシストの1人として、私が興味を持つのは当然の流れだった。



 ◆



 あの事件の翌日の夜。探し物を見つけるのは、いつものように推しアイドルの訪問カフェを調べる程度の労力で済んだ。他のSNSアカウントは以前見つけていたし、特に躓くような要素もない。


【初音ミク】炭鉱少女【オリジナル曲/未遊P】 


 投稿日は2012年のクリスマスイブ。10年前のこの頃は、ボカロ出身のアーティストたちが続々とメジャーへ転身を始めた頃。これを最後に未遊Pはピコピコ動画での音楽投稿を辞めているようだ。


 自作のイラストではツルハシを支えに立ち上がろうとするつなぎ姿のミク、そして足元で燃えている小さな石炭が描かれている。

 美術の成績ならまず5は確定でも、有名絵師にはほど遠いし、サムネで人は集められない力量感。

 それでも十分に伝わる可愛い絵を自給自足できる人は、他のボカロPでは片手ほどしか思い浮かばない。圧倒的な強みだ。万年美術3の私は嫉妬しかない。


 ひと呼吸おいて、私は再生ボタンを押した。

 ピーカピカ動画♪ と、間の抜けた声による広告CMを潜り抜ける。


 そこには先程までの風景とは異なる、痛烈な残響が待ち受けていた。


『ダイヤモンドは ここにはないよ』


 出だしのサビから放たれる重力に、私の全身が硬直する。  


 このシンプルながらも、まずあり得ない組み合わせのこの言葉に、何をあの人は込めたのだろう。


『ボタボタこぼれた 夢の跡地さ』


 続くこのフレーズで示唆される石炭カスや、曲目からしても、輝かしさとは真逆の方向性であることは明確だ。


『もっと大きな石炭見つけて 燃やし尽くしてみたいの

 炭々たんたんと掘り進むよ』


 アンバランスなタイトルと、苦難を想起させるイラスト。そして1つ目のサビの締め。あぁ、この少女はあの人自身のことに違いない。


 シンプルな4つ打ちのドラムと、全音中心のストリングス、強いディストーションのかかった低めのギター、水滴のように時折響くピアノ、動きの少ないベース。


 暗いトンネルの中の世界観は十分に伝わる構成。

 間奏で垣間見えたこの曲の底に今は目を向けず、私は続く1番を通し聴いた。


『一人ぼっちの舞踏会に 王子様は来ないの

 安全靴以外はお帰りなさい

 12時までの魔法は 使わないって決めたの

 シンデレラに私はなりたくないよ』


CO2-CO2コツコツと ここに響くのは 

 黒金括り付けた嘴だけで

 儚い金糸雀カナリアは もう飛び立ったの』


 モチーフ選びの精度と多層化はもはや異常。

 1枚絵由来じゃなく歌詞によって、炭鉱少女の動きがすぐに浮かぶ。映像描写力も強い。

 少なくともうちの軽音部でここまで書ける人間は皆無と言い切れる。


 だけど流行曲に中指を突き立てるような、執着の結晶のようなこの世界観は危うさしかない。

 2度目のサビを聞いて、私はこの曲の核に気づいてしまった。


『ダイヤモンドは ここにはないよ

 ボタボタこぼれた 夢の跡地さ

 もっと大きな石炭見つけて

 燃やし尽くしてみたいの』


 同じフレーズは決して手抜きじゃない。

 見えてくる心象風景が全く違う。


 これは売れない作家の意地と────


痰々たんたんと掘り進むよ』


 絶望の歌だ。


 これだけ暴力的な歌詞を書けるのに。

 王道なメロディーは外していないのに。


 この人には、編曲できる誰かが付いていてあげるべきだった。


 ド素人よりは編曲も勿論上手い。最低限の基礎もある。

 でも、この苦しみは2番以降を聞くと露骨に見えてしまった。


『1人ぼっちの演奏会に おひねりは出ないの

 ガラスの靴以外は お帰りなさい

 12時までの魔法は 間に合わないと分かるの

 シンデレラに私はなり損ねたよ』


 ミクの調声も上手いのに。 

 2番から、敢えてユニゾンで低音のミクの声を重ねる発想もトンネルらしい。少なくとも世界観にきっちり合わせられている。


 でも、私自身がベーシストだからこそわかる。単調過ぎるドラムとベースが、世界観に追いつけていない。


 きっと本人も気づいていたからこそ、抗った爪痕も見える。けれど使い方を間違ったアレンジが、グルーブ感の喪失に繋がってしまっていた。


 ギターはあまり分からないけれど、ソロやリードのゆったりめなメロディーの作り方は整っているのに、カッティングが乗れない。


 うちのギター担当ならこんな弾き方はまずしない。これならあの人の自パートらしい、ピアノ1本の方が絶対に強い。


 間奏での泣きのギターソロの作り込みまで、できているのに、リズム隊の噛み合っていなさが失敗ライブを彷彿させて、余りにも胸が苦しい。


CO-CO煌々とここで燃やすのは 

 白帯縫い付けた口先ごとで

 短い蝋燭は もう取り出せないの』

 

