機動捜査隊『Ω』

藍沢みや

第1話 プロローグ

 20XX年——地球に隕石が追突した。地球の三分の二は消滅し、環境もインフラも激変した。そして、隕石と共に、地球外生命体——α(アルファ)が到来した。彼らはアリ型のモンスターで人間を捕食する。驚異的な力を目の当たりにした人間たちは足掻き、抵抗した。が、虚しくも、相手には敵わなかった。

 αが地球を侵略し始めて五年にして、漸く人類は反逆の糸口を知ることとなる。秘密結社α対策室の設立である。これは一部の人間のみが知り、一部の有能な人類のみが所属できる秘密結社であり、特殊な方法を使ってαを撃退する。そうしてαは数を減らすこととなったが、未だその脅威に人間は勝利していない。




 20XX年——一月某日。

「東雲(しののめ)先生、お使いお願いできる?」

「はい!」

 保育園の午睡中、皆の昼食を買いに行くよう頼まれた。自分の持っている一歳児三名は寝静まっている。お帳面の記載も終わっていたため、快く引き受けた。

「最近α、見なくなったけれど、念のため気をつけてよ」

「はい!なにか持っていきますね」

 職員用玄関に置かれた武器を一丁手にし、外に出る。

「行ってまいります」

「行ってらっしゃい」

 園長先生に見送られ、園を後にした。

 隕石が落ち、αが到来してから五年が経った。生活はめまぐるしく変わり、人々は疲弊していった。それでも、命ある限り生きなければならない。東雲渚(なぎさ)もその一人だった。大学生の頃、隕石が落下。幼稚園実習中の出来事だった。渚のいた地域は無事だったが激しい地震と水難、土砂崩れに停電、建物の倒壊により、保護者複数名が死亡し、迎えに来られない親のために、二十四時間体制で子供たちを見守ることに。そして、——αが現れる。

 必死の抵抗。保育士総動員、実習生も搔き集められ、警察が来るまでの間凌いだが、残念ながら、生き残ったのは乳幼児九十名中、三十二名。保育職員、役員含め二十名中三名。そして実習生五名中、一名。

 警察の銃撃によりα一体を射殺。だが、警察側も被害が出た。そして、異例の事態ということもあり、拳銃五丁を置いて、警察は次の現場へと向かった。主任の話によると、その警察たちは次の現場で全滅したらしいが——。

 「唐揚げ弁当二つに、のり弁が三つね」

 スマートフォンはもう使えない。メモした紙を見ながら、弁当屋へ急ぐ。町はだいぶと復旧された。政府は隕石により消滅したが、偶然出張に出ていた防衛大臣は無事で、金田仁嗣(かねだひとつぐ)氏が今は欠けた日本のトップらしい。テレビやラジオがない今は、噂程度に聞く話だが。

「おばちゃん!今日もお弁当お願い!」

「はいよ!東雲先生、お疲れ様。お茶でも飲んでいきね」

「ありがとうございます!」

 馴染みのあるおばちゃんに注文し、店の中へ入ると、すぐに温かいお茶を出してくれた。

「白湯でいいですよ。お茶、貴重でしょう」

「いいんよ。お茶はうちで育ててるさかい」

「ありがとう」

 久々のお茶を喜んで頂く。風味があってやはり美味しい。お弁当ができるまで、お茶を飲んで待つ。湯呑の柄がかわいくて眺めていると、ご主人が横にやってきた。腰かけて、言う。

「東雲先生、うちはいつまで無事やろうか」

「何言ってるんですか、まだまだ大丈夫ですよ。何かあったら駆けつけます」

「ありがとうねえ」

 曲がった腰を撫でながら、ご主人が笑う。

「こんな別嬪さんに守られてねえで、おらが守ってやんねえとなあ」

「別嬪さんだなんて、奥様に怒られますよ」

「そうよ!ナンパしとらんで仕事せんしゃい!」

「すまんすまん」

 わはは、と豪快に笑い厨房へと消えていった。この夫婦が渚は好きだった。

「お待たせね」

 暫くして、おばちゃんからお弁当を受け取り、お金を払う。お茶のお礼を言って、お店を出ようとしたその時。

——腐敗臭がした。

 鼻を劈く、身に覚えのある臭いを嗅いで、体中が全身熱くなる。

「αだ!逃げろ!」

 誰かの叫び声と共に、拉げた音が鳴った。音の先に目線を向けると、人間が——喰われていた。五年前の光景がフラッシュバックする。甲高い耳鳴りの音に、固まった体を動かしたのは、聞きなれた声だった。

