【外伝】モモレンジャーの冒険

松本章太郎

第1話

 彼女が特撮好きな俺をどう思っているか、薄々気づいてはいた。戦隊モノや変身ヒーローの話をするとき、彼女は最初こそ「……子どもみたい」と呆れた顔を見せることもあったが、その瞳の奥にかすかな笑みがチラリと見えていた。

 でも、まさか、冗談半分に「変身してみてよ」とは言ったけど、本気にやってくれるとは、思いもよらなかった。

 ある夜、玄関のチャイムが、いつもより少し緊張し硬いリズムに聞こえた気がするチャイムが、なった。

 扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、ピンクのマント、胸元の斜めラインの入ったスーツ、そして大きなハートがついたマスクを被ったあの女の子だ。

「……すごい……モモレンジャーだ」

 その正体が彼女だろうとは分かるんだが、本物のモモレンジャーが来てくれたんだと、舞い上がってしまう。

 マスク中に埋もれている彼女の瞳は見えないけれどもきっと僕を見つめてくているはずだ。

 肩は上下にかすかに小さく震え、ハア、ハアと呼吸している息苦しさがはっきりと感じ取れる。

「入って、入って」

 中へ招こうと、彼女の手に触れた瞬間、その指の熱さが伝わってくる。この熱さと、彼女は、たった今、戦っているんだ。

 ソファに座らせた俺は、興奮して弾んだ息を整える。

「しゃべれる? 苦しくない?」

「……だ、だいじょうぶ」

 かすれた、でも、聞き慣れたあの声が答えた。でも、その声にこもる息苦しさが僕の胸に鋭く刺さり、あぁ、俺のために、なってくれているんだと思い、ジーンとしてしまった。

 夢みたいな時間が始まる。

 テンションが跳ね上がった僕は、彼女に次々ポーズをお願いする。

「両手を腰に! 決めポーズ!」

「今度は可愛い感じで!」

「一緒に撮ろう!」

 彼女は恥ずかしそうに、でも一生懸命応えてくれ、マスク越しなのだが、頬が熱くなってるのが分かる。

 俺は、モモレンジャーを撮すのではなく、ただ、ただ、モモレンジャーになってくれた彼女を撮したかったのかもしれない。

 じゃれあい、ふざけあって、ソファに倒れ込んで、転がって、息が切れるほど笑った。

 この人が愛しくてたまらなくなり、気づけば、そっと手を伸ばしていた。

 グローブの上から、ぎゅっと手を握ると、その温度が伝わったようで、胸の奥に電気が走る。

 ヘルメットの固い曲線をゆっくり撫でながら、彼女の髪そして頬に触れたいと感じながら、今は、この姿を最後まで、大切にしたいと思っていた。

「モモレンジャーになってくれて……ありがとう」

 そして、マスクの上にそっと唇を寄せた。彼女に直接届かなくても、きっと気持ちは届くだろうと信じて。

 それでも、じっとモモレンジャーを見つめていると、素顔の彼女を抱きしめたくて、いても立ってもいられてなくなってきた。そしてその笑顔を、この目で見たくて、見たくてガマンができなくなった。