 直喩も、定番語彙もほぼ使わない。

 浅い傷の舐め合いや、上辺の愛と希望を語るつもりもない。

 臓腑でこちらの首元を絞めてくるような苛烈な歌が、ここにはあった。


 歌詞の世界観や構造に固執した結果、商業性や大衆性という逃げ場を手放したボカロP────それが私の見立てだ。


 1番と2番の対比構造はただの美しさなんかじゃなくて、もはや一酸化炭素致命的な毒でしかない。


 たった布1枚の守りマスクすらも捨てるその覚悟は、余りにも痛々しい。


『ダイヤモンドは ここにはないよ

 ボタボタこぼれた 夢の跡地さ

 もっと大きな石炭見つけて

 燃やし尽くしてみたいの』


 3度目の同じサビ。


炭々すみずみを掘り尽くすよ』


 でもそこには燃え尽きる前の最後の意地、やり切る覚悟があった。


『引き返したって ダイヤモンドは硬すぎるの

 横に進んだって きっと迷子になるだけなの

 だから 深く 深く 深く 

 誰も届かない場所へ   

 見つけて欲しいはずなのに』


 雰囲気が一転するCメロで、これまでの強がりの裏の本音が全て露出する。


 売れ筋の舞台に上がってもきっと勝てないという自覚。

 退路を断つしかないという、前方への逃避。


 再生回数───152回。

 コメント───0個。


 この非情な現実は、他の曲でもきっとそう変わらないのだろう。


 この時点まで来るときっとその承認欲求は才能に対するものじゃない。

 きっとこれまで掘り進めた努力、存在の在り方に対してのものだ。


『ダイヤモンドは ここにはないよ

 ボタボタこぼれた 夢の跡地さ

 暖を取ってくれたら 嬉しいな 

 まだ見えない君が』


 最後のサビは、少しだけ変化があった。


 こここの曲そのものに輝けるものはないとの断定。


 でもその熱量があったことと、それを誰かに渡したかったという僅かな願い。


 次の再生ではコメントを投稿しようとして、そもそもピカピカ動画のアカウントがないことに気づく。


 アカウントから作ろうか。ここで何もしないという選択肢はなかった。


「清ねぇ、何聞いとるん? えぇ曲見つけたん?」


 いつの間にかバイトから帰宅していたルームメイト兼ギタリストがひょっこり顔を出す。


「うん、聞いてみて。いい曲だよ。多智花さんの」


 有線イヤホンの右耳を貸し、2人でもう一度、炭鉱少女を再生した。


 私は再び聴き入りながら、曲の後に相棒にかける言葉を考える。


 1週間前、雨の学祭で不戦敗になってしまったラストライブ。


 燃え尽きるタイミングさえなかった私たちの中には、放出できていない熱がまだまだ残っている。


 あの即興をやりきったのだ。

 お兄さんにもきっと余熱があるはず。だから。


 もう一度ライブしよう、この人の曲で。


 私がそう口にするよりも前。

 強く握り締められた手には、汗ばんだ体温があった。


「────ろう、清ねぇ」




■あとがき

拙作をご覧頂きありがとうございます。 


当作品は、連載中の拙作「起詞回声〜ウクライナ少女と作詞おじさん 農大バンドで再起する〜」のプロローグ後日譚となります。疑似家族×バンド×農業な異色作ですが、フル作詞作曲済で気合入れておりますので、是非ご覧頂けると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/822139839002803918



■炭鉱少女 歌詞全文


ダイヤモンドは ここにはないよ

ボタボタこぼれた 夢の跡地さ

もっと大きな石炭見つけて

燃やし尽くしてみたいの


炭々たんたんと掘り進むよ 


一人ぼっちの舞踏会に 王子様は来ないの

安全靴以外はお帰りなさい

12時までの魔法は 使わないって決めたの

シンデレラに私はなりたくないよ


CO2-CO2コツコツとここに響くのは 

黒金括り付けた嘴だけで

儚い金糸雀カナリアは もう飛び立ったの


ダイヤモンドは ここにはないよ

ボタボタこぼれた 夢の跡地さ

もっと大きな石炭見つけて

燃やし尽くしてみたいの


痰々たんたんと掘り進むよ 



一人ぼっちの演奏会に おひねりは出ないの

ガラスの靴以外は お帰りなさい

12時までの魔法は 間に合わないと分かるの

シンデレラに私はなり損ねたよ


CO-CO煌々とここで燃やすのは 

白帯縫い付けた口先ごとで

短い蝋燭は もう取り出せないの


ダイヤモンドは ここにはないよ

ボタボタこぼれた 夢の跡地さ

もっと大きな石炭見つけて

燃やし尽くしてみたいの


炭々すみずみを掘り尽くすよ 



引き返したって ダイヤモンドは硬すぎるの

横に進んだって きっと迷子になるだけなの

だから 深く 深く 深く 誰も届かない場所へ   

見つけて欲しいはずなのに  



ダイヤモンドは ここにはないよ

ボタボタこぼれた 夢の跡地さ


暖を取ってくれたら 嬉しいな 

まだ見えない君が

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