「東雲先生!早く中に入らんしゃい!」

 お弁当屋のおばちゃんが険しい顔でこちらを見ていた。反射的に体は動き、お弁当屋の中へ駆け込んだ。ご主人がシャッターを閉め、三人で部屋の奥へと進む。奥にシェルターがあるとのことだ。五年前に使ったまま未使用だった拳銃を握りしめ、シェルターの中へ入る直前、思い止まった。

「すみません。私は園に戻らないと」

「なに言っとるがね、こんな時に!」

「すみません。でも、子供たちが寝ているんです」

「もう無事かもわからんじゃろ!」

「それでも!保護者の代わりに守らなきゃ…!」

 引き返そうとした時、おばちゃんが両手を握ってきた。

「あんたはうちの娘みたいなもんや、行かせたあない」

「おばちゃん…」

「でも、うちに子なら、助けに行くに決まってる…!じゃけえ、せめてこれ、持っていきな」

「え?」

 ご主人がシェルターの中から散弾銃を取り出し、手渡してきた。

「使い方、わかるか」

「いえ」

「ポンプアセクション言うてな、先台をスライドさせて打つんや。なあに、落ち着いてやればええ」

「でも、これ…」

「まだ奥にある。行ってこい」

「でも…!」

「また、弁当買いに来いよお」

「……はい!ありがとうございます!どうか、ご無事で!」

 急いでシャッターをこじ開け、外に飛び出すと、異臭が鼻を突いた。火災も起きている。急がなければ。

 走って園へ戻ると——そこは戦場だった。

 園児たちの泣き叫ぶ声、職員の死体。落ちた肉片を蹴って、えずく。燃える園の中を駆け回り、室内の中心で丸まっている子供たちと、それを守る園長先生を見つけた。

「みんな伏せて!」

 自分の声に反応し、皆が伏せたのを見て銃口を構える。

先にはαが二体。いわれた通り先台をスライドさせ、発砲した。思っていたより反動がでかく、体が傾くが踏ん張り、もう一体目掛けて銃を撃った。

——当たった。

 二体はバランスを崩し、その場に倒れた。すかさず近距離まで行き、開いた口に銃口を向ける。体は燃えるように熱く、耳鳴りが止まらない。

 銃口を口に突っ込んだまま、引き金を二度引く。緑色の粘着質な液体が顔に飛び散ったが、拭いもせず、もう一体の口に銃口を突っ込み、引き金を引いた。ぐちゃり、と音を立てて二体は息絶えた。

 一瞬の静寂の後、渚はその場に膝をついた。

「東雲先生!」

 園長先生が駆け付け、渚の背中を擦る。

「ありがとう、ありがとう」

「園長先生、腕が…!」

「嗚呼、いいのよ、これくらい。子供たちが無事でよかったわ」

 今回の被害者は職員数三名。もう、二人しか残っていない。保育園は、もう機能しない。先程まで笑い合っていた仲間が、肉の塊と化してしまった。涙を零す余裕はない。

「火の手がそこまで迫っています!」

「訓練通り、園庭へ逃げましょう!東雲先生は0歳児を!」

「はい!」

 急いでカートを用意し、0歳児三名を乗せる。さすがは園長先生。あと二十九名もの園児を引き連れて、園庭へと到着した。見る見る間に園は焼けて、倒壊した。

「これからどうすれば…」

「うっ」

「園長先生!」

「大丈夫、大丈夫よ」

 千切れた腕が痛むらしく、額に大粒の汗を乗せていた。自分のエプロンの紐を引きちぎり、それで応急処置をする。傷口をきつく縛るが、血は止まらない。

「救助を…誰か」

 いないのだ。今、外に出て助けを呼びに行ける人員が。

「なぎさせんせい」

 泣きながら子供たちが抱き着いてくる。この子たちを守らなければ。

「大丈夫よ。怖いアリさんのお化けは、先生が倒したからね。もう大丈夫よ」

「こわかったよお」

 子供の泣き声の大合唱に、こちらも泣けてくる。怖い思いをさせてしまった。先生たちも、どんなに無念だったか。

「…今から、みんなで安全なところに避難します。避難訓練、覚えてるかな」

「うん」

「じゃあ、園長先生」

「ええ。みんな、前へ習え!」

 泣きながらも、子供たちはそれぞれ列へ並んだ。日ごろの訓練の成果が発揮された。安堵しつつ、園の外へ出る。

 ここから安全な場所——姉妹園へ移動する。距離はそう遠くない。

 普段のお散歩の道ともあって、園児たちは順調に進んだ。徒歩で約十五分、園が見えてきたころ園長先生が叫んだ。

——αがいる!

 その声に反応し、銃を構えて列を飛び出すとそこには——αとは呼び難い何かがいた。どす黒い体に長い手足、真っ赤な長い舌に仰々しい目。アリ、というよりもカマキリに近い姿形をしている。

「園長先生!子供たちと姉妹園に!」

「東雲先生!」

「私が時間を稼ぎます!」

 そういうなり、飛び出した。一気に加速し、近距離で銃弾を撃ち込む——が、弾かれた。さっと血の気が引くものの、諦めず、もう一度、次は目に向けて打ち込むと、わずかに体制を崩した。

「今のうちです!」

「みんな行くよ!」

 園長の先導で子供たちが雪崩のように園へ入っていった。その様子を見届け、走って化け物と距離をとる。何弾か目に打ち込むと、玉切れした。

「嘘っ!」

 化け物は完全に渚をターゲットにしている。ギラギラと光る獰猛な瞳に、怯えた自分の顔が映っていた。

「キャー!」

 園から叫び声が聞こえた。まさかと思うと——もう一体、いた。

 絶望的な状況の中、渚は走った。今、喰われそうになっているのは、自分が受けもつクラスの一番年少のりんちゃん。

 待って。待って。待ちなさい。食うなら、私を。私を——。

 散弾銃を投げつけたが、化け物はびくともしなかった。そのまま頭から、子供を喰う。鮮血が飛び散り、ぴくりと動いた指先は、見る見る間に化け物の口の中へ入っていった。

「あああああああああああ!」

 化け物に突進するが、こちらを見向きもしない。どれだけ殴っても、手応えが無い。そして、次から次へと、子供へと手を伸ばす。一本だったはずの腕は十本までに増え、全部の指で子供たちを捉え、喰っていく。

 あっという間に三十二名全員、喰われた。

 残ったのは、血に塗れた化け物二体と、園長先生と自分。武器はもうない。

「東雲先生、逃げなさい。次は、私に任せて頂戴」

「何を…言っているのですか」

「早く!」

「こんな化け物相手に!素手で!」

「お願い、私にも、守らせて」

「先生…!」

 涙がついに零れ落ちた。嫌だ。嫌だ自分一人だけ逃げるだなんて。そんなこと。

——そんなこと。

 まだ諦めない。何か、何かないか。

 涙をぬぐって、園の玄関にある消火器を——見つけた。思い立つや否や、消火器を手に取り、栓を抜く。化け物に目掛けて噴射し、出し切った矢先、園長先生の手を掴む。

「走ってください!」

「え、ええ」

 驚いたような声を聞きながら、必死に走る。園長先生と手を繋ぎながらがむしゃらに走った。喘鳴が出るほど走った先には、何もなかった。ただ、崖だけ。ここから落ちたら、怪我だけでは済まない。

「もう、無理…!」

 園長先生がその場で膝をついた。つられて自分もそこにへたり込めば、また劈くような腐敗臭がする。

「嗚呼、もう、来たのね」

 園長先生が覚悟を決めたようにそう言い、立ち上がった。

「東雲先生、ありがとう。一番下っ端のくせに、やるじゃない」

「園長先生…!」

「次は、年長者の意地ってものを見せてやるわ」

「よしてください」

「ほら、立って。飛び降りなさい」

「え」

「大丈夫、下は芝生よ。それに、こいつらに喰われるより、幾分かましでしょ?」

 可笑しそうに笑いながら、いつものように、園長先生は言った。

「いってらっしゃい、東雲先生」

「園長、先生…!」

 どん、と胸を押され——落ちる。それと共に、ウインクをする先生と目が合った。そして園長先生は——喰われた。


 20XX年三月——。

「東雲渚。貴殿を本日付で秘密結社α対策室、機動隊Ωへの専属を命じる」

「はい」

 渚はとあるビルの最上階にいた。黒の正装を身に纏い、執念にも似た力強い眼差しで前を見据えて——。

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機動捜査隊『Ω』 藍沢みや @myachi

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