「そろそろ、マスクを取って顔を見せてくれない?」

 だけど彼女は、小さく震える声でつぶやいた。

「……ごめん。今日は……モモレンジャーのままで、いさせて」

 え、何で?その言葉には驚かされ、素顔に会いたいという気持ちはますます募っていく。でも次の瞬間、こんなに頑張ってくれた彼女の気持ちを大切にしようという気になった。

「うん、わかったよ。今日は最後まで、モモレンジャーでいてて」

 彼女の選んだ姿を、俺はちゃんと受け止めるんだと自分に強く言い聞かせた。

 帰り際、最後にもう一度、ヘルメットを被って顔の見えないモモレンジャーを抱きしめた。

 それでも——いや、だからこそ、彼女の想いが強く響いた。

「暑くて大変だったね」

「ありがとう」

 その肩を小さく揺らしながら帰っていく彼女を見送りながら、僕は、玄関を出てマスクを脱ぎほっとした彼女の顔を想像していた。

 可愛くて、健気で、最高の女性だ。でも、この夜、どれだけの恥ずかしい思いと闘ってきたか、どんなに暑さと息苦しさに耐えていたか、そのことに気がついた。

 彼女の好意に甘えて辛い目に遭わせてしまったに違いない。

 彼女に丁寧な手紙を書こう、感謝の気持ちを伝え、そして無理なことをさせてしまったおわびの気持ちを伝えよう、そう決めた。




 あなたからもらった手紙を、あの夜からもう何度読んだかわかりません。

 読むたびに胸の中がじんわりあったかくなって、気づいたら息を止めてしまっている自分がいます。

 あの日、私は自分の部屋でピンクの衣装を見つめながら、「本当にやるの?本当に行くの?」って何度も自分に問いかけていました。

 でも、決めました、「さあ、モモレンジャーになろうね」と自分に言い聞かせて、変身が始めます。

 衣装の袖に腕を通し、胸のジッパーを上げると、だんだん、自分じゃない誰かになっていきます。

 ドキドキしながら鏡の前に立つと、私は思わず「こんな格好、まさか私がなるなんて、信じられない」とつぶやき、顔が真っ赤になったことを覚えています。

 でもね、あれがただの「衣装」じゃなくて“変身”だったと気づいたのは、あなたの家へ向かう途中でした。

 コートの下に隠したスーツの生地が、歩くたびにこすれて「ここにいるよ」って教えてくれ、不思議に恥ずかしさと同時に勇気を膨らましてくれたのです。

 玄関の前に着いた時、私は息を吸いすぎるほど大きく吸い込みました。

 そしていよいよピンクのヘルメットをかぶります。

 留め金のパッチンという音ともに、暗く息がこもる別の世界へさ迷い込んだ感覚になって……正直、あの瞬間が一番寂しくて、一番泣きそうにもなりました。

 が、扉が開いて、あなたの顔が、光の中から現れたあの一瞬で、あの一瞬で、全部報われました。今でもそう思っています。

 目をまん丸に見開いて、本当に嬉しそうに、子どものように笑って、「すごい」「ほんとにモモレンジャーだ」といった声、その声は私の胸の奥にまでしっかり届いて、涙が出そうになりました。

 ヘルメットの中は暑くて苦しかったんですが、あなたには見えなかったでしょうが、あの時の私の顔は、しっかりと笑っていました。

 あなたが写真を撮るたびに、ポーズがお願いされるたびに、私の胸がきゅっと縮んだのは、あなたの声が私に“ご褒美”として与えられたからです。

 そして、抱きしめられました。硬いヘルメット越しで、直接触れられていないのに、息が止まるほど幸せだった私は、今思えばちょっとおかしいですよね。でもあれはすごいものでした。“この夜の私”を肯定してくれる力そのものでした。

 あなたは今、私に無理をさせたかもしれないと少し苦しく思っているみたいだけれど、どうか覚えていてほしいんです。

 あれは、あなたのために“つらさを耐えた夜”じゃなくて、あなたのおかげで“自分を誇れた夜”だったんです。

 ただ、ヘルメットを最後まで脱がなかったことを、もう一度、おわびをしなければなりません。

 私だって、どれだけ脱いでしっかりあなたの顔を見つめたい、そして………と思っていたか知れません。でも、汗まみれのすっぴんの顔を、そしてあのピンク色の布をかぶった顔を、モジモジ君の私を、お見せする勇気が出なかったんです。

 でも、……もしあなたが望むなら、私はまた変身します。もっと息が苦しくても、もっと恥ずかしくても、もう一度、あの玄関に立つ勇気はあります。

 モモレンジャーじゃなくてもいい、もっとすごいものにも、もっと可笑しなものにも、私はなれます。

 何かになって、また今度、あなたの前に立つその瞬間を楽しみにしています。 本当ですよ!

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