如何にして彼が異世界転生を憎むようになったか


【プロローグ】

 もしも異世界転生に顔があるのなら、後頭部が爆発するくらいにパンチしてやりたい。

 そう強く念じるようになったのは、遠い昔、僕の妹が異世界転生に奪われたからだ。


 八歳の夏。サッカーの練習と友達付き合いに夢中だった僕は、妹の存在を鬱陶しく感じていた。

 僕は進藤蓮、妹は進藤志紀。

 背中を追ってついてくる志紀の面倒を見るのが煩わしく、僕は何度も追い払ったり、撒いたりしていた。


 それでも志紀は、兄である僕から離れようとしなかった。

 いくら煙たがっても、馬鹿正直についてくる妹の素直さや屈託のなさが、かえって僕を苛立たせていた。


「なあ、オレはこれから用事があんだよ! おまえは家で人形遊びでもしてろよ!」

「ちがうもん。お兄ちゃんと一緒の方を歩いてるだけだもん」


 いつも僕の後をついてくる志紀は、僕が何を言っても聞かなかった。


 あの日は、とても暑かった。

 額を流れる汗を拭うこともなく、脇に抱えたサッカーボールの運びにくさも気にならず、友達といつものようにサッカーをするのが待ち遠しかった。


 逸る気持ちのまま歩いていると、横断歩道の信号が点滅していた。

 チャンスだ、と思った。妹が追いつけないタイミングで走り出し、あいつを撒いてやろう。


 僕は赤信号に変わるギリギリで駆け出し、志紀を突き放そうとした。

 いつも、そうしてきた。


 置いていかれた妹は半べそをかいて家に帰り、僕は後で両親にひどく叱られるだろう。

 気にしない。

 この頃の愚かな僕は、両親に怒られることよりも、友達と遊ぶことだけを考えていた。


 信号を渡り切り、振り返ることもなく待ち合わせの場所へ走る僕。

 その弾んでいた心が、背中に突き刺さる急ブレーキの音で、凍りついた。


 後ろを見ると、赤になった信号を構わず走る妹――志紀に、トラックが迫っていた。

 いつもなら赤信号では必ず止まっていたのに、その日はそうしなかった。


 全身が固まり、思考が凍結する。

 僕の足元で、手から滑り落ちたサッカーボールが、ポーンと乾いた音を立てて弾んだ。


 その音でようやく硬直から覚め、動き出した体で妹のもとへ飛び出そうとする。

 間に合うはずもない。


 後で知ったことだが、人間は危機的状況に陥ると、解決策を求めて記憶を超高速で回転させるらしい。

 だが、この頃の自分に、トラックから妹を救う術など、あるはずがなかった。


 どうしようもなく愚かな兄の目の前で、妹は光に包まれた。

 その光は雲を貫き、鋼鉄のトラックの一部を刔り、妹を天へと連れ去っていった。


 妹がどんな表情を浮かべていたのかは、わからない。

 ただ、微かにこちらを呼ぶ声が聞こえた気がした。


 夏の日曜、僕は妹を失った。


 それ以来、僕は弱さを抱えたまま生きている。

 後悔も、愚かさも、妹に振り返らなかった愚かさも、すべて胸の奥で腐り続けている。


 もし異世界転生に顔があるのなら、そいつの後頭部が爆発するまで殴り続けてやりたい。

 妹を奪った理不尽に、救えなかった自分に、何もできなかったあの日の弱さに。

 言葉にならない醜さ、潰れる重さ、全部まとめて叩きつけてやりたい。


 それが、兄として残された僕にできる、たった一つの抵抗だ。

 何も変わらないと、わかっていても。